第76回CRCC研究会「中国の安全保障戦略と軍事」/講師:安田 淳(2014年10月9日開催)
演題:「中国の安全保障戦略と軍事」
開催日時・場所: 2014年10月9日(木)15:00-17:00
独立行政法人科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール
講演レポート・講演資料:
「 第76回CRCC研究会 中国の安全保障戦略と軍事」( 40KB )
「 第76回CRCC研究会 詳報」( 640KB )
分かりやすい安全保障戦略 中国の対外伸展支える中国の軍事力
小岩井忠道(中国総合研究交流センター)
現代中国の安全保障が専門の安田淳慶應大学法学部教授が10月9日、科学技術振興機構中国総合研究交流センター主催の研究会で講演し、中国の安全保障戦略について幅広い観点から解説した。
中国の特に軍事力に関しては、不透明だとの批判が日本政府などから聞かれる。しかし、安田氏は「むしろ研究すればするほど分かりやすい国」と中国を評した。
分かりやすい例として氏が挙げた一つが、中国で海上権力、海洋権益、海洋国家について論じた書籍が大量に発行されている事実。これらの執筆者は中国軍人で、その内容は「国益を地球規模に拡大させるために軍事力、特に海軍力の拡充が急務」ということを一様に主張し、中国の未来の生存権と持続可能な発展のために、積極的かつ広範囲に海洋進出すべきだとうたいあげている。
実際の行動とも一致する例として氏が挙げた中の一つが、日本の領土である沖ノ鳥島をめぐる中国の態度の変遷。最も高い地点で水面から16センチしかない島の海岸保全工事を日本は1987~90年にかけて実施した。これを当時中国は「さすが技術大国。優れた試みだ」と評価している。同じころ、中国が南沙諸島を実効支配するためにとった行動は岩礁に小屋を建てる程度のことだった。
ところが2004年4月、「日本側と見解の相違がある水域」と言い出し、09年8月には「人の居住または経済的生活を維持できない岩」と認定するよう国連大陸棚限界委員会へ意見書を提出した。
主張、行動の急変は海洋調査をめぐっても見られる。74年に国連海洋法条約が国連海洋会議で討議された当時、中国は米国、ソ連(当時)の海洋調査行動をスパイ行為、覇権主義と非難した。現在、積極的に海洋調査を展開しているのと明らかに矛盾する主張だ。また、海峡の通航でも同じような変化が見られる。74年当時、沿岸国の領海に属する海峡を自由に通航できるという米ソの主張を非難していたにもかかわらず、00年5月には情報収集艦が日本列島を一周し、08年には戦闘艦艇が津軽海峡を通航した。
いずれに変化も「できるようになり、必要があればやる」「やると言ったことはやる」という中国の行動形態を示しており、分かりやすい、と安田氏は解説した。
こうした中国の行動の根底にあるものとして、氏は安全保障と領土というものに対する中国の特異な考え方を挙げている。中国にとって領土とは、「国力に応じて膨らんだりしぼんだりする」ものであって、日本をはじめとする多くの国々の人間が無意識に考える「国境線はいったん引いたら固定するもの」とは異なる。さらに安全保障において「脅威」は、「怖いもの」だけでなく「取り戻すべきもの」と「邪魔なもの」まで含むのが中国流。従って、「守る」ものも、「守るべきもの」に加え「獲る」と「排除」まで含んでいる。とはいえ簡単に国境は変えられるものではないため、比較的やりやすい海上、宇宙空間への進出に特に力を入れ、これを軍事力が支えるという仕組みができている。軍が暴走しているといった見方は不適当...との見方を氏は示した。
戦争、侵略への対処から、国益の増大、国家発展の擁護といった新たな領域まで目的を拡大した軍事闘争の考え方は、80年代後半に新しい高等教育を受けた当時30代前半から半ばにかけての軍人たちがつくり出したもので、現在、人民解放軍の中枢は現在60歳代となったこれらの人々が占めている。
こうした現実を紹介した上で、アジアをコントロールするといった中国の大きな目標と、新しい概念によって威嚇力と実践力を向上させてきた軍事力の行使についての考え方に齟齬(そご)が見られないことを安田氏は強調した。
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安田 淳(やすだ じゅん)氏: 慶應義塾大学法学部 教授
略歴
防衛庁(当時)防衛研究所教官、慶應義塾大学法学部助教授を経て、2005年4月より同教授。1988~1989年、 復旦大学(上海)留学。1997~1998年、ス タンフォード大学アジア太平洋研究センター訪問学者。専門は軍事を中心とする現代中国の安全保障。主な著作は、共編著『中国をめぐる安全保障』(ミネルヴァ書房、2007年)、「中国の空と安全保障―民 間航空と軍との相克」、『東亜』(財団法人霞山会、第525号、2011年3月)、「『中国の特色ある現代軍事力体系』構築と『威嚇』力―2012~13年の中国人民解放軍」、『慶應義塾大学日吉紀要中国研究』( 慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会、第7号、2014年3月)など。