第93回CRCC研究会「主要国と中国の科学技術協力について」/講師:林 幸秀、周 少丹(2016年4月26日開催)
「主要国と中国の科学技術協力について」
開催日時: 2016年4月26日(火)15:00-17:00
会 場: 国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール
講 師:
林 幸秀(国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター 上席フェロー)
周 少丹(国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター フェロー)
講演資料:
「 主要国と中国の科学技術協力」( 768KB )
「 主要国と中国の科学技術協力 ~事例編~」( 1.05MB )
講演詳報: 「 第93回CRCC研究会 詳報」( 6.24MB )
オリジナリティでも早晩日本追い抜く 林幸秀氏が中国の科学技術力分析
さまざまな角度からの現地調査を基に中国の科学技術状況について研究を続けている林幸秀 科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター上席フェローと、同様に中国の科学技術の現状に詳しい周少丹 同センターフェローが4月26日、JST東京本部別館で開かれた中国総合研究交流センター(CRCC)主催の第93回研究会で、中国と主要国との科学技術協力の現状と、今後の見通しについて報告した。
林氏は、これまでの研究を振り返り、「変化の激しい中国の科学技術の実情を簡単にまとめることは困難。いろいろな断面で切り取った結果をつないでいくことで推し量るしかない」との思いを、まず明らかにした。今回の講演内容は、2年前に二度北京を訪れ、欧米、オーストラリアの大使館や研究機関の関係者にインタビューした結果と、その後、実際にこれらの国・機関と中国の研究協力が行われている中国の各市を訪れて得た知見が基になっている。
中国の研究水準が急速に上がってきていることは、国際情報サービス企業「トムソン・ロイター」が論文データベースを基にした最近の発表資料などからも明らかになっている。昨年までの11年間に発表された研究論文数で米国に次ぐ2位に浮上しているほか、他の論文に引用される数がトップ1%に入る高被引用論文数でも、中国は米国、英国、ドイツに次いで世界4位。ちなみに日本は10位だ(2016年 4月27日取材リポート「中国の高被引用論文数世界4位 トムソン・ロイター公表」https://spc.jst.go.jp/experiences/coverage/coverage_1606.html)参照)。林氏は、高被引用論文数を勘案した比較でも、直近のデータでは今や中国は英国、ドイツを追い越して米国に次ぐ2位になっているという文部科学省科学技術・学術政策研究所の調査結果も紹介した。その上で、「(高被引用論文数2位に見合う)オリジナリティが本当にあるかどうか」という疑問を抱いていることも明らかにした。
実際にインタビューした中国国内の欧米諸国大使館員などから林氏が聞き出した言葉の中にも、氏の疑問を裏付けるような発言がみられる。「科学は一流。しかし応用は経験不足」(米国)、「非常に多くの分野で最先端に達しているが、科学技術を支えるシステムの変化のスピードが遅く、基礎科学が弱い」(ドイツ)、「非常に優れた分野があり、最も高いレベルは英国と同等。一方で、イノベーション創出がうまくいっていないのではないかという懸念が若干ある」(英国)、「ここ数年で劇的に研究レベルが向上し、アウトプットも格段に増えた。一方、膨大な施設や資金、人材と質が必ずしもマッチしてなく、量ほど質は向上していない」(フランス)など、中国が抱える課題が指摘されている。
被引用度が非常に高い論文数を誇る研究者は多いものの、国際的な賞をとる研究者の数が少ない事実も挙げて、「論文を数えれば中国のレベルは高く見えるが、本当にブレークスルーしているものは少なく、オリジナリティが足りない」と林氏はみている。
氏が例として挙げたのは、細野秀雄 東京工業大学教授が当時の常識を破る鉄系超電導物質の発見を発表した時の中国の反響。「たくさんの人たちが一気に参入し、すごい勢いでデータが出てきた。中国にはまだ新しい地平を切り開く力はないが、それをサポートして次々と新しいデータを出し、大きな体系を成り立たせるポテンシャルや研究能力がある」。こうした評価を示し、産業技術に関しても「現在のところは、中国はイノベーションを起こす格好での技術力の進展はないように思う」と林氏は語った。
さらに氏は、こうした見通しを持った理由として、「物を製造するときに自分で作る発想ではなく、場合によっては買ってくればいい、結果として比較的少ない労力と少ない力で技術が根付けば問題ない、という考え方をする」と、ものづくりに対する中国の一般的姿勢を評し、「ある技術で一定のレベルまで行っても、その技術を飛び越えて次のステップに行こうとした場合、そこが障壁になる感じがする。中国は今、米国、日本、欧州の技術を大挙して使いながら世界一流の工業国家になりつつあるが、次のステップに進むには別のシステムを考えなければいけないと思う」との見解も示した。
一方、中国のオリジナリティが足りないのは「西洋文明や西洋の科学技術に触れてから始まる蓄積、社会全体の科学技術に対する蓄積が少ないという時間的な問題」と語り、「相当早い段階で中国は日本を追い抜き、米国に迫っていくという感じがする」との見通しも明らかにした。「まずまねて、行き詰まったら次のステップを考える。中国がそこに気づいてシステムを作り出していくようになれば、新しいイノベーション国家になる可能性もある。そうなったら人口が大きい分、ポテンシャルのある中国は日本の敵ではないかもしれない」とも。
「中国と協力国双方にメリット 周少丹 CRCCフェロー講演概要」
中米クリーン・エネルギー共同研究センター
中国科学技術部と米国エネルギー省の主導で2014年につくられたバーチャルなコンソーシアム。「クリーン自動車」、「先進石炭技術」、「省エネ建築」のうち、「省エネ建築」の協力現場を訪問した。中国側は「住宅・都市農村建設部 科学技術と産業化発展センター」と国立研究機関、大学のほか30以上の中国企業が参加している。米国側はローレンス・バークレー国立研究所がホストになり、企業などが参加している。両国は産業界からの資金も合わせて5年間で1.5億ドルを投入することで合意し、積極的に企業を参加させ、企業資金を得る努力をしている。
訪問した研究室では建築の再生可能エネルギーの応用について2期に分けて研究しており、第1期では3年かけて太陽光発電システムと地熱ヒートポンプを建築に導入し、効率の良しあしをモニタリングし、データを取得して利用パターンを可視化した。3年間の成果としては、多数の英語論文を出したこと。さらに中国の太陽光発電に対する補助システムが、モニタリング結果を評価に用い、システムの運用を開始してから補助金を出す、より適切な方式に切り替えられたことなどだ。
中国科学院-マックス・プランク計算生物科学パートナー研究所
ドイツと中国は1972年に国交が回復してすぐに中国科学院とマックス・プランク協会が協力を開始した。個人レベルの交流から研究グループ間の交流、さらには研究機関レベルの交流・協力に発展し、2004年11月に中国科学院院長とマックス・プランク協会会長は、「中国科学院-マックス・プランク計算生物科学パートナー研究所」の設立で合意した。
同研究所には約250人の研究者がいて、五つの研究方向と18の研究チームで構成されている。PI(研究リーダー)18人中、4割は外国籍。100人いる大学院生のうち70人は博士課程だ。研究者以外に約100人のスタッフと、運営管理部門の約20人がいる。所長は外国籍、中国籍それぞれ2人。外国籍の所長は有名な学術誌に求人情報を出して世界中から募集し、中国科学院とマックス・プランク協会の研究者半々で構成された委員会で人選する。運営費用は、中国科学院が2,000万元(約3.5億円)、マックス・プランク協会が100万ユーロ(約1.2億円)を毎年、拠出している。
成果として、英語論文が2006~14年で264本出ている。このうち「Science」、「Nature」、「Cell」の6本が含まれている。
中国科学院-パスツール上海研究所
2003年に中国でSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行したことがきっかけで、04年8月に設立された。中国、フランスから1人ずつ所長を務め、運営費は中国科学院が担っている。ほとんどの研究者は中国人。パスツール研究所はマネジメント指針とネッワークを提供することで役割を果たしており、フランス側所長の人件費だけを負担している。30の研究ユニットがあり、研究費は国家自然科学基金委員会、科学技術部、中国科学院本部、上海科学技術委員会が拠出する競争的資金から各ユニットが独自に獲得する。
主な成果としては、国際シンポジウムを11回開催し、10~12年の3年間で英語論文を75本(うち「Nature」1本、「Cell」5本)出している。
大連理工大学-IMEC(Interuniversity Microelectronics Centre)協力実験室
欧州連合(EU)が、高い半導体技術を持つ大連理工大学に関心を持ち、協力が始まった。主な協力内容は人材育成で、大連理工大学内に大連理工大-IMEC研究基地(拠点)を作り、毎年IMECの研究者8~10人を招へいして講義を受けさせている。一方、2年に一度、大連理工大学の研究者4~5人をIMECに派遣し研修を受けさせている。2013年からはIMECが優れた気体検出ディバスを開発したことを受けて、大気汚染における有害ガスの検出技術を共同開発している。研究資金源は、中国外国専門家局の支援基金、大連理工大学だが、この共同開発は3年間270万元の国際共同研究ファンドを獲得した。
半導体研究人材を多数養成したほか、多数の英語論文の発表が成果として挙げられる。大連理工大学ではIMECの大型研究施設の運営・管理に関するノウハウも獲得でき、大学のカリキュラムでは、世界最先端の理論と方法を学生に紹介できるようになった。
DICP-BPエネルギー共同実験室
中国のエネルギー事情が今後の世界的なエネルギー技術、効率、環境などに大きな影響を与えると判断したBP社(英国に本拠を置く国際石油資本)が、中国側に積極的に働きかけ、01年「Clean Energy Facing to the Future(CEFF)」プログラムがスタートした。BP社が中国科学院や清華大学に10年間で1,000万ドルを提供することを約束している。その6年後、大連化学物理研究所にDICP-BP共同実験室を設立した。中国側の参加機関は、中国科学院の大連化学物理研究所と瀋陽金属研究所、中国科学技術大学と清華大学。
全体管理は中国科学院に任されている。BP社の担当者と清華大学の専門家が学術指導委員会を組織し、具体的な研究は大連と瀋陽の研究所で行われる。実験室はBP社の運営管理の下、研究資金全額をBP社が出資する。BP社はまた毎年、2人の大学院生をリバプール大学へ留学させる資金を提供している。
企業の研究所のため論文はあまり求められてなく、特許や実際の技術の開発に力が入れられている。共同実験室から生まれた論文は3本程度だが、国際特許を2件申請している。大連の研究者にとっては、市場のニーズと変化を把握するノウハウ、国際協力の方法、多国籍企業の安全管理に関するノウハウが習得できる。一方、BP社側は、中国のトップレベル研究機関の研究情報を把握できるほか、研究人材や新しい研究設備を活用して、自社向けの研究開発を中国現地でできるメリットがある。
以上、主要国と中国との科学技術協力には双方に利点がある。中国側にとっては、外国のプロジェクトマネジメント知識の習得、市場ニーズの把握、英語論文の投稿や、国際的研究開発人材の育成、研究能力を高めて他の国際協力に拡大できるといったメリットがある。外国側は、中国側の研究人材を育成し、研究資金と研究施設を生かして自国の興味ある研究開発ができるほか、中国の研究情報を把握し、中国の巨大市場へのアクセスが期待できる。
(文・写真 CRCC編集部)
林 幸秀(はやし ゆきひで)氏:
国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター 上席フェロー
略歴
1973年東京大学大学院工学系研究科修士課程原子力工学専攻卒。同年科学技術庁(現文部科学省)入庁。文部科学省科学技術・学術政策局長、内閣府政策統括官(科学技術政策担当)、文 部科学審議官などを経て、2008年(独)宇宙航空研究開発機構副理事長、2010年より現職。著書に『理科系冷遇社会~沈没する日本の科学技術』、『科学技術大国中国~有人宇宙飛行から、原子力、i PS細胞まで』、『北京大学と清華大学』など。
周 少丹(しゅう しょうたん)氏:
国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター フェロー
略歴
2002年中国大連外国語学院日本語学部科学技術日本語専攻卒。2005年同大学大学院修士課程言語学専攻修了。2009年9月、早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程政策科学専攻( 映画産業におけるソーシャルキャピタル分析)修了、同年10月から1年間博士コースResearch Studentとして東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻在学。2 010年に早稲田大学大学院社会科学研究科博士課程政策科学専攻(映画産業のソーシャルネットワーク分析)に入学。2014年4月により現職。共同著書『日本語翻訳実務3級』( 中国労働部の主催する全国翻訳資格試験での指定教科書)の第二章執筆担当、学会論文「先進製造技術の研究開発:中国の事例」、「主要国における橋渡し研究基盤整備の支援 : 中国の事例」、「 中国科学技術の歴史と現状」など。