【16-02】日中で違う、美女の基準
2016年 6月20日
青樹 明子(あおき あきこ)氏: ノンフィクション作家、
中国ラジオ番組プロデューサー、日中友好会館理事
略歴
早稲田大学第一文学部卒業。同大学院アジア太平洋研究科修了。
大学卒業後、テレビ構成作家、舞台等の脚本家を経て、ノンフィクション・ライターとして世界数十カ国を取材。
1998年より中国国際放送局にて北京向け日本語放送パーソナリティを務める。2005年より広東ラジオ「東京流行音楽」・2006年より北京人民ラジオ・外 国語チャンネルにて<東京音楽広場><日本語・Go!Go!塾>の番組制作・アンカー・パーソナリティー。
日経新聞・中文サイト エッセイ連載中
サンケイ・ビジネスアイ エッセイ連載中
近著に『中国人の頭の中』(新潮新書)
主な著作
「<小皇帝>世代の中国」(新潮新書)、「北京で学生生活をもう一度」(新潮社)、「日本の名前をください 北京放送の1000日」(新潮社)、「日中ビジネス摩擦」(新潮新書)、翻訳「上海、か たつむりの家」
テレビ好きの両親のもと、私は物心ついた頃からテレビを見ていた。特にドラマは大好きで、NHKの大河ドラマは第一作からおぼろげながらも記憶に残る。嬉しいときも辛いときも、いつもテレビを見ていたような気がする。
この習慣は、中国で暮らすようになっても変わらなかった。
理解できようができまいが、中国のドラマを熱心に見た。現代劇も歴史劇も抗日ドラマだってたくさん見た。そこで色々なことを学んだと思う。
さて、最近では中国時代劇のファンである。世界史の教科書にも載っていないような出来事や人物が多彩に描かれていて、実に面白い。面白いだけではない、時代劇中であっても、中国現代社会を、しっかり反映している。
2014年12月21日に放送が開始された「武媚娘伝奇」というドラマは、則天武后が主人公である。人気女優・范(範)冰冰さんが主役を務めるこの作品、2014年12月末に放送が開始されると、たちまち視聴率トップに踊り出た。特に第1話は、中国テレビドラマ史上最高となる初回視聴率を記録したという。
しかし約一週間後の12月27日、ドラマは突然放送中止となった。放送局側は「技術的問題」だと言うが、非常に曖昧な説明である。
当然ながら、ネット等の世論は大騒ぎになった。日本でいえば、「とと姉ちゃん」が、詳しい説明もなく、突然放送を中止したようなものである。様々な憶測が飛び交ったが、なかでも多数を占めたのは「胸元を見せすぎるので政府当局から指導が入ったのではないか」との声だった。
則天武后は中国・唐の時代である。中国歴代王朝の中で、最も露出度が高いと言われているのが、この時代の服装だ。高貴な女性たちの正装も、胸の谷間がくっきり見て取れる。ベルサイユの貴族女性の衣裳、マリー・アントワネットの胸元を連想していただけば、ほぼ同じだと言っていい。
放送中止から数日後、番組は再開されたが、帰って来た「武媚娘伝奇」を見て、中国人はあっと驚き、「やっぱり」と納得し、そして落胆したのである。
放送停止前は、史実通り胸元が強調された衣裳だったが、再開された番組からは、首から下がすっぽり消えている。「露出度が高すぎる」という批判は本当だったかもしれない。
史実は史実なのに…、と首をかしげたのは私だけではない。中国人視聴者は、この安易な解決策に収まりがつかない様子である。彼らの不満を集約すると、こうなる。
「顔だけじゃ、美人かどうか判断できないじゃないか!」
美女の度合い、日本人は主に容貌で判断するが、中国人は少々違う。彼らの美女の基準は、身材、身長をはじめとする身体の美しさに重きを置くのである。
そういえば、私の妹が北京に来たとき、行く先々で中国人に絶賛された。
「彼女、本当に日本人?へえ、驚いた。すごい美人だね」
「日本人にも、こんな美人がいるんだねえ」
たしかに妹は美人ではあるが、「見たことがないくらい美しい日本人」とまで言われるほどの美女だろうか…?と、嫉妬交じりに、中国人の友人に聞いた。
するとその答えは?
「美女だよ、相当の。とにかく背が高い」
ああ、そういうことか。妹は身長が175㎝以上ある。中国人のイメージする美人の条件とは、6割から7割がプロポーションなのだそうだ。容貌より身長ということか。
中国美女のスタンダードはまさに驚異である。専門家によると、上下半身の割合は5:8、胸囲は身長の半分、腰回りはバストより20センチは細く、股関節周りはバストより4センチ大きい…。中国美女の身体的条件は、とんでもなく厳しい。
日本ではどうだろう。最近でこそ、米倉涼子さんや藤原紀香さんのように、素晴らしいプロポーションの美人も登場しているが、日本人の伝統的な美の基準に、身長が加味されることはとても少ない。美人の判断基準は、9割以上容貌だろう。
それどころか日本の場合、背が高い女性は、男性から敬遠されてしまう。
私の母は、日本女性の平均身長が155㎝くらいの時代、すでに165㎝あった。周りから言われたことは、「可哀そうだね、背が高くて。嫁に行けないかもしれないね」
私も日本女性としては背が高い。若い頃は、背の高さがコンプレックスだった。靴はヒールのないものばかり履いた。背の高さが目立たないように、背を丸めて歩いたものだ。おかげで若い頃は猫背だった。
とにかく日本人男性は、背の高い女性を敬遠する。必ず自分より背の低い女性を選びたがる傾向があり、つい最近も、日本人青年に「どんな女性が好みなの?」と聞くと、「自分の腕のなかにすっぽりおさまる大きさの女性」という答えが返ってきた。なるほど。171㎝の藤原紀香さんが腕のなかにすっぽりおさまるには、最低でも180㎝は必要となる。
そんな私も、中国に来てからは、一転、背の高さが長所となった。美の基準は国によって違うことを再認識したのである。
これは女性にとって、非常に有りがたいことかもしれない。自分に合った国に行けば、美女に変身するのである。
美女の基準、まずはアメリカ。
アメリカ人の場合、歯並びの美しさは不可欠である。男女ともに、子供の頃から歯の矯正は欠かせない。離婚する場合でも、「娘の歯科矯正費用」は養育費と並んで保障の対象となるらしい。
美女の宝庫インドで聞いた話。伝統的な美人は、太っていることだという。
サリーからはみ出る皮膚が、最低でも三段くらい重なるほどがいい。太っていることは富の象徴で、痩せているのは、夫が満足に食べさせてないということを意味するという。
日本女性は、さほど「美白」にこだわらない。それどころか、「日焼けサロン」で、小麦色の肌を作るのも「美の条件」である。
しかし、韓国美女は、肌の白さが必須のようで、韓国コスメを使うと、顔が真っ白になってびっくりすることも多い。タイも同じく、肌の白さが美人の条件とのことである。
このように、美人の判断基準は国によって違う。
そして、もちろん個人によっても、大きく異なる。
つまりこういうことだろう。
英語で言えば:Love is blind.
日本語だと:痘痕も笑窪。
中国語では:情人眼裡出西施。
さて美しい胸元が消えた「武媚娘伝奇」だが、放送再開後も高視聴率をキープした。しかしやっぱり未編集版が見たい!ということで、ネットでは「台湾版は元のままらしい」「4月から○○で未編集版を放送するようだ」という情報で溢れている。
上に政策あれば下に対策あり。