【17-02】北京最新事情!微信旋風、シェア自動車…、大きく変わった庶民の生活
2017年 6月 2日
青樹 明子(あおき あきこ)氏: ノンフィクション作家、
中国ラジオ番組プロデューサー、日中友好会館理事
略歴
早稲田大学第一文学部卒業。同大学院アジア太平洋研究科修了。
大学卒業後、テレビ構成作家、舞台等の脚本家を経て、ノンフィクション・ライターとして世界数十カ国を取材。
1998年より中国国際放送局にて北京向け日本語放送パーソナリティを務める。2005年より広東ラジオ「東京流行音楽」・2006年より北京人民ラジオ・外 国語チャンネルにて<東京音楽広場><日本語・Go!Go!塾>の番組制作・アンカー・パーソナリティー。
日経新聞・中文サイト エッセイ連載中
サンケイ・ビジネスアイ エッセイ連載中
近著に『中国人の頭の中』(新潮新書)
主な著作
「<小皇帝>世代の中国」(新潮新書)、「北京で学生生活をもう一度」(新潮社)、「日本の名前をください 北京放送の1000日」(新潮社)、「日中ビジネス摩擦」(新潮新書)、「中国人の財布の中身」(詩想社新書)、「中国人の頭の中」(新潮新書)、翻訳「上海、か たつむりの家」
中国は3か月で変わるというのが通説だったが、それは嘘だ。
今の中国は、瞬時で見事に変化する。
たとえば、どこかで“流行の兆し”が生じたら、その流行は、あっという間に中国全土を駆け巡る。まさに疾(はや)きこと風の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く…、「風林火山」を連想させるほどのスピードである。
それを実感したのは、今年(2017年)4月半ばのことだった。
週末の午後、私は北京中心部の某オフィスビル地下一階スーパーにいた。
CBD地区なので、週末に客の姿は少なく、レジでは留守番役といったおじさんが、暇そうに携帯をいじっている。
ペットボトル飲料を3本ばかり買おうとして、レジで銀聯カードを出した私に、おじさんはダメだダメだと手を振った。
「銀聯はダメだ。微信はないのか、微信は」
微信(WeChat)とは、中国版LINEである。
前回訪れたのは4か月前で、もちろん“お財布携帯”は登場していたが、ここまで浸透していなかったと思う。この4か月で社会が一変していたのには、さすがに私も驚いた。
現代中国、とにかく微信である。
人々は現金を持たず“お財布携帯”だけで生活する。なかでも“微信財布”は圧倒的な存在感を示し、それまで万能カードだった銀聯を使う人をほとんど見かけなくなった。
北京で毎日通う屋台の果物売りのおじさんも、小銭を探す私に、得意げに微信のQRコードを差し出してくる。
おじさんだけではない、トウモロコシ屋、朝ご飯の焼餅、焼き芋売り…、路上営業の屋台は、完全にIT化されている。
すでに有名な話になったが、ここ数年で、中国大都市から流しのタクシーが急速に減った。取って代わるように出現したのが“滴滴出行”というタクシー配車サイトである。微信経由だと数分でタクシーがやって来て、清算も微信財布だと簡単だ。
初対面の挨拶も微信が変えた。面倒な名刺交換のかわりに、微信でIDを交換するだけでいい。
中国紙の報道によると、物乞いもスマホ決済になりつつあるという。
人々が現金を持ち歩かないので、物乞いも商売にならず、ついにQRコードを差し出す物乞いが現れたのだそうだ。
ジョークかと思っていたが、ネットに出回ったQRコードを差し出す老婆の写真を見たら、中国社会の変化に愕然とした。
中国の物乞いは、社会と共に変化していて、近い将来IT化していくと言っても不思議はない。
外食産業のありようも、大きく変わった。
お金持ちになった中国の人々、毎晩のように外食をする。人気の店はどこも満員で、1時間以上待つのは常識である。
そんななか、急激に顧客を増やしているのが、「饿了么」というスマホアプリである。レストランのデリバリーだが、日本人的感覚のデリバリーとは全く違う。
自分の現在地を送信すると、またたく間に付近のレストラン一覧が送られてくる。そこから店を選択し、メニューから食べたい料理を選べばいい。
このアプリのすごいところは、GPS に連動しているため、中国各地、どんな田舎にいようとも、瞬時にレストランを探し出すことだ。しかも決済は微信やアリペイ(支付宝)などのお財布携帯で済むし、注文価格の割引やインターネット支払い利用による優遇など、このアプリを通して注文したほうが、直接オーダーするよりも経済メリットが出るようになっている。
デリバリーだからメニューに制限があるのでは、と思ってしまうが、それは違う。北京ダックだってOKだし、火鍋にいたっては、鍋や調味料まで付加されるらしい。中国国内のあらゆる料理、そして日本食でもイタリアンでも、韓国料理でも、何でも注文可能だ。
もうひとつの大きな変化は、シェア自転車である。
シェア自転車は、2017年初頭から、中国全土で大流行しているが、シェア自転車自体は、私がまだ北京で生活していた2014年の頃から、ちらほらと目には付き始めていた。しかし、今回訪れた北京で、路上を走る自転車の9割が、このシェア自転車となっていることに驚いた。
中国での流行とは、新しい色に9割が染まるということである。
このシェア自転車、お財布携帯と共に発展していて、お財布携帯があれば簡単に使うことができる。
まずは実名で登録し、微信財布を始めとする電子マネー経由で、専用アプリにチャージする。車体に貼られたQRコードを読み込むとロックが解除されるので、そのまま使用すればいい。使い終わったら任意の場所に停めておけば回収してくれる。料金も1時間につき1元(約17円)と安価である。
シェア自転車がここまで流行する背景には、中国都市部の異常なまでの交通渋滞がある。
幹線道路は常に“駐車場”と化し、流しのタクシーは拾えない。地下鉄もラッシュ時になると、改札にたどり着くまで小一時間かかることもある。
―こんなことなら、自転車の時代のほうがよかった…。
と人々が思い始めたころにシェア自転車は登場した。
2016年末の時点で、その台数は1886万台だったが、2017年末には5千万台を超えるだろうと予測されている。大手のofoは「3か月で218%成長を実現させる」と豪語していて、今年は1千万台を新たに投入する。サービスを提供する範囲も、国内百の都市に及ぶようだ。
急成長ぶりはすさまじいが、シェア自転車は多くの問題を孕んでいる。
まずは使用者のモラルである。
レンタルの基本は、元の状態で返却することだが、未返却の例が後を絶たない。私物化してしまうわけだが、ペンキで色を塗り直し、鍵を付け替えて、子供用の椅子を取り付ける。これでは盗みだ。
放置方法にも問題がある。公園の門の前に山積みされたシェアバイクは、まるで粗大ごみ収集場所のようだ。地下鉄の入り口近辺には、使用後のシェアバイクが散乱し、歩行者が通行できない有り様である。途中で知り合いの車に遭遇したのだろうか、幹線道路の真ん中に放置された例もあり、交通の妨げとなっている。
中国メディアは、シェアバイクの発展には三つの部門の協力が欠かせないと提言する。使用者、運営する企業、行政などの管理部門である。使用者のモラル向上は言うまでもないが、行政と企業が連携して、違反者への罰則も含めて、管理を強化させる必要もある。
自転車シェアが成功すれば、今後は車やモーターバイクなどのシェアも流行していくに相違ない。
事実、シェア自動車はすでに登場し、北京では4月15日に電気自動車300台が使用開始となっている。現在のところ、北京と上海のみ、しかも国産自動車に限る、という制限つきのようだが、今後の利用状況によっては、日本車など外国車の販売台数にも、おおいに影響が出てくるだろう。
シェア自転車やシェア自動車等、シェア経済というのは“道徳経済”の側面も併せ持つ。中国だけの問題ではない。シェアという新概念は、世界規模で、現代人の民度が試されていく。
このように、急速に便利になっている庶民の生活だが、取り残されるのは外国人である。
中国の銀行に預金があり、中国の携帯番号を持っていれば、庶民と同じように便利性を享受できる。しかし、短期出張者であったり、旅行者であったりすると、中国滞在は悲惨である。
中国の人々が微信経由でタクシーやシェア自転車を利用しているのを横目に、暑さ寒さに耐えつつ、必死で地下鉄の駅を探して歩かなければならない。
屋台で果物を買いたいと思っても、空港で両替したばかりの100元札では「釣りがない」と拒否されることもある。
飛行機や高速鉄道のチケットも、スマホ経由で簡単に買えるようになったが、微信などのアプリがない外国人は旧来通り、並んで買う。
ホテルの狭い部屋が嫌いな私は、毎回中国版・民泊、アパートの短期貸しを利用しているが、基本的に外国人客は少ないので、海外のクレジットカードを受け付けないところも多い。
中国は今や国際会議も多く、特に北京は冬季オリンピックも控えている。急速に発展する生活の利便性は、外国人にも門戸を開いてほしいものだ。
外国人のなかには、敢えて“お財布携帯”を使わない人もいる。個人情報等が盗まれていくのではないかと、心配するのである。
この点、中国人はどう考えているのか、私も友人に聞いてみた。
すると「大手の銀行、アプリ提供会社の場合、セキュリティはものすごくしっかりしている。心配はない」とのことである。
実際にそうかもしれないと思ったのは、私が微信財布を使えないからだった。
私の中国スマホは、友人のお古である。「年に数回しか使わないんだから、わざわざ買う必要はないよ」と、友人が提供してくれたものを使っている。
しかしこの携帯で微信財布を登録しようとしても、どうしてもできない。私の銀行名義と、携帯に以前登録している人の名前が違う、と出てきてしまうのである。何度やってもダメだった。
ため息が出たが、ここまで厳しければ、セキュリティの面でも大丈夫かもしれないと、逆に納得した。
4月の北京、もうひとつ大きな現象は、テレビドラマ<人民的名義>である。社会現象化したこのドラマ、日本の視聴率に置き換えれば、40%、50%にも届くような、お化け番組である。
テーマは「腐敗」。中国の人たちが、いかに腐敗に憤っているかがよくわかるが、この件に関しては、長くなるので、次回以降にさせてください。