【18-02】中国政治家のユーモアセンス
2018年5月11日
青樹 明子(あおき あきこ)氏: ノンフィクション作家、
中国ラジオ番組プロデューサー、日中友好会館理事
略歴
早稲田大学第一文学部卒業。同大学院アジア太平洋研究科修了。
大学卒業後、テレビ構成作家、舞台等の脚本家を経て、ノンフィクション・ライターとして世界数十カ国を取材。
1998年より中国国際放送局にて北京向け日本語放送パーソナリティを務める。2005年より広東ラジオ「東京流行音楽」・2006年より北京人民ラジオ・外 国語チャンネルにて<東京音楽広場><日本語・Go!Go!塾>の番組制作・アンカー・パーソナリティー。
日経新聞・中文サイト エッセイ連載中
サンケイ・ビジネスアイ エッセイ連載中
近著に『中国人の頭の中』(新潮新書)
主な著作
「<小皇帝>世代の中国」(新潮新書)、「北京で学生生活をもう一度」(新潮社)、「日本の名前をください 北京放送の1000日」(新潮社)、「日中ビジネス摩擦」(新潮新書)、「中国人の財布の中身」(詩想社新書)、「中国人の頭の中」(新潮新書)、翻訳「上海、か たつむりの家」
このところ、日本のニュースを見ていると、政治家の方々がいかめしい顔で、ひたすら弁明している姿が目立つ。言っている内容も不明瞭だし、何よりも苦虫を嚙み潰したような表情からは、我々庶民の心に響くものがない。メディアで語るのは国民とのコミュニケーションの一環であるし、政治家の生身の姿が表れやすいので、もう少し親しみが持てるアプローチをしていただきたいと実に思う。
こんな日本の政治家に比べると、中国の政治家たちは、より自由闊達である。中国の要人というと、どことなく怖いイメージがあって、常に厳格な表情を堅持し、発言内容も画一的、と思われがちだ。が、その実ユーモアのセンスはかなり高い。
今年(2018年)の中国全人代(日本の国会に相当)は、中国の今後を決定づける大きな案件が目白押しだった。メディアは連日特別報道態勢で臨んでいたが、なかでも注目を集めたのは"要人たちのユーモアセンス"である。
まずは、中国人民銀行・周小川総裁(当時)。
金融監督体制刷新についての会見を終え、席を立った総裁に、記者が大声で問いかけた。
「総裁、後継者はどなたですか?」
周氏は今回の全人代で退任するということはすでに周知のことで、後継者問題は大きな関心を集めていた。
すると周氏はにこりと笑い、こう答えた。
「あなた、当ててごらん」
会見場は笑いの渦に覆われた。
その後まもなく、新総裁には人民銀行副総裁だった易綱氏が指名された。
厳しい発言が目立つ王毅外交部部長(大臣)だが、私の印象では、笑顔の絶えない、知的で面白味のある方である。
外交問題での記者会見終了後、退席する王毅部長に、某紙記者の声が、ひと際大きく響き渡った。
「部長、北京市とバチカン市国は、いつ外交関係が樹立されるんですか?」
バチカン市国との外交樹立は、敏感な問題だと言っていい。
王毅部長は、はははと笑い「あなたは急ぎたいようだね」と応じた。会場の記者たちは、声をあげて笑ったと言う。
朱鎔基元総理は、"中国人政治家はユーモアのセンスに欠けている"という海外からの声に対して、このように答えている。
「中国人は、元来ユーモアに長けた民族である。2千年前に司馬遷によって編纂された中国の歴史書<史記>には、<滑稽列伝>というのがあり、ここで言う滑稽とは、つまりはユーモアである」
2千年前からすでに、中国の政治家にはユーモアが不可欠で、笑いのなかに、深い智恵を含ませてきたというのである。
事実、その時々に直面する敏感な問題を、中国の政治家たちは、笑いとともに緊張緩和へと導いてきた。
1978年に故・鄧小平氏が米国を公式訪問した時のことである。当時のカーター大統領が強い口調で鄧氏に苦言を呈したという。
「中国政府は米国に移民を希望する人数に、制限を設けるべきではないと考えます!」
すると鄧氏は即座に「わかりました、そうしましょう」と答えた。驚く大統領に、鄧氏はこう続けた。
「人数はどうします? 2千万人ですか? それとも2億人?」
カーター氏はしばし言葉を失ったと言う。
鄧小平氏のユーモアセンスについては、評価が高い。
やはり米国を訪れた時だった。当時の米国国務長官が鄧小平氏に尋ねた。
「アメリカと中国が外交関係を樹立することに対して、多くのアメリカ人が不支持を表明しています。そこで閣下にお尋ねしますが、中国でも米中国交樹立に反対する人はいるのですか?」
鄧氏はすぐさま答えた。
「いますよ。台湾省(の人々)は反対しますね」
朱鎔基元総理のユーモアも有名である。
朱鎔基氏が総理時代、カナダ・トロントを訪問した時のことである。
ホテルに到着した朱総理がエレベーターに乗った途端、エレベーターが突然停止してしまったという。故障のようだ。同乗していたホテル社長は、真っ青になり、平身低頭、謝罪し続けたのは言うまでもない。
「以後絶対にこういうことがないようにいたします」
そんな彼に、朱総理は慰めるように言った。
「なんの、なんの。以後エレベーターは中国からの輸入品を使えば問題は起きないですよ」
ちなみにその当時、中米間は貿易不均衡という問題を抱えていて、朱総理の北米訪問中も、この問題が大きなテーマだった。
翌日、現地の新聞は一斉にこのエピソードを報道したが、ほとんど好意的だったという。そしてやはりこういう反応だった。
「中国の政治家には珍しいユーモアセンスの持ち主だ」
同じく朱鎔基氏。
1993年、当時の総理は李鵬氏で、朱鎔基氏は副総理だった。その頃、海外メディアでは、李鵬氏の健康状態に関心が集まっていた。どういう経緯か定かではないが、海外メディアの記者たち向けの記者会見において、朱鎔基副総理が突然現れて、"客演報道官"の役割を担ったことがあるという。
李鵬総理の健康状態への質問に対し、
「李鵬総理はすでに回復されてます。ただ医師の意見では、もうしばらく入院して休養したほうがいいということです。中国政府の人事面では、何も変化はありません」
そして記者たちに向けて、朱氏はこう続けた。
「李鵬総理が仕事に復帰された後、医師が私に、しばらく入院して休養したほうがいいと言ってくれることを希望するが」
胡錦涛元国家主席は、常に厳粛な表情と態度を保ち、国家元首としての態度を決して崩さない方というイメージがある。しかしその実、高度なユーモアセンスの持ち主であった。
2006年、胡主席が米国ボーイング社を訪れた際、千人を超す記者たちに向け、会見を行った。多くの記者たちが質問したが、なかにこのような敏感な問題が指摘された。
「中国は米国市場で、中国製品のダンピングをほしいままにしている。結果、アメリカ人の職を奪い、市場を荒らして、貿易格差を生んでいる。この点について、どのように説明されますか?」
すると胡錦涛氏、それまでの厳粛な表情を崩し、肩の力を抜いて、笑顔を見せたと言う。そしてこのように答えた。
「私の知る限りにおいては、中国がアメリカ向けに生産している製品は、アメリカが自国で生産していない類のものです。そして、アメリカ国民は、ご自分の財布を使って中国製品を選んでいる。ということは、中国製品が、質がよくて値段が安いから、ということになります」
当時はまだ、中国製品は"安かろう、悪かろう"というのが大方のイメージだった。胡錦涛氏も記者たちも、それは充分承知の上だ。
会見の場は、一気に和らいだという。
政治局員・汪洋氏が副総理の時、アメリカで開かれた米中政略会議に参加した。公開された講演会の冒頭、アメリカのメディア王・マードック氏の例を引いてこう語った。
「アメリカと中国は夫婦にたとえられております。できれば離婚はしないほうがいい。離婚というのは、たいそう金がかかる」
マードック氏は四回結婚していて、三回離婚している。慰謝料の額は、合計約30億ドル以上にのぼるのではないかと言われていた。
「ビジネスはビジネス、政治は政治です。私は共産党員で、(皆さんとは考え方も違うのでしょうが、)家に帰れば皆さんと同じ、すべては奥さんに従い、奥さんの指示通りにしていれば人生は安泰です」
このところ、新たな米中貿易戦争が取り沙汰されているが、米中双方の政治家たちは、ユーモアで緊張関係を和らげることができるのだろうか。
政治家のユーモアは、個人のみならず、国のイメージも決定づける。
そして、<北風と太陽>の逸話からもわかるように、百の強い言葉よりも、たったひとつのユーモアの及ぼす影響のほうが効果は絶大である。
日本の政治家にも、ひと言で人気が上昇するようなユーモアセンスを磨いてほしいものである。