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【17-06】国立公文書館展示会「書物を愛する人々(蔵書家)」について

2017年 2月20日

朱新林

朱新林(ZHU Xinlin):山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

中國山東省聊城市生まれ。
2003.09--2006.06 山東大学文史哲研究院 修士
2007.09--2010.09 浙江大学古籍研究所 博士
2009.09--2010.09 早稻田大学大学院文学研究科 特別研究員
2010.11--2013.03 浙江大学哲学学部 補助研究員
2011.11--2013.03 浙江大学ポストドクター聯誼会 副理事長
2013.03--2014.08 山東大学(威海)文化伝播学院 講師
2014.09--現在 山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

 日本の書籍所蔵機関のなかで世界的に有名なものには足利学校、金沢文庫、静嘉堂文庫があり、国立公文書館も重要な漢籍所蔵機関である。足利学校や金沢文庫、静嘉堂文庫は私設文庫としての性格が色濃いのに比べ、国立公文書館は公共性が高い。

 国立公文書館では2016年10月29日から約2ヶ月間、「書物を愛する人々(蔵書家)」と題する企画展が実施され、かつての仁正寺藩(にしょうじはん、現在の滋賀県蒲生郡)の藩主・市橋長昭(いちはしながあき)の蔵書と大坂の豪商・木村蒹葭堂(きむらけんかどう)の蔵書が主に展示された。この展示は12月17日まで開催された。

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企画展ポスター

出典:国立公文書館「平成28年度 第3回企画展『書物を愛する人々』」
http://www.archives.go.jp/exhibition/jousetsu_28_10.html

 今回の企画展の目玉は、宋版『東坡集(とうばしゅう)』、宋版『予章先生集(よしょうせんせいしゅう)』および宋版『鉅宋広韻(きょそうこういん)』の宋版図書3部である。このうち、宋版『東坡集』は、『東坡集』として現存する最古の版本で1956年に日本の重要文化財に指定され、宋版『予章先生集』も1957年に日本の重要文化財に指定されている。また、宋版『鉅宋広韻』には一冊の欠落があるものの、『鉅宋広韻』の最も古い版本であることに変わりはなく、1957年に日本の重要文化財に指定されている。宋版図書が中国や海外の蔵書家や研究者から人気を集める理由は、第一に現存図書数が少ないために文物的価値が高いこと、そして第二に宋版図書の多くは校勘学的に精度が高く、印刷も精緻で文献的価値に優れることがある。

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宋版『東坡集』の写真

(http://www.archives.go.jp/exhibition/jousetsu_28_10.html より引用)

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宋版『予章先生集』の写真

(http://www.archives.go.jp/exhibition/jousetsu_28_10.html より引用)

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宋版『鉅宋広韻』の写真

(http://www.archives.go.jp/exhibition/jousetsu_28_10.html より引用)

 中国の全国高等院校古籍整理研究工作委員会の統計によれば、中国および海外の宋元版図書は約5500部あり、このうち中国大陸には約3000冊が残されている。海外では、米国国会図書館に29部、ハーバード燕京(イェンチン)図書館に28部、プリンストン大学東アジア図書館に9部、シカゴ大学遠東図書館に4部、日本の静嘉堂文庫に253部(うち元版135部)、宮内庁書陵部に宋元版144部(うち宋版75部、元版69部)が所蔵されている。このなかにあって、国立公文書館で今回展示された3部は、海外で所蔵されている宋版図書のまさに代表的なものと言えよう。

 国立公文書館の『東坡集』は南宋時代の杭州の刊本であり、端正な文字による美しい版面を誇る。版式は半葉十行、毎行二十字、小字双行、白口、左右双辺である。版心には刻工名が記されており、李憲、李師正、李師順、李詢、李時、張俊、周彦、王政、王璋、宋圭、宋昌、葉青、許昌、黄常、蔡中、高彦、徐高、卓允、陳昌、陳用、陳興、周宣、朱富、朱貴等の名がある。現存するのは巻一、巻二、巻七至巻十、巻十三、巻十四、巻十九、巻二十、巻二十四至巻二十七、巻三十至巻三十五、巻三十八至巻四十の全12冊であり、第1冊「序目」巻頭には「仁政侯長昭黄雪書屋鑑蔵図書之印」、「昌平坂学問所」、「浅草文庫」、「日本政府図書」、「内閣文庫」等のさまざまな蔵書印が押され、巻末には「文化新元甲子七月廿二日黄雪山人識」という手書きの文章が残されている。他の各冊の巻頭・巻末にも「昌平坂学問所」、「浅草書屋」、「日本政府図書」、「内閣文庫」等の朱印が押されている。第12冊の巻末には当時の近江国仁正寺藩主・市橋長昭による跋文が記されている。「序目」の文頭には宋孝宗による「文忠蘇軾賛并序」が記され、文末の2行には「乾道九年(1173年)閏正月望選徳殿書賜蘇嶠題記」とある。江戸後期の学者、森立之の編纂による『経籍訪古志』巻六や、清代末期の董康による『書舶庸譚』巻八に収録されているのもこの版本である。また、傅増湘『蔵園群書経眼録』巻十三にもこの版本が収録され、識文には「此本行款版式與余所見宋刊数本皆不同、審其結体方整、雅近率更、自是南渡以後浙杭風度(この版本の版式は他の宋版数部と異なり端正かつ典雅であり、まさに南方に伝わった後の浙江・杭州地域の風格を反映している)」とある。

 宋版『東坡集』各冊の巻頭には、手書きで「西禅寺常住」と書かれている。また、黄雪山人(市橋長昭の雅号)の手による識文には、「此書原蔵洛陽西禅寺,其后帰于妙心寺大竜院僧懶庵之插架,標上録見几冊失几冊,其筆迹非百年以来人所為,盖懶庵手書。懶庵距今垂二百年,其插架之日,即系闕本。以古版難獲,不問散逸,当時尚為秘籍也。予獲之于都下書肆,伏水卯兵。文化新元甲子七月廿二日,黄山雪人識(抄訳:本書はかつて京都・西禅寺に所蔵され、後に妙心寺大龍院の僧嬾庵を経た。数冊が失われたものの、秘籍としての価値は変わらない)」とある。

 まだ第十二冊の巻末には、市橋長昭の『寄蔵文廟宋元刻書跋』全文が附綴され、「長昭夙从事斯文経十余年,図籍漸多。意方今蔵書家不乏于世,而其所儲大抵属挽(晩)近刻書,至宋元槧盖或罕有焉。長昭独積年募求,乃今至累数十種。此非独在我之為艱,而即在西土亦或不易,則長昭之苦心可知矣。然而物聚必散,是理数也,其能保无散委于百年之后乎?孰若挙而献之于廟学,獲籍聖徳以永其伝,則長昭之素願也,虔以宋元槧三十種為献,是其一也。(抄訳:長昭は十年あまりにわたって学問に従事し、蔵書が増えてきた。これを献上し、後代に伝えることは長昭の宿願である)」と記され、落款には「文化五年二月」、「下総守市橋長昭謹志、河三亥書」とある(抄訳:文化五年二月、下総守市橋長昭その所蔵にかかる宋元版三十種を幕府に献ず。此本はその一なり)。

 ここ数年、中国政府と民間の努力によって、海外に散在する宋版図書データの還流作業が行われている。2015年11月には、徐州市の蘇軾文化愛好家である老土氏が国立公文書館を訪問し、同館所蔵の宋版『東坡集』電子版を入手して自費で復刻版の印刷・製本を行い、自己所蔵に加え、12月28日には郏県・黄岡・眉山三蘇祠の3つの博物館に1部ずつ寄贈した。老土氏のこの行いによって、海外に漂流した宋版『東坡集』の帰国がついに実現したと言えよう(新聞記事「日本で所蔵される『東坡集』が還流」(『平頂山日報』2016年2月3日記事)を参照)。

 また、2011年初めには、北京大学中国古文献研究センターの研究チームが担当する国家社会科学基金重大研究「国外所蔵漢籍善本叢刊」プロジェクト(首席研究者:安平秋教授)がスタートした。本プロジェクトの目的は、海外で所蔵される中国古籍の全面的調査を実施し、なかでも貴重な善本を選んで中国に持ち帰り、複製本を出版して関連研究を行うことである。2013年3月、本プロジェクトの段階的成果として、『日本宮内庁書陵部蔵宋元版漢籍選刊』全170冊が上海古籍出版社から出版された。また、同年6月には『日本国会図書館蔵宋元版漢籍選刊』が鳳凰出版社から出版されており、宋元版典籍が5部収録されている。さらに、『日本国立公文書館(原内閣文庫)蔵珍稀本漢籍選刊』全15冊も同出版社から同じ月に出版された。ここには宋元版典籍が10部収録され、今回展示された宋版『予章先生集』もある。

 古代の書籍は人類の文化を構成する重要な一部である。このため、文物的価値の高い古典籍を印刷物として出版することによってその流動性を高め、ひいてはその伝達のルートを広げることは、研究者のみならず市井の人々にもその委細に触れる機会を与えることになる。中国と日本の研究者も、日本の書籍所蔵機関も、この歴史的な道のりの重要な開拓者の一員と言えよう。中国と海外の研究者が共に努力すれば、海外に散逸した漢籍にも新たな命が与えられるものと確信する。中国の、そして海外の研究者のために、さらなる支援が必要である。