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【17-09】中国酒文化の代名詞「茅台酒」―酒の都 茅台

2017年 3月16日

馮学敏

馮学敏:写真家

1953年中国上海生まれ。1982年上海画報社写真記者になる。
主な受賞経歴:1999年「雲南」で日本第36回「太陽賞」大賞受賞。2000 年には「チベット族老婦」で「世界華人芸術大賞」金賞受賞。

 

 茅台酒は中国の酒文化の代名詞であり、中国の「醤香型」白酒の元祖でもある。

 茅台酒は秦・漢代に生まれ、唐・宋代に成熟し、明・清代の洗練を経て、現代では広く人気を誇っている。司馬遷の『史記』によれば、紀元前135年、漢の使節である唐蒙が南越に赴く途中、黔北(今の貴州省西・南部)の古夜郎国の習部に立ち寄った。この酒を飲んで逸品だと惚れ込み、都の長安に持ち帰って漢の武帝に献上すると、武帝はこの美酒を大いに褒め称え、愛飲した。こうして茅台酒は天下にその名が知られ、醸造の歴史は2千年以上に及んでいる。

 2016年、私は15度目の貴州省訪問の機会に、茅台酒にまた一歩近づき、その魅力を満喫した。

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写真1 茅台酒工場の像(筆者撮影、以下同)

茅台の源

 「酒都」である仁懐市は、貴州省西北部の赤水河中流にある。清朝の末期から、茅台酒の評判は遠方にまで及び、醸造業が発展し、人口も増加した。現在の茅台鎮は、大小の酒蔵が軒を並べ、町中に酒の香りが漂う。

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写真2 美酒の河と言われる赤水河

 「清水が美酒を醸す」という言葉がある。貴州省の赤水河は雲南省鎮雄県の芒部鎮に源を発し、その流れは険しい山々の間を200キロあまりも蛇行し、茅台鎮に至る。途中には汚染もなく、加えてこの一帯の土質は7千万年前のジュラ期に形成された赤い砂礫岩であり、濾過の役割を果たすため、透き通った流れが酒蔵の優れた水源となっている。赤水河の流れる谷間は豊かな自然環境に恵まれ、特産の「有機紅纓子高梁」と小麦が、茅台酒に最高の醸酒材料を提供している。

 1915年にパナマで開かれた世界博覧会で、中国政府は各地で集めた十数万種の特産品を出品した。雲南・貴州省の奥地からやって来た茅台酒は、黄色の釉薬をかけた陶器の甕に「猪尿泡」(ブタの膀胱)で封をされ、「貴州茅台造酒公司」の文字がわずかに近代的な雰囲気を添えるだけ。果たして、審査員たちはいかにも田舎っぽい甕入りの茅台酒に目もくれなかった。そこで、苦労して博覧会にやって来た醸造所の代表は知恵を絞り、一つの茅台酒の甕を地に倒した。たちまち、酒の香りが周囲にあふれ、人々を驚かせた。各国の審査員は審査をやり直し、「酒は黔人の国に冠たり」の誉れある茅台の美酒は、最終的に第二位を獲得した。茅台酒はフランスのコニャックのブランデー、イギリスのスコットランドのウイスキーとともに「世界三大蒸留酒」の美名で呼ばれ、ここに中国の国民的ブランドが世界に進出する先駆けとなったのである。

「醤香」の茅台酒

 茅台酒の主な原料は、高梁と小麦である。小麦で「大曲」(小麦麹)を作るのが茅台酒の伝統的な麹の用い方で、漢代から現代まで踏襲されている。毎年、端午の節句(旧暦の5月5日)の頃には、新麦を砕いて煉瓦型に押し固め、高温で堆積して発酵させ、微生物を繁殖させる。茅台酒の麹の中の微生物は300種以上に及び、その特殊な高温の麹製造の過程で、微生物の新陳代謝によって香り成分の前駆物質が豊富になる。その中には沸点が高く揮発しにくい物質もあるため、茅台酒の芳香は豊かで長く持続する。茅台酒は、飲んでも頭に上らず、少し飲むだけで胃腸を温め、冷えを防ぎ、血液や経絡の巡りがよくなる。

 今回、私は幸いにも造酒工房を見学し、原料の蒸煮、堆積・発酵と搾酒の過程を知ることができた。工房に入ると、濃厚な麹の香りがぷんと鼻を突く。紅高梁は蒸された後、とろみのある濁り酒となる。

 茅台酒の生産過程は独特で、伝統的な醸造方法が化石のように現在まで受け継がれている。高温で麹を作り、堆積・発酵し、さらに高温のまま酒液を抽出し、材料を2回加え、酒液に7回火入れし、8回発酵させ、9回蒸煮し、水分を飛ばして貯蔵槽に入れ長期保存して醸成するなど、生産サイクル全体で一年程度が必要となる。この後、さらに100以上の段階の様々な香り、アルコール濃度、酒齢の基酒を配合して作られ、完成品となって5年でようやく出荷できる。

 中国の白酒には5種類の「酒型」があり、第一に「醤香型」が挙げられる。「醤香」とは添加物のない穀物が自然に発酵して生まれる複合的な香りであり、細やかにして厚みがあり、いくつもの段階に分かれ、ゆったりとした残り香がある。茅台酒は「醤香型」に属し、その香りは世界の酒の中で最も複雑で、1千種以上の揮発成分と非揮発成分を含む。それらの香りが溶け合って一体となり、茅台酒の独特の気品を生み出している。茅台酒の香りを嗅ぐと、まず「醤香」が鼻を突き、次に花や植物の葉、果物の香りが現れ、最後に酸味が漂い、飲み干した後も杯に残り香が長く留まる。以前、私は茅台酒の独特の香りは化学的な薬物によるものだと思っていた。このたび茅台鎮を訪れて、これは独特の自然環境と多くの微生物が、何度もの発酵を経て生み出した天然の芳香なのだと分かった。実に感嘆のほかはない。

 醸造工房では、責任者に出来たての基酒を味見させていただいた。香りは充分だが、ややヒリッとした感じが強い。さらに地下の蔵で配合して、ようやく成熟した茅台酒となる。茅台酒の製造工程は伝統的なものだが、パッキング設備は現代化され、先端技術による注入ラインと包装ラインがある。最後に手作業で赤いリボンを結んで完成である。

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写真3 茅台酒の古い蔵

 茅台鎮の醸造工房での取材の日々、酒蔵の蔵人(くろうど)への敬意を胸に、特製の小さな杯を手に、茅台の人々に教えられるまま、香りを嗅ぎ、軽く啜り、最後に一息に飲み干した。下戸の私は、小さな杯に続けて三杯も飲めば、たちまち耳まで真っ赤になる。しかし心は愉しく、まろやかな茅台酒がもたらす快感を確かに味わった。人をほろ酔い気分にさせる酒の香りに身を浸していると、体は酔わずとも心はもう酔っている。酒の「醤香」が漂う空気の中にいると、最初は酒の香りを吸い込み、濁った息を吐き出しているが、やがてどちらも酒の芳香になる。茅台鎮でしか味わえないこうした愉しみは、言葉では言い尽くせない。

「中国酒文化城」

 「中国酒文化城」は茅台鎮の醸造地区の中にある。3万平方メートルの敷地を占め、世界で最大の酒文化の博物館である。館内の広場の中央には人目を引く漢の武帝の大きな石像があり、甲冑姿で堂々たる馬に跨っている。文化城の中には漢、唐、宋、元、明、清、現代の7つのパビリオンがあり、中国五千年の酒文化の歴史が凝縮されている。さらに館内に展示された彫刻や扁額、屏風、書画、実物、図版や文化財を見れば、中国の醸造文化の起源と、醸造業の発展の過程、酒に関わる政治、経済、軍事、文化、民俗についての知識を得ることができる。

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写真4 世界最大の酒文化の博物館「中国酒文化城」

 今日の茅台酒は、すでに雲南・貴州省の奥地から全国へ、さらに世界へと広がっている。中国では、1949年から国家主催の宴会に使われる酒となり、香港・マカオの返還、さらに中国のWTO加盟、オリンピック招致成功などの重要な歴史的記念行事の宴会には、いずれも茅台酒が登場している。1972年の日中国交回復式典の祝宴で、周恩来総理が日本の田中角栄首相に振る舞ったのも茅台酒であった。日本人が中国での宴席に招待され、乾杯の酒として貴州の茅台酒を出されたら、きっと中国人はこの時のことを話すだろう。


※本稿は馮学敏「中国酒文化の代名詞『茅台酒』―酒の都 茅台」『和華』第12号(アジア太平洋観光社、2016年11月)より転載したものである。