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【18-08】人間文化のありか あるノートの一行について:花の祭

2018年10月22日

朱新林

松岡 格(まつおか ただす):
獨協大学国際教養学部准教授

1977年生まれ。学術博士(東京大学)。エスニック・マイノリティ研究会代表幹事。専門は地域研究(中国語圏)、文化人類学、マイノリティ研究。著書に『中国56民族手帖』『台湾原住民社会の地方化―マイノリティの20世紀』など、論文多数。

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写真1

フィールドノート

 かつて調査したことについて話す機会ができたので、久しぶりに、調査当時に書いていたフィールドノートを開いて眺めている。もう10年以上も前に書いたフィールドノートである。

 フィールドノートというのは、人類学者が調査中に調査内容に関わることを書き留めておくノートのことである。

 古典的な人類学の調査では、少数民族の村に、一年ぐらいは住み込んで、現地の人々と生活を共にすることで、フィールドノートに記録をつけていった。実際に現地を訪れ、自分の目で見ないとわからないことは多い。長期間滞在して、社会の動きを観察し、現地の言葉を習得し、自分も社会の一員となることで、突然外部から来た人間の眼ではなく、内部からの視点で文化を記述しようとするのだ。

 そんな人類学者にとって、フィールドノートというのは貴重な記録手段であり、資料である。一年も滞在して記録をつけていれば、ノートは何冊にもなる。その中に図や写真を挟み込むこともある。

 現在であればスマホでいろんなことができてしまう。メモを取ったり、録音したり、写真を撮ったり、映像(動画)を撮ることさえできてしまう。だが、今でも手書きでフィールドノートをつけている人類学者は少なくないと思う。ましてや録音設備が発達していなかった時代には、この手書きのフィールドノートが頼りであった。

 さて、話は戻るが、私のフィールドノートのあるページに「午後2時から儀式が開始。だがカメラやビデオカメラが多すぎて、ビモの道もふさがれる」と書いてある。これは一体どういう意味だろうか?

 そもそもフィールドノートというのは、一体何を書いたのか、書いた当人くらいしかわからないものだが、書いた当人でさえ、後から見ると何を書いたのかはっきり思い出せないこともある。

 この部分は一体、何を書いたのだったろうか。今回は、このことを思い出しながら、ちょっと説明してみようと思う。

花のお祭り:雲南・楚雄の彝族

 前述の一行は2006年に雲南省楚雄自治州の彝族の村で調査した時にフィールドノートに書いたものである。

 中国全体では、彝族は現在900万人以上の人口を擁すると考えられる。その多くは雲南省・四川省・貴州省など、中国西南地域に暮らしている。こうした地域には彝族の名前を冠した自治州・自治県などが多く存在しているが、彝族単独の自治州となっているのは、四川省の涼山自治州と、雲南省の、この楚雄自治州のみである。

 この調査を行った当時、私は彝族に限らず、花に関連したお祭り・儀式を探していた。そこで見つかったお祭りのうちの一つが、この時に調査した「挿花節」という彝族のお祭りである。

 彝族のお祭りと言えば「火把節」(たいまつ祭り)という火の祭りの方が有名である。しかもこのたいまつ祭りは民族を代表するお祭りである。火を使った派手なパフォーマンスもあり、最近では、どんどん大規模に行われるようになっている。

 楚雄の彝族には、「老虎笙」という伝統舞踊があって、これも有名である。「老虎」というのは虎のことで、つまり虎の舞、ということである。

 そのたいまつ祭りや虎の舞ならともかく、なぜ、わざわざ「挿花祭」を見たいのか、と現地の人にかなり不思議がられたものである。おそらく、だからであろう、最初に調査できたのはこのたいまつ祭りであった。

 今となっては、この「たいまつ祭り」の方も貴重な記録となっている。

 しかし、当時は、わざわざやって来たのになぜこちら方を調査しなければならないのかと思ったものである。私の当初の目当てであった「挿花節」という花のお祭りについてやっと調査できたのが、その次の年、2006年に来た時であった。

シャクナゲの花と民族衣装

 この花祭りの時に、ある特定の花がクローズアップされる。それが「馬桜花」という、高山地方に咲く、真っ赤なシャクナゲの花である(写真2参照)。このお祭りの時になると、家々の門や家畜などにこのシャクナゲの花が咲いた枝を挿して祝う。それで「挿花節」というわけである(写真3参照)。

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写真2 高山ツツジの一種「馬桜花」。

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写真3 家々の門に馬桜花が飾られる。

 だが、実際観察してみると、これは花神を祀るお祭りと言った方が正しいと思われる。しかもそれが一種のミスコンテストのような形で行われる。この地域で選抜された女性が花の精霊候補として会場に集められ、最後には一人に絞られる。その女性が花の化身、ということになる。

 最後に一人に絞るのが誰かというと、お祭りを仕切る祭司である。この祭司をビモと言う。

 会場には祭壇が設けられて、松の葉が敷き詰められる。壇上には立派な馬桜花の樹が配置される。祭壇の下には、決められた位置に木の枝を挿してあり、一種の魔方陣のようなものが構成される(写真4参照)。

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写真4 祭壇の上下の様子。

 儀式の最中はビモ(祭司)が祭壇の上下を動き回って祈祷や犠牲の奉納など、さまざまな儀礼の手続きを行う。日本の神社で宮司が儀式をしている最中のことを考えてみていただければ、少しイメージがつくであろう。

 こうした時に、周りの参加者はどうしているだろうか。日本の神社であれば、参加している人達は宮司の邪魔にならないように注意を払い、離れて見守るであろう。宮司の道をふさごうなどと、誰も考えもしないに違いない。

 ところが、である。「挿花節」の会場では、カメラやビデオカメラを持って外からやって来た人達でいっぱいで、彼らは祭壇の中に遠慮なく足を踏み入れるばかりか、儀式をしている最中のビモの行く手を邪魔したりしているのである(写真5参照)。ビモが彼らを素早くよけて、なんとか儀式を進行する姿を見て、なんたることか、と思ったものである。それがフィールドノートに書いた「午後2時から儀式が開始。だがカメラやビデオカメラが多すぎて、ビモの道もふさがれる」の意味である。

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写真5 カメラマン達に取り囲まれるビモ。

 カメラを持って会場に殺到する人達の目当ては、おそらく女性達である。というのも、当日は、祭壇の中に入っている花の化身候補だけでなく、会場をうめつくす女性達の多くが、花の刺繍がほどこされたきらびやかな民族衣装を着て参加しているからである。馬桜花だけでなく、牡丹や菊の意匠をほどこした女性達の民族衣装は、確かに色鮮やかで、華麗である(写真6参照)。

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写真6 出番を待つ女性達。

 おそらく、ミスコンテスト的な側面が知れ渡ったためにこのような現象が起きたのであろうが、それにしても本末転倒なことで、なんとかならないものか... と当時の私は思ったものである。


※本稿は松岡格「人間文化のありか あるノートの一行について:花の祭」(『中國紀行CKRM』Vol.12, 2018年8月, pp.110-111)を発行所であるアジア太平洋観光社より許諾を得て転載したものである。