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【07-13】中国におけるハイテク産業開発の一端を垣間見る~「長江デルタ(上海・蘇州・江陰)視察団」に参加して(中)~

佐藤 暢(JST産学連携事業本部 地域事業推進部)  2007年9月20日

 本稿では、前号に引き続き「長江デルタ視察団」のうち、上海に続いて視察・訪問した蘇州について報告させていただく。

蘇州 ~世界的ブランド力を背景に、外資脱却が今後のカギ~

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 「水の都」蘇州は上海から西へ約100km、江蘇省の中枢都市の一つである。長江の南側にあり、長江デルタの中心部、太湖の東岸に位置する。東は上海市、 西は無錫市、南は浙江省の省都・杭 州に隣接する。上海から南京に向かう滬寧高速道路が通っており、この高速道路は蘇州で常熟、嘉興を結ぶ南北の蘇嘉杭高速 道路と交差している。総面積は8488平方キロ、戸籍人口は616万人であるが、流 動人口を含めた都市の実態としては1000万人規模になるとのことである。

 蘇州はまた急速に発展・成長する新興工業都市の一つであり、積極的な外資導入を背景に、ハイテク産業を中心とする近代産業基地を形成しつつあるところで ある。ニューズウィーク誌における「 世界9大新興科技都市」の一つに選定され、2006年におけるFDI(外国直接投資)は中国第1位、また、GDPは中 国第5位であったという。経済規模においては江蘇省最大で、省都南京をしのぐ。

ちなみに、蘇州の東北に位置する陽澄湖は、上海蟹の産地・養殖地として著名であり、淡水漁業も盛んである。

以下では、国家級ハイテク産業開発ゾーンの一つである蘇州ハイテク産業開発ゾーンの概況、および、内在する蘇州国家エコロジー産業パーク(国家環境保全産業園)、蘇州サイエンスタウン(科技城)に ついて紹介させていただく。

蘇州ハイテク産業開発ゾーン

  蘇州ハイテクゾーンは、1992年に国務院に認定された、国家級ハイテク産業開発ゾーンの一つである。中国初の対外開放APEC国際科学技術工業園区の認 定(1997)、中 国初のISO14000国家環境管理モデル区の認定(1999)、中国初の国家リサイクル経済モデル地区の認定(2005)など各種認 可を受け、積極的な外資導入政策のもと、ハ イテク産業を主体とする製造また研究開発基地として取り組みを進めている。

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「親商、安商、富商」(投資家に親近感を、投資家に安心感を、投資家に豊かに)という理念を掲げ、「多機能で国際的なハイテクゾーン」「現代的な園林式の 新しいハイテクゾーン」と いう2つの目標を同時に目指している。とくに近年では、IT、自動車、精密機械、ソフトウェア開発の各分野を中心に、生産製造拠 点から研究開発拠点への脱皮を目指すべく展開しているとのことである。日 本企業としてはキャノン、セイコーエプソン、松下電器、ソニー、富士フイルムほか メーカー、商社など大小300社ほどが進出/投資しており、日系を含めた海外投資企業は約1500、中 国系企業は約5000とのことであった。

蘇州ハイテクゾーン内は、ハイテク創業サービスセンター、国際インキュベーター(企業孵化器)、帰国留学生創業パーク、環境エコロジー産業パーク、国家ソフトウェアパーク、蘇 州サイエンスタウンなどテーマ別のパーク等に分かれている。

蘇州国家エコロジー産業パーク(蘇州国家環境保全産業園)

国 家エコロジー産業パークは、中国国家環境保護総局の認可を得た、中国初の国家級環境産業パークである。蘇州が環境保全を重視する理由はいくつか挙げられる が、太 湖の水質汚染問題が重要的な背景の一つのようである。実際、現在中国で環境問題として重視されている「三廃(廃水、廃棄物、廃ガス)」のうち、とく に「廃水」つ まり水質汚染対策に重点を置いた取り組みを進めているとのことであった。ただし現状では工場廃水に重きが置かれており、農業廃水処理、汚泥処 理、家 畜糞尿や肥料流出の対策等については今後の検討課題のようである。

なお、今後は環境保全ハイテク産業の投資窓口として、国内・海外環境保全企業に提供するテスト基地と工場の立地を計画しており、科 学研究と産業生産を一体化した自然環境保全の科学技術モデルセンターを作る、としている。

蘇州サイエンスタウン(蘇州科技城)

 蘇州サイエンスタウンは、中国科学技術部、江蘇省政府、蘇州市政府の提携により建設された研究開発基地であり、蘇州市として重点的に取り組んでいる「新 興国際科学技術都市十大プロジェクト」の 一つである。とくに、ソフトウェア産業モデルパークや、マイクロソフト社との協力で設立した、産業界での即戦力と なる人材を育成する機関である蘇州ソフトウェア学院実践基地、台 湾のハイテクゾーンでの取り組みをヒントにしたという、産学官のプラットフォーム的位置づ けを担う蘇南工業技術研究院などが特徴といえる。

とくに蘇南工業技術研究院は産学官の連携機関として、以下の機能を担うという。

  1. 研究開発機関の誘致促進のための施策等の立案
  2. 研究開発成果の産業化を推進する制度や仕組み作り
  3. 研究開発機関への人材確保
  4. 研究開発機関のための共通プラットフォーム形成
  5. 中小企業の研究開発や資金調達支援

 蘇州ハイテクゾーンでの情報 交流会の席上、袁培林・蘇州工業技術研究院院長は、今後の課題の筆頭に「外資からの脱却」と明言された。すなわち、「現状として蘇州の力の源泉は外資にあ り、今 後はこれを打破していかなければならない」とのことである。さらに加えて、「独自ブランドによる産業の高度化とイノベーション推進(いわゆる自主創 新)」「優秀な人材の育成」「研究開発基盤の確立」に ついても言及され、「これらについては日本側のノウハウ提供等の協力もいただければ」、とのコメント もされた。

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 「人材育成による地域基盤形成」という観点からは、一例として、積水化学工業が蘇州大学に対して「積水奨学金」という名称で奨学金寄付を2003年から 行っている(ちなみに「積水」の 名の由来する中国最古の兵法書「孫子」が記されたのは蘇州の穹窿山とのことであり、本視察でもバスの車窓から山容を垣間見 た)。また、前述した蘇州ソフトウェア学院実践基地は2005年に設立されているが、今 後さらに2億元規模(約30億円強)の投資を行い、施設など環境整 備や訓練体制の充実などを図っていく計画であるという。

 このように、外資導入を背景とした地域人材育成基盤の形成が 急ピッチで進められているということは、裏を返せば、現状の人材育成を含めた地域の研究開発基盤は必ずしも十分ではない、と いう表現も可能であろうか。その一端として、大学に目を転じてみると、蘇州の主要総合大学であり国家重点大学の一つでもある蘇州大学は、全国大学ランキングでは35位、江蘇省内でも第 3位であり、江 蘇省内には他に南京大学(全国5位、省1位)、東南大学(全国23位、省2位)などがあることを考えると、ランキングによる単純な比較であ るとはいえ、競争的優位性の観点から、蘇州はやや苦しい立場にある、と もいえよう。また、隣接する地域には、浙江省の浙江大学(全国3位)、上海市の上海 交通大学(同4位)、復旦大学(同5位)等々、全国トップレベル校も少なくない。

 これは蘇州ハイテクゾーンとしても十二分に認識していることであり、だからこそ、「広く長江デルタを蘇州市の『人材獲得可能エリア』と捉え、より魅力的 な産業都市、人材集積都市を形成する」「 上海市では地方から進出してきた大学生等の就職難が言われており、上海市から流出する優秀な人材を隣の蘇州市で獲 得することが可能である」といった発言あるいは取組がある、と見ることができよう。

 とくに「外資脱却」と「自主創新」については、蘇州に限らず中国各地でのハイテク産業開発の課題の一つとであるともいえるが、中国国内において外国直接投 資をもっとも集める都市である蘇州が、ど のような戦略をもって取り組みを進めていくのか、今後の動向が注目されるところではないだろうか。

 次号では、上海、蘇州に続いて視察・訪問した、経済成長がめざましい地方都市の一つであり、「中国一リッチな村」を内在する江陰について、報告させていただく。