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【07-15】中国におけるハイテク産業開発の一端を垣間見る~「長江デルタ(上海・蘇州・江陰)視察団」に参加して(下)~

佐藤 暢(JST産学連携事業本部 地域事業推進部)  2007年10月20日

 本稿では、「長江デルタ視察団」の最後の視察・訪問地である江陰について紹介させていただくとともに、本視察全体の印象や感想についても簡単にまとめさせていただいた。

江陰 ~「全国県レベル都市百強」のトップが目指すは地域経済産業の要~

  江陰市は、無錫市の管轄下にある港湾都市であり、人口約119万人、面積988平方キロメートルを有する、中国の行政単位でいうところの「県級市」の一つ である。市の北側を長江が流れ、南側に太湖がある。東側には上海、蘇州、西側に常州、南京といった、長江デルタの主要中核都市に囲まれている。

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 中国全国1万分の1の土地に対して1千分の1の人口から250分の1のGDPを産出しており、中国「百強県級市」のトップの座を守り続けている。江陰市 のGDPを支えているのは工業とされ、とくに郷鎮企業(いわゆる村営企業)の発祥の地としても名高く、日本でも「中国一リッチな村」と報道された華西村 は、江陰市に内在する16の鎮の一つである。 

江陰市には大きく3つの経済開発ゾーンがある。すなわち、江陰経済開発区、江陰臨港新城、そして、長江の対岸にある靖江市との共同で建設した江陰-靖江 工業区である。いずれも江陰市の経済産業開発の重要な役割を果たすことが期待されているが、ここでは、すでに紹介した上海、蘇州との関連から、今回視察し た江陰経済開発区、江陰臨港新城について、簡単に紹介させていただく。

江陰経済開発区

 江陰経済開発区は1991年に建設され、1993年11月江蘇省政府に江蘇省重点ハイテク開発区として指定された。江陰市の北部、長江沿いの地域に位置しており、総企画面積は150平方キロメートルである。省級のハイテクゾーンであるが、プロジェクト審査基準等は国家級ハイテクゾーンに準じた形式を行って いるところに、江陰市としての熱意が感じられる。電子情報産業、総合的工業パーク(精密機械、光機電一体化など)、ITO(ITアウトソーシング、ソフト ウェア開発、物流管理等)を三大領域として位置づけている。また、大学・研究開発機関の取り組み例としては、シンガポールとの合弁大学を建設中とのことであった。

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 また、江陰経済開発区には、他の多くのハイテクゾーンと同様、ハイテク創業パーク(高新技術創業園)がある。ここではベンチャー投資、イノベー ション推進、大学・研究機関との提携促進などを進めており、建設から一年半経った現在、約7000社が関係し、現在は70社ほどがパーク内に入居している とのことである。分野としてはIT、バイオ・製薬、機電一体化(メカトロニクス)、新素材・新材料、精密機械など多岐にわたっている。今後2〜3年で3社 の上場を目指し、3000万元(約4億5千万円強)規模の投資計画を実施するため、半年前にベンチャーファンドを立ち上げたという。また、ハイテク産業開 発の観点からは産学官連携も重要と位置づけ、全国各地のハイテク産業開発関連組織と協力しつつ、いずれは産学官連携組織を立ち上げたい、とのことであった。  

江陰臨港新城

 江陰市は1992年に国家一級の対外開放港湾の指定を受けているが、施設の老朽化や物流量の急増などを背景に、江陰市政府は全力で旧港湾の設備を改善する一方、新港すなわち臨港新城の建設を決定した(2005年)。

 臨港新城の計画面積は188平方キロメートルに及び、新港としての国際バースのほか、ビジネス区(CBD)や住居区等、ビジネスや生活のインフラまでも 整備する、いわば港湾都市開発といえる。国内航路としては上海に週20便出すほか、海南省海口市、重慶市などがある。国際航路しては韓国の釜山市との航路 があるほか、日本については横浜、大阪、神戸との間で手続きを進めているとのことであった。

 なお、江陰臨港新城も、江蘇省重点ハイテク産業開発区に認定されている。

 前述したとおり、江陰市といえば華西村(華西鎮)がよく知られており、「天下第一村」「中国首富村」のブランドは日本でも各種報道で取り上げられていると おり、中国国内・海外からの視察訪問団は後を絶たないという。本視察でも華西村を訪れ、整然と続く別荘地のような家並みやリッチな暮らしぶり、あるいは充実した生活インフラなどには目を見張るばかりであった。

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 しかし、上記で紹介したような経済開発を見れば明らかであるとおり、江陰市にとって華西村が全てなのではない。江陰経済開発区は省級ハイテク産業開発ゾーンとしての機能も有する地域の中核拠点であ り、江陰臨港新城は、港湾都市の立地を活かし、国際展開も視野に置いた新たな産業開発の一大拠点であり、そしてそこにあるのは単なる物流・製造拠点ではな く、新都市整備事業と表現するにふさわしい「まちづくり」の取り組みである。現地でいただいた資料には、「臨港新城は江陰市の副都心として、蘇州・無錫・ 常熱・泰興等周辺諸都市における港湾産業の中心を目指す」とある。

  その計画にかけた情熱や具体性は、彼らの熱意に満ちた表情、あるいは現地の建設現場や計画ジオラマを見れば十分に伝わってくる。しかし、敢えて懸念すると すれば、地域の中枢都市に囲まれているということは、地域内での競合都市に囲まれているという見方もできる。長江沿いの港湾工業都市としては、目と鼻の先 に張家港市(蘇州市の県級市)もある。ハイテクゾーンに関していえば、今回訪れた蘇州に加え、省都南京、無錫、常州と、江蘇省内でもこれだけの国家級ハイ テク産業開発ゾーンに囲まれている。さらに、東には上海、南には杭州、西にはやや遠いが長江を遡れば、国家「中部勃興」戦略の重要拠点である武漢、「西部 大開発」の重要拠点である成都や西安等々、地域内外のライバル都市は枚挙にいとまがない。長江デルタ地域に関しては、中枢都市の存在を「地域の基盤」とみ るか「自市の競合」とみるかは、その見方や状況等によって変わりうると思うが、敢えていうまでもなく、差別化と優位性を如何に確保、強化し、効果的にア ピールしていくかが今後の課題の一つともいえるのではないか。いずれにせよ、長江デルタを見る上で、地域内あるいは周辺地域の動向も含め、江陰市もまた、 着目すべき都市の一つといえるだろう。

 本視察全体の印象・雑感・所見等〜産学官連携に関する日中交流に向けて

 本視察では「熱い中国の現場の一端」を垣間見たに過ぎず、これを以て全てを知ることはもとより無理な話ではあり、限られた範囲の経験によることをご承知い ただいた上で、わが国における地域イノベーションの継続的な創出を支援する一職員としての立場から、本視察での率直な印象等について、誠に僭越ではある が、若干加えさせていただきたい。

特徴や位置づけ等の異なる3都市を視察できたことは有益

 もはや中国だけでなくグローバル経済の商流、物流、人流、情流の中心的な役割を果たし続ける上海市、世界遺産も多いことながら、世界9大新興科技都市の 1つとされ、中国における都市別FDI(外国直接投資)は第1位と、外資導入を基軸に経済発展を果たしてきた蘇州市、中国で最もリッチな村「華西村」を有 し、中国1万分の1の面積から250分の1のGDPを創出するなど、地域経済モデルとして注目される江陰市、規模や位置づけ等の異なる3つの都市に存在す るハイテク産業開発ゾーン等、地域イノベーション創出の現場を視察できたことは、今後の日中における産学連携や地域間連携を講ずる上では有益であったとい える。 

ただし、今回視察した機関の多く(上海張江ハイテクゾーン、上海松江大学城、蘇州ハイテクゾーン、蘇州環境保護工業園、蘇州科技城、江陰経済開発区、江 陰臨港新城、等)は、各都市におけるこれまでの経済産業の発展実績等をベースに、更なるイノベーション拠点構築等を展開する途上であった、という表現もで き、今後の企業誘致、大学設置、人材育成の計画や展望あるいは情熱などを概略的に把握することはできたものの、各地での産学連携の取組の現状や動向、今後 の課題やニーズ等を十分に把握できたとはいえない。

地域イノベーションの観点からも国際志向は今後さらに重要に

 今後の日本における地域イノベーションのカギの一つは、「地域の国際化」にあると考えるが、各地域の長所を活かし、競争力を確保しつつ、国際的な産学官 連携を今後展開していくためには、まず「相手を知ること」、つまり現地の産学官連携にも精通する必要があるものと思われる。そのためには、「三現主義(現 地・現場・現物)」の基本に立った取組みが、ますます重要となってくるのではないだろうか。われわれJSTとしても、主体的な行動を確実なものとするため に、事前の情報収集にもとづく全体状況の俯瞰的な把握、視察・訪問の位置付けや狙いなどについての関係者間の十分な意識合わせ、次のアクションに繋がる キーマンの見極めと確実なコーディネート、といった、戦略的な思考が必要ではないかと、あらためて感じているところである。

次のアクションに繋がる日中交流機会創出のさらなる推進を

 江陰経済開発区のトップ等との交流の席上、本視察の団長も務められた梶谷誠・コラボ産学官理事長が「物流園区が、ぜひ、人流園区になるような取組を」と いったコメントをされ、これに対し、同じ日の夜に開かれた江陰市政府との交流の席上、費平・江陰市副市長からは「総合Win-Winの関係構築に向け、こ れを機会に中日交流を継続、発展できるように取り組みたい」といった趣旨の発言がされたことが印象的であった。また、本視察の交流機会において、視察団メンバーから、たとえば「上海張江ハイテクゾーンと蘇州ハイテクゾーンとの関係はどのようなものか。たとえば協力関係にあるのか、あるいは競合関係か。上下 関係的であるのか、それとも相互に補完しあうのか」「上海羊山深水港と江陰臨港新城との今後の役割分担など、相互の関係は」等々、質問が尽きず、スケ ジュールの都合上、打ち切らざるを得ない状況もあった。その意味では、腰を落ち着けた場での現地関係者との交流の機会を十分に設けることが、視察・訪問の 成果を次に繋ぐうえでも大切ではないかと感じている。

おわりに ~謝辞にかえて~

 冒頭の日程表をご覧いただければお分かりの通り、本視察は盛りだくさんで刺激たっぷりのスケジュールであった。通常ではなかなか行けないところ、見えない ところを多数案内していただけたことは、視察に参加した一メンバーとしてたいへんありがたく、また、さまざまな機会を通じて多くのことを考えさせられた。 現地関係機関との連絡・調整・交渉等には、並々ならぬ苦労があったものと推察しているところである。主催機関であるコラボ産学官の皆様をはじめ、本視察の 関係の方々にはあらためて御礼申し上げます。

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