【08-03】ハイテクスポーツ、中国の挑戦(1)
葛 進(中国科技日報記者) 2008年6月20日
中国は2004年のアテネ五輪で史上かつてない32個の金メダルを獲得し、金メダルランキングで2位となった。そして05年に28のオリンピック競技種目 の国際大会で優勝し、06年には同35種目、0 7年には約70種目で優勝した。ここ数年来、中国の選手は優位な種目、例えば飛び込み、バドミントン、卓 球、体操、射撃、重量挙げなどではずっと優位をキープしているほか、い くつかの劣勢な種目でも大きな躍進があった。たとえば100メートル障害、テニス、 カヌーなどで中国人オリンピック金メダリストや世界チャンピオンが生まれた。多くの人が感じたように、80、90年代に比べ、近 年中国のスポーツは目覚し い進歩を遂げている。コーチや選手を含むスポーツ界の多くの人たちは、中国のスポーツがこのような成績を獲得できたのは、科学技術の力に負うところが多い と信じている。
一、中国スポーツの「経験重視」から「科学技術重視」への転換
科学技術重視のスポーツというのは、スポーツ競技に合理的な科学技術を取り入れ、各種スポーツ訓練研究施設を設け、科学的方法を用いて選手を育成し、怪我 などを治療することによって、ス ポーツ競技の成績の高上を図るものである。実は昔から、世界各国がスポーツに科学技術を応用していた。中国も50年代に旧 ソ連のやり方をまねて独自のスポーツ科学技術システムを作った。しかし、昔 のスポーツ界は体制と認識上の原因により、科学を軽んじ、経験をより一層重視 し、スポーツはスポーツ、科学技術は科学技術、別々のものとして見ており、ス ポーツ選手は持って生まれた能力を用いて骨身を惜しまずに訓練に励めば良い成 績が取れるはずだと見ていたものであった。他方、昔はスポーツ科学技術研究者たちとスポーツ界との交流の機会が非常に少なく、研 究成果も重視されなかっ た。その結果、本来の潜在能力が発揮できない中国のスポーツ選手が多く、84年オリンピックに参加して以来96年のアトランタオリンピックまで各大会での 中国選手の金メダル獲得数はずっと16個前後に留まっていた。
このような状況を打破するため、中国の スポーツ界は海外の先進的な経験を参考にし、96年に「科教興体」(科学技術でスポーツ事業を振興すること)のスローガンを掲げ、スポーツと科学技術の緊 密な融合を進め始めた。各地方のスポーツ科学技術の資源が統合され、いくつかの新しい科学技術が訓練に応用され始め、中国的特色のある科学技術スポーツシ ステムが作られた。科 学技術とスポーツとの融合による効果がはやくくも現れ、2000年シドニーオリンピック大会において、中国選手は28個の金メダルを 獲得し、歴史的な躍進を遂げた。
期数 | 大会 | 金 | 銀 | 銅 | 総計 | 序列 |
---|---|---|---|---|---|---|
23 | ロサンゼルス | 15 | 8 | 9 | 32 | 4 |
24 | ソウル | 5 | 11 | 12 | 28 | 11 |
25 | バルセロナ | 16 | 22 | 16 | 54 | 4 |
26 | アトランタ | 16 | 22 | 12 | 50 | 4 |
27 | シドニー | 28 | 16 | 15 | 59 | 3 |
28 | アテネ | 32 | 17 | 14 | 63 | 2 |
01年の北京オリンピック招致成功をきっかけに、スポーツ管理部門の科学技術に対する重視の度合いが更に高まった。国家スポーツ総局科学教育司科学技術処 によると、ここ数年来、科 学技術とスポーツの融合の深化につれて、科学研究における難関攻略及びスポーツに対する科学技術のサポートはいずれもスポーツの 実践と密接な融合を実現した。科学技術者は「目を競技種目に向け、心 に競技種目を思う」をモットーとし、スポーツの現場から上がってくる選手の身体能力、 技術、心理、リハビリなど様々な研究課題に取組んでいる。毎年多くの科学研究の成果は各種運動種目に応用され、ス ポーツの発展を推進する重要な力になって いる。
二、中国の科学技術スポーツシステム
(1)行政管理機関と予算
中国国家スポーツ総局は中国のスポーツ事業の管理機関であり、科学技術スポーツ事業を推進する主要な政府機関である。傘下の科学教育司はスポーツ科学研究 プロジェクトの立ち上げ、許認可、検査、科 学技術経費の分配、各方面のスポーツ科学技術資源の調整などに責任を負い、科学技術スポーツ行政の実質的な執行 部門である。国家スポーツ総局は各省・市に支局を設置し、完全な行政システムを構築している。政 府機関である国家スポーツ総局の予算は、国家財政からの支 出によって保障されている。そのほか、国家スポーツ総局は多くのスター選手を通じて、豊富な広告資源を持っている。また、総 局自身もたくさんの大手スポー ツ企業と密接な協力関係を結んでいる。そのため国家スポーツ総局は潤沢な資金を有し、科学技術スポーツに対して十分な財政支援を与え、各種スポーツ科学研 究プロジェクトが順調に行われることを可能にしている。
(2)科学技術スポーツの研究システム
国家スポーツ総局の下で1958年に創設されたスポーツ科学研究所(CISS)は、中国で一番早くできた、中国随一の規模を誇る国家級の総合スポーツ科学研究施設である。
同研究所の主要な任務は、国民の体質を強化し、スポーツ選手の運動技術レベルを高めるための科学研究と技術開発を行うことである。
現在すでに形成している四つの優位研究領域は、(1)選手のスポーツ競技能力を高めるための研究、(2)国民の体質とフィットネスの方法に関する研究、(3)スポーツの社会科学研究、(4)ス ポーツ器具と設備に関する研究、である。
同研究所には6つの研究センターと一つの総合測定・実験センターがあり、スポーツ訓練監視とスポーツ心理トレーニングという2つの国家スポーツ総局の重点実験室が置かれている。
研究所が関連する研究分野はスポーツ訓練学、スポーツ医学、スポーツ生理学、スポーツ生物化学、スポーツ生物力学、スポーツ心理学、人体体質学、スポーツ測量学、コンピュータ技術、システム工学、ス ポーツ社会学、スポーツ経済学、スポーツ法律学などである。
また 同研究所は先進的なスポーツ生物力学の専門設備を保有している。中には運動学テスト設備として、高速同期撮影システム、高速同期カメラ、ビデオ解析システ ムなどがある。動 力学テスト設備としては、3次元動力測定システム、足底圧力測定システム、CYBEX 6000型動力測定システム、T.K.K動力測定システム、 A.K.M動力測定システム、B .K.M動力測定システムなどがある。生物学テスト設備は筋肉テスト計、人体体型測定設備などがある。 同研究所が保有し ているスポーツ生物力学の専門設備は質、量ともに国内1位であり、海 外の同レベルのスポーツ生物力学実験室と比べても遜色がない。
中国の科学技術スポーツシステムのもう一つの特色は多くの専門のスポーツ大学と学院を持っているということである。例えば北京スポーツ大学、上海体育学 院、広州体育学院などがそれである。こ れらの学校には専門のスポーツ科学技術研究機関が設置されている。例えば、上海体育学院にはスポーツ科学研究所があ り、先進的なスポーツ生物力学の実験室、ス ポーツ生理と生物化学の実験室と多くのスポーツ科学研究員を擁している。そのほか、中国科学院傘下の研究所、研 究院及び大学など研究機関で行われているスポーツ関連研究も多くの競技種目に応用されている。例 えば2000年シドニーオリンピック後、国家スポーツ総局 と中国科学院のコンピュータ研究所が協力し、「飛び込みのビデオ分析システム」を開発し、中国飛び込みチームの更なるレベルアップに役立った。
(3)科学技術スポーツの組織形態
08年の北京オリンピック開催に備えて、中国は02年からスポーツ科学技術の組織再統合を行った。まず、各スポーツ科学研究機関に拠って、30余 りのスポーツチームと種目管理センターにおいて科学研究専門チームを設立し、科学技術とスポーツの本当の融合を実現させた。選手に対するリアルタイムの指 導が行えるよう、科学技術コーチ、リ ハビリコーチと心理コーチをチームの専属要員として種目別に配置することとした。次に、強い種目の優位性を守り、劣勢 な種目での突破を図るため、重点種目に対して、専門的な科学技術難関攻略チームを作った。目 下、新規の4年周期のオリンピック科学技術研究プロジェクトは 300余りあり、ナショナルチームに奉仕するプロジェクト専門家数は延べ3000人を超えている。彼らは清華大学、北京大学、中 国科学院及びいくつかの地 方研究機関から集まってくる教授と研究者たちである。彼らはコーチや選手によく協力し、コーチの計画策定とチーム委員会の仕事に参与し、ナショナルチーム の訓練に必要なサポートをいつでも提供できるようにしている。また、重点選手と重点チームに対し、専門の科学技術チームを配置し、最高レベルの力が発揮で きるよう全力でサポートすることにしている。
例えば、国家スポーツ総局陸上管理センターは2001年に突然頭角を現した陸上の劉翔選手に注目し、この天才選手を助け、より速い成績を上げ、中国選手の 短距離種目でのブレークスルーを実現させるため、「劉翔科学研究チーム」、即ちかの有名な「翔チーム」を設立し、劉翔選手の競技能力の向上に極めて重要な 役割を果たした。スポーツ総局の専門家によると、今 後中国卓球チームにも専門の科学研究チームが配置されるかもしれないという。
(3)科学技術スポーツプロジェクト請負制度
01年にオリンピック招致に成功して以来、08年のオリンピックでより良い成績を上げるため、中国は科学研究スポーツプロジェクト請負制度を実施 し、競技レベルの向上促進に力を入れ始めた。プ ロジェクトは主にナショナルチームと各スポーツ管理センターから提出され、国家スポーツ総局がこれの管理を 行い、優秀な科学技術者を選んでプロジェクトの研究を行わせる。研究領域は生物力学、医療関係医学、ス ポーツ生理生物化学、スポーツ栄養学と体力回復学な どを含む。
プロジェクトの成功事例を紹介する。
2003年8月、「カヌー競技力の訓練に関する研究プロジェクト」が採択され、主に以下の研究内容が含まれている。
- カヌーの正しい動作の技術的構造、動作の軌跡及び主要な筋肉あるいは筋肉群の動きと順序についての研究
- 中国の優秀なカヌー選手の筋肉運動の法則についての研究
- 中国カヌー選手の筋力強化訓練方法とその訓練効果の評価方法についての研究
- 中国カヌー選手の筋力訓練の監視・測定方法とその評価システムの研究
- カヌーの筋力訓練設備の開発
このプロジェクトは2004年8月までに完成するよう求められた。このプロジェクトを請負ったのはドイツの専門家と数名の中国の訓練学博士から構 成されたチームであった。彼 らは真剣に中国選手の過去の試合のビデオを観察した結果、中国選手が櫂を漕ぐ最初の段階で力を入れる時間が短く、櫂を漕ぐ頻度 が高かったため、力を入れる効果はよくないほか、選 手は早く疲労段階に入りやすいということを発見した。力学の関連原理によって、専門家達は直ちにこの誤 りを是正し、スタート段階で選手に適切に櫂を漕ぐ頻度を低くし、櫂 を漕ぐ時の力の入れ方の有効性を強調するように注意させた。この科学的な方法による訓練 の結果、中国選手はアテネ五輪で初めてカヌー競技の金メダルを獲得した。
(つづく)
李 君如:
中国共産党中央党学校副学長
略歴
77年、中国遼寧省に生まれる。
99年、国際関係学院東西語学部卒業。
02年、国際関係学院法律学修士。同年から中国科技日報入社。
07年3月~12月、政策研究大学院大学・科学技術振興機構で研修を受ける。