【14-012】中国倒産実体法の新司法解釈による展開(その4)
2014年 3月27日
屠 錦寧(Tu Jinning)
中国律師(中国弁護士)。1978年生まれ。アンダーソン・毛利・友常法律事務所所属。京都大学大学院法学博士。一般企業法務のほか、外国企業の対中直接投資、M&A(企業の合併・買収)、知 的財産、中国国内企業の海外での株式上場など中国業務全般を扱う。中国ビジネスに関する著述・講演も。
(その3)よりつづき
Ⅴ 相殺権
1. 総説
相殺について中国契約法にも定めがある。すなわち、当事者がお互いに、期限の到来している債務を負担している場合、当該債務の目的物の種類・品質が同様であれば、いずれの一方でも、自己の債務をもって相手方の債務と相殺することができる(契約法99条)。債権者がこのような相殺を行使するによって自己の債権を回収することができるため、相殺には担保的機能があるといわれる。相手方が倒産した場合においても、企業破産法は、相殺の担保的機能を尊重して、倒産債権(倒産債務者が倒産債権者に負担する債務)と倒産財団に属する債権(倒産債権者が倒産債務者に負担する債務)との間の相殺を許容している(企業破産法40条)。
平常時では、契約法99条によって、相殺のために債権の期限が到来していること、目的物が同種であること、相殺が法令又は合意により禁止されていないこと(同条のただし書き)という3つの要件をすべて満たす必要がある。この点、倒産の場面における相殺権の要件がより緩和される。すなわち、倒産債権者から相殺権を行使するためには、倒産債権と倒産財団に属する債権のいずれも倒産の申立てを受理する時点で期限が到来しなくともよく[1]、また目的物の種類・品質が異なっても相殺権の行使を妨げない(司法解釈43条)。
2. 相殺禁止
倒産債権者による相殺は、債権の優先的回収であるため、企業破産法は、破産債権者間の公平の確保のために、自働債権と受働債権の対立が債務者の財産状態の悪化後に生じた場合について下表のとおり相殺を制限している(企業破産法40条)。
上記制限は、倒産債務者の相手方が相殺権制度を濫用して、自己の債権を回収するために意図的に(例えば不法行為をして)債務を負担し、又は自己の債務の弁済を免れるために安い対価で他人の債権を取得するような不当行為を排除するものである。この趣旨に沿い、倒産前の事務管理や不当利得等の法定の原因によって債権・債務が生じた場合には、相殺権制度の濫用となるおそれが少ないため、相殺が禁止されていない(企業破産法40条)。また、債務の負担・債権の取得が申立ての受理より一年以上前に生じた原因に基づく場合についても、相殺の禁止は適用しない[2]。
この点、司法解釈46条では、倒産債務者の株主が出資義務又はその違反あるいは株主権利の濫用行為によって倒産債務者に対して債務を負担した場合、当該株主は倒産債権者であっても、相殺を主張できないとしている。この場合、株主の倒産債務者に対する債務は、法定の原因(不法行為)に基づくものではあるものの、上記趣旨に反しているためやはり相殺禁止の対象にあたる。
また、司法解釈では、倒産(申立ての受理)前の相殺まで制限の範囲を拡張した(司法解釈44条)。具体的に、債務者に破産原因(企業破産法2条1項に定める支払不能・債務超過)があったにもかかわらず、債務者と相手方の債権者との間で相殺によって個別弁済をなされ、かつ相手方が支払不能又は倒産申立てがあったことを知りながらも債権・債務を取得した場合は、管財人が異議の訴えを提起して当該相殺の無効を主張することができる。一方、相殺の意思表示をしてから倒産申立ての受理までの期間が長期にわたると、相殺を有効であると考えた相手方の地位が不安定になるため、上記制限は倒産申立ての受理より前の6ヶ月以内になされた相殺に限定されている。この規定を受けて、実務では信用状況が著しく悪化し、倒産の危機に瀕している相手方に対して相殺により債権回収を図ることがよくある。しかし、上記規定によって後から債権債務の取得原因、取得時の主観状況(状況認知)を確認され、場合によって相殺の効力が否認される可能性があるため留意が必要であろう。
3. 相殺権の行使
相殺権の行使について、企業破産法40条の条文をそのまま読むと、倒産債権者から管財人に対する行使しか想定されていない。管財人からの相殺は、倒産財団を減少させることになるため原則許されない。司法解釈では、倒産財団がこれによって利益を受けるときは例外として認められる(司法解釈41条)。管財人から相殺を行使するにあたって、債務者の利益に重大な影響のある財産処分行為(重大処分)に該当したときは、債権者委員会に報告し、委員会未設置の場合は人民法院に報告する必要がある(企業破産法69条)。
相殺権は形成権としてその法的効果が一方的意思表示により生ずる。倒産債権者からの相殺の意思表示に対して管財人がこれを争うことなく認めたときや、異議の訴えを提起して争ったものの、人民法院に却下されたときは、いずれも相殺通知が管財人に至る時点より相殺の効果が生ずることになる(司法解釈42条)。管財人による相殺の効力に対する異議の訴えは、債権者と債務者が合意した異議期間又は相殺通知の到達日より3ヶ月以内に提起する必要がある。
結びにかえて
企業の生産・経営をめぐる法的関係(物権法、契約法、担保法等に基づく権利義務)が、自身を含む関係者の倒産処理手続の下で維持されているか、もしくは調整されることになるか。これについて倒産法整備では明確に定めることが望ましい。これは、倒産を管轄する人民法院や管財人の業務遂行により明確な根拠を付けるほか、債権者・債務者・利害関係者の倒産手続処理の結末に対する予見可能性を高めることにもなる。この意味では、司法解釈は企業破産法をはじめとする倒産実体法の規定をより明確化したものといえる。
倒産実体法整備の一環として、倒産財団に関する司法解釈は主に以下の方針に沿って制定されており、平常時の企業にとっても特に留意する必要があるように思われる。
まずは、立法者は、債権債務者以外の第三者の合法的利益を保護しようとする。具体的にいえば、第三者の財産が倒産財団に属さず、債権者への弁済に充てられるべきではなく、権利者として管財人に対する主張を通じて取り戻すことができる。この点、第三者の立場に立つ企業は、自らの財産を占有している企業が倒産した場合、積極的に財産を取り戻し、速やかに権利を主張すべきであり、場合によって共益権者として優先弁済を図る必要がある。
担保権者(別除権者)については、立法者はその優先弁済受領権を保障するとともに、破産の配当率や再建の成功率を高めるために、担保財産が倒産財団に属すると明らかにした。これは、管理人による担保物に対する処分をよりしやすくするためである。この点、財産の担保権設定を受ける企業にとっては、その担保権の実現が倒産手続の開始によってより時間がかかることとなり、また管財人から担保権消滅等要請される可能性があるため、コミュニケーションをスムーズに進めるべきであろう。
債務者による財産の移転、(個別)債権者による抜け駆け的債権回収等の不正行為があった場合について、その対抗手段として、立法者は、否認権対象行為の範囲を更に拡大し、一旦過ぎた訴訟時効についても場合によって倒産手続では再度計算されるように規定を置いている。法的手段でリスクコントロールを図ろうとする企業にとっては、倒産手続に関する特殊なルールについてより気を付けるべきであろう。
債権者については、立法者は、倒産処理手続を通じた権利行為(手続外での個別権利行使ではなく)を強調するとともに、債権者の倒産手続への関与についてより多く救済を与えた。例えば、管財人が善管注意義務に違反した場合は、個別の債権者でも、管財人の代わりに否認することができる等がこれにあたる。これについて、企業は、その債務者が倒産した後に、人民法院や管財人による倒産手続の遂行だけに頼り、受動的に配当を待つではなく、より積極的に手続に関与し、債権者間の公平を害しない前提でより自身の利益のために図ることが望まれる。
倒産債務者について、立法者は、出資者や役員などの内部・関係者についてより責任規定をより明確に定めた。例えば、出資者は倒産債務者に払い込んでいない資本があればこれを直ちに払込む必要がある。近日では、深セン・珠海の新しい商事登記制度、上海自由貿易試験区での登記手続の簡素化の動きの中で、企業が実収資本の払込義務の緩和に目を向けることが多く、多くの企業が対外的なイメージづくりのために高額な登録資本を登記しているが、一旦出資先企業が倒産した場合、全額まで払込義務を直ちに履行しなければならないため、出資者自身の財務状況が悪影響をうけ、連鎖倒産になるおそれもある。
今後においても、企業破産法の他の部分について法整備が進むことが予測される。今回の司法解釈を含めて実務での運用が注目される。
以上
[1]企業破産法では、倒産財団の迅速な整理のために、倒産債権について期限付きのものは倒産申立てが受理された時点で期限が到来したとみなし、利息の計算も中止するとされている(企業破産法46条、49条)。一方、財団に属する債権については当然に期限が到来したものとみなされないため、倒産債権者が相殺する場合には、弁済期までの利息も含めた方が妥当であろう。
[2] 企業破産法40条。相殺制限の対象を倒産より前の一年以内の原因に基づく債権・債務に限定する理由は、相殺による担保的機能を期待する相手方の地位を安定させることにあろう。