【14-015】中国における優先株制度について(その2)
2014年 5月12日
康 石(Kang Shi):
中国律師(中国弁護士)、米ニューヨーク州弁護士
森・濱田松本法律事務所所属。1997年から日中間の投資案件を中心に扱ってきた。
2005年から4年間、ニューヨークで企業買収、証券発行、プライベート・エ クイティ・ファンドの設立と投資案件等の企業法務を経験した。
2009年からアジアに拠点を移し、中国との国際取引案件を取り扱っている。
一、はじめに
2014年3月4日付の拙稿「中国における優先株制度について」では、中国国務院の「優先株の試験的な展開に関する指導意見」(以下、「意見」といいます。)により、中国において優先株が解禁されるようになったことと、比較的に柔軟な優先株制度が導入されていることを紹介しました。本稿では、「意見」の後の動き、とりわけ、中国証券監督管理委員会(以下、「証監会」といいます。)が2014年3月21日に公布(同日施行)した「優先株を試験的に管理する規則」(以下、「本規則」といいます。)[1]により、より明確になった優先株制度の概要を紹介し、さらに中国の優先株制度の特殊性及び実務的なインパクトについて議論することとします。
二、上場会社による優先株発行条件
本規則は、上場会社が優先株を発行する際の条件として、①上場会社が、支配株主又は実質支配者から、人員、資産、財務、組織及び業務の面で独立性を保っていること、②内部統治制度が整備されていること、③直近3年間の年平均分配可能利益が優先株に対する1年間の配当の合計額を下回ってはならないこと、④直近3年間の現金配当が関連規定に適合していること、⑤直近3年間に重大な会計違反事項がなく、監査法人から保留意見なしの監査意見を受領していること、⑥募集した資金の用途はその業務範囲、経営規模に照らして適切であること、金融類企業以外は、募集資金を金融資産の保有、投資等の目的で利用してはならないこと、及び⑦優先株発行に関する申請文書に虚偽記載がないことや直近12ヶ月間、証監会の行政処罰を受けていないこと等の発行禁止事情がないこと等を規定しています(本規則第3章第1節)。
上場会社が優先株を発行する方法には、公開発行と非公開発行の二つの方法がありうるところ、公開発行できる場合は、①上証50指数[2]に含まれる上場会社が優先株を発行する場合、②企業買収若しくは合併の支払手段として優先株を発行する場合、又は③登録資本金を減額する目的で、普通株の償還を行う支払手段として優先株を発行する場合のいずれかに該当する必要があります(本規則第26条)。更に、上記のような場合に優先株を公開発行する際に、次の条件を満たす必要があります。すなわち、直近の3年間が連続して黒字であること(特別損益を控除する前の経常純利益と、控除した後の純利益のいずれか低いものを基準として黒字であるかを判断します)(本規則第27条)、直近の3年間で重大な行政処罰を受けていないこと(本規則第30条)、支配株主又は実質支配者が、直近1年以内に、投資者に対する承諾[3]に違反していないこと(本規則第31条)等の条件も満たす必要があります。
三、優先株非公開発行の条件
優先株を非公開発行できる主体は、中国証券市場に上場している上場会社、中国国内に設立されているが海外の証券市場に上場している会社又は非上場公開会社に限定されます。優先株を非公開発行する場合、本規則が規定する適格投資者に対して発行しなければならず、発行を受ける者又は当該発行を受ける者から譲渡により優先株を取得する適格投資者の人数は200人を超えてはなりません(本規則第34条、第43条及び第48条)。適格投資者には、金融機関、金融機関が発行する資産管理商品、払込済み登録資本金若しくは出資額が500万元を下回らない企業法人又はパートナーシップ企業、適格国外機関投資者(QFII),人民元適格国外機関投資者(RQFII)、外国戦略投資家、並びに発行会社の董事、高級管理職及びその配偶者以外で、資産総額が500万元を下回らない個人投資者が含まれるとされています(本規則第65条)[4]。
四、中国優先株制度の特殊性及び実務上のインパクト
以下の二つの理由から、中国で試験的に導入されている優先株制度の効果は非常に限定的であると言えます。
まず、中国において優先株を発行できるのは、上場会社と非上場公開会社(いずれも、組織形態は株式会社です)に限定され、中国国内の会社の絶対多数を占める有限責任会社はまだ優先株制度を利用することができません。中国国内の上場企業は約2500社、全国中小企業持分譲渡システムにおいて株式が取引されている非上場公開会社は約727社あることから、優先株制度の普及範囲は非常に限られているといえます。実務上、プライベートエクイティファンド等の投資者が有限責任会社に投資する場合、「株」と「債」の両方の側面を組み合わせた条件で投資したい要望が多く存在するが、有限責任会社はまだ優先株制度を利用することができないため、柔軟な投資条件の設計が難しく、取引の成功が影響を受けるとの問題は解決されていないことになります[5]。
次に、優先株を普通株に転換することも大きく制限されるようになりました。「意見」は、優先株を発行する会社は、その定款において、優先株を普通株に転換する権利について、会社が行使する場合又は優先株主が行使する場合を規定することができるとしました(意見一の(四)。しかしながら、「本規則」の意見募集段階において、優先株を普通株に転換することを認めると、株式市場における普通株の株価が影響を受ける可能性があることを強く懸念するコメントが多かったこともあり、かかる懸念を解消する目的で、本規則は、商業銀行が非公開発行の方式により一定の条件の下に普通株に転換できる優先株を発行する場合を除き、普通株に転換する優先株の発行を禁止しています(本規則第33条、第42条)。普通株への転換権は、投資者と発行会社の間で、発行会社の価値の変化に伴って、さまざまな投資条件を交渉できるという面において非常に重要な要素であるが、かかる権利がない優先株は、結局のところ、社債と比べてあまり区別がつかない投資手段になってしまうおそれがあります。
[1] 他にも、証監会は、優先株公開発行時の情報開示内容及び形式に関する準則、即ち、「優先株発行申請文書(準則第32号)」、「優先株発行予備案及び発行状況報告書(準則第33号)」及び「優先株発行募集説明書(準則第34号)」を公布しました。
[2] 上海証券取引所に上場している株式の中で、規模が大きく、流通性のよい50種類の株式から構成される指数を指します。
[3] これには、「証監会の新株発行メカニズム改革を更に推進することに関する意見」等により導入されている、支配株主によるロックアップ期間満了後2年間の株式売却価格が発行価格を下回ってはならないことに関する承諾、上場後3年間の株価が一株の純資産価値を下回る場合、一定の株価安定措置をとることに関する承諾等が含まれます。
[4] 上記規定から、個人資産総額が500万元を下回る個人は、金融機関が発行する資産管理商品を購入することで間接的に優先株に投資することができます。また、上場会社の董事又は高級管理職及びその配偶者は、当該上場会社が非公開発行する優先株を購入することができないが、公開発行する優先株は購入できると解されます。
[5] もちろん、「会社法」第35条及び第43条の例外規定を活用し、優先株類似の利益配当権及び議決権を設計することは可能です。
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