【15-012】環境保護税の導入について―日系企業が中国において直面する環境リスク
2015年 7月15日
伊藤 ひなた(Ito Hinata)
中国弁護士、アクトチャイナ(株)代表取締役社長。北京大学卒。長年、日本及び中国を拠点として、日本企業の中国進出・事業再編・撤退、危機管理・不祥事対応、労務紛争などの業務を取り扱っている。2 011年に中国ビジネス法務を専門とするアクトチャイナ(株)を設立し、現在に至る(会社ウェブサイト http://www.actchina.co.jp)。
近年、中国の著しい経済成長に伴い、環境公害問題がますます深刻化している。中国政府は、環境汚染を起こしている企業等に対して汚染排出費や罰金を課してきたが、金額が比較的低く、また、制度上の不備等から納付率も必ずしも高くないため、多くの企業等が積極的に環境汚染対策に取り組む意欲は低かったように思われる。中国国務院法制弁公室は、かかる状況を踏まえ、企業等の環境汚染対策を促進するため、本年6月10日、中国で初めての「環境保護税法」の草案(以下「本法案」という。)を公表し、同年7月9日までパブリックコメントの公募を行った。
本法案の主な内容は以下の通りである。
課税対象
環境保護税の課税対象とされるのは、大気汚染、水質汚染、固形廃棄物及び建築工事の騒音・産業騒音の4種類(以下「課税汚染物」という。)である。
納税義務者
環境保護税の納税義務者とされるのは、中国の領域及び中国の管轄するその他の海域において、課税汚染物を直接に排出する企業、事業単位及びその他の生産経営者である。ただし、企業等が、①法令に従い設立された汚水処理場、生活ゴミ処理場へ課税汚染物を排出する場合、又は、②環境保護基準を満たした施設、場所に産業固形廃棄物を貯蔵又は処分する場合には、環境保護税を徴収しないこととされている。
また、納税義務者は、課税汚染物を排出する当日から納税義務が発生し、汚染物排出地の主管税務機関に環境保護税を申告して納付しなければならない。納税義務者は、申告の真実性及び適法性について責任を負うものとされており、また、重点監視納税義務者と非重点監視納税義務者に分けて管理される。
課税額
環境保護税の課税額は、汚染物ごとに規定された単位当たりの税額基準に排出量を乗じて算出される。汚染濃度や排出量が国又は地方の排出基準値を超える場合は、通常の2倍又は3倍の金額が課税される。
汚染物の種類 | 課税額の計算方法 |
大気汚染物 | 単位当たりの税額基準×当該汚染物の当量数 *当量数は、当該汚染物の排出量を当量値で割って算出される。当量値は、本法令の添付資料である「課税汚染物と当量値表」に汚染物ごとに記載されている。以下同様である。 *排出口毎の大気汚染物は、当量数に基づき大きい方から小さい方に並び、最初の3種類の大気汚染物に環境保護税を徴収する。 |
水質汚染物 | 単位当たりの税額基準×当該汚染物の当量数 *排出口毎の水質汚染物は、重金属とその他の汚染物を区分し、当量数に基づき大きい方から小さい方に並び、その内、重金属汚染物について最初の5種類に環境保護税を徴収し、その他の汚染物については最初の3種類の汚染物に環境保護税を徴収する。 |
固形廃棄物 | 単位当たりの税額基準×固形廃棄物の排出量 |
建築工事の騒音 | 単位当たりの税額基準×建築面積 |
産業騒音 | 単位当たりの税額基準×国の定める基準を超えたデシベルの数値 |
減免措置
環境保護税は一定の事由を満たす場合には、免除又は減軽が認められることとされている。すなわち、①農業生産に伴う汚染、②自動車、鉄道、船舶等の移動する汚染源からの排出物、③汚水処理場、生活ゴミ処理場からの国の基準を超えない範囲内の排出物に対しては課税を免除することとされている。また、地方政府の裁量により、大気汚染物又は水質汚染物を排出する濃度値が国又は地方の基準の50%を下回り、かつ、汚染物排出総量規制の指標を超えない企業等に対しては、課税額を一定期間において半分に減軽する優遇措置を設けることができることとされている。
なお、国務院は、社会公共の利益にかなう特殊な需要に基づき、又は重大かつ突発的な事件に対応するために、環境保護税に関する専門優遇政策を制定し、全国人民代表大会常務委員会に届け出ることができることとされている。
現行の汚染排出費はどうなるか。
現行法下では、各地方政府が汚染排出費を徴収しているが、環境保護税は、「汚染排出費」を租税に切り替えるものであるため、本法案の施行後は「汚染排出費」の賦課・徴収を停止することが予定されている。
環境保護部門と税務当局との情報共有
環境保護税の導入は、政府が、企業活動が環境に与える負荷について、厳格に規制する方針を示していると評価できる。税務当局は、環境保護税の納税義務者が申告した内容に偽りや脱税等の疑いがある場合には、環境保護部門に対して、当該納税義務者の課税汚染物の排出状況を照会することができ、環境保護部門と税務当局との間で情報共有がなされる制度が構築される見込みである。
まとめに代えて-日系企業への影響
中国に進出している日系企業の中には、現地で大規模な生産活動を行っており、課税汚染物を多く排出する企業も相当数存在するものと思われる。かかる状況を踏まえると、日系企業は、当面の間、自社の課税汚染物の排出状況を確認した上で、環境保護税が課され得るか否か、課税される額がどの程度になるのかを具体的に検討することが必要になるように思われる。また、環境保護税が課せられた場合、中国における生産コストが増加することとなるため、このことが自社の事業活動に与える影響について分析することが必要となる。環境保護税の賦課・徴収の開始により、中国に進出している日系企業は、これまで以上に環境への負荷を考慮した上で、事業活動に取り込むことが求められているといえよう。