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【15-013】中国における渉外仲裁実務及び対応策(続編)

2015年 7月23日

尹秀鍾(Yin xiuzhong): 中国律師、法学博士、廣東深秀律師事務所(深圳)

華南地域の日系企業を対象に、対中直接投資、M&A、労働法務、再編・撤退、民商事訴訟・仲裁、その他中国現地オペレーションに関する法的サービスを提供している。日本語による著作・講演も多数。 

はじめに

 2015年5月26日付けで本コラム(中国の法律事情)に「 中国における渉外仲裁実務及び対応策」を発表させていただきましたが、2015年7月15日に、最 高人民法院から「 上海市高級人民法院等による中国国際経済貿易仲裁委員会及びその元分会等の仲裁機関が行った仲裁判断の司法審査案件に関する伺いについての最高人民法院の返答 [1] (法釈[2015]15号)」が公布され、同年7月17日から施行されることとなりました(以下「15号返答」といいます)。

 15号返答の公布によって、中国国際経済貿易仲裁委員会(以下「CIETAC」といいます)2 012年版仲裁規則の改正をきっかけに勃発したCIETAC内部分裂紛争事件についての最高人民法院の立場は更に明確になったといえます。また、同内部紛争に起因する仲裁合意の効力問題、仲裁案件の受理権限、仲 裁の管轄及び仲裁判断の執行などの問題についての司法判断基準が明確になりました。以下、15号返答の内容について紹介したいと思います。

第1条

 15号返答第1条では、CIETAC華南分会又はCIETAC上海分会による仲裁合意とした場合、その管轄権を以下のとおり定めています。

図1 仲裁管轄権の判断基準
注1:「名称変更」とは、元CIETAC華南分会が華南国際経済貿易仲裁委員会(本稿では「SCIA」といいます)に名称を変更したこと、元 CIETAC上海分会が上海国際経済貿易仲裁委員会(本稿では「SHIAC」といいます)に名称を変更したことをいいます。
注2:「名称変更後」は名称変更日を含みます。
注3:「施行」とは15号返答の施行のことをいい、「施行後」は15号返答の施行日を含みます。
ケース 仲裁管轄権 備考
名称変更前の仲裁合意の場合 SCIA又はSHIACが管轄権を有する 当事者がSCIA又はSHIACに仲裁管轄権がないことを理由に仲裁合意の無効確認、仲裁判断の取り消し又は不執行を申し立てた場合、人 民法院はこれを支持しない。
名称変更後、施行前の仲裁合意の場合 CIETACが管轄権を有する 但し、仲裁申請人がSCIA又はSHIACに仲裁を申し立て、被申請人がSCIA又はSHIACの管轄権について異議を申し立てなかった場合、仲 裁判断が下された後、当事者がSCIA又はSHIACに管轄権がないことを理由に仲裁判断の取り消し又は不執行を申し立てた場合、人民法院はこれを支持しない。
施行後の仲裁合意の場合 CIETACが管轄権を有する  

第2条

 仲裁案件の申請人が仲裁機関に対して仲裁を申し立てると同時に、仲裁機関に対し案件の管轄権について決定を下すよう請求した場合、仲裁機関が、仲裁合意が有効であると確認し、か かる案件について管轄権を有するといった決定を下した後、被申請人が仲裁廷の最初の開廷前に、人民法院に対し仲裁合意の効力の確認を求める訴訟を提起したとき、人民法院はこれを受理し、か つ裁定を行わなければなりません。

 申請人又は仲裁機関が「仲裁合意の効力の確認に関する幾つかの問題についての返答(法釈[1998]27号)」第3条 [2] 又は「最高人民法院の仲裁法適用の若干問題に関する解釈(法釈[2006]7号)」第13条第2項 [3] の規定に基づき、「人民法院は被申請人の起訴についてこれを受理すべきではない」と主張する場合、人民法院はこれを支持しないとされます。

第3条

 15号返答の施行前に、CIETAC又はSCIA、SHIACのいずれかが既に受理した案件で、15号返答第1条の規定に基づき本来は受理すべきでない案件について、当事者が、仲裁判断が下された後、か かる仲裁機関に仲裁権限がないことを理由に仲裁判断の取り消し又は不執行を求めた場合、人民法院はこれを支持しないとされます。

第4条

 15号返答の施行前に、CIETAC又はSCIA、SHIACのいずれかが同一仲裁案件を受理し、当事者が仲裁廷の最初の開廷前に、人民法院に対し仲裁合意の効力の確認を求めた場合、人 民法院は15号返答第1条の規定に基づき審理を行い、かつ裁定を行わなければなりません。

 15号返答の施行前に、CIETAC又はSCIA、SHIACのいずれかが同一仲裁案件を受理し、当事者が仲裁廷の最初の開廷前に、人民法院に対し仲裁合意の効力の確認を求めなかった場合、先 に受理した仲裁機関がかかる案件の管轄権を有するとされます。

むすびに代えて

 CIETAC内部分裂紛争が起きてから、江蘇省と浙江省の中級人民法院でSHIAC(元CIETAC上海分会)が行った仲裁判断の執行を認めないといった裁定が出される一方で、深 圳市中級人民法院では真逆の裁定が出されるなど、一時、中国の法院間の判断における混乱が生じていましたが、江蘇省と浙江省の高級人民法院が下級人民法院に対して裁定の取り消しと再審査を要求し、また、最 高人民法院は、2013年9月4日付けで「仲裁司法審査案件の正確な審理についての関連問題に関する通知」を出し、CIETACの内部分裂事件に起因する仲裁管轄権、仲 裁合意の有効性や仲裁判断の執行力をめぐる紛争については最高人民法院による統一的な判断がなされることを内外に示すことで、司法実務上の混乱を解消しようとしました。

 さらに、最高人民法院は、2014年12月9日付けの「肇慶国聯金属製品場有限公司がSCIA(2013)D19号仲裁判断の不執行を申請した事件に関する広東省高級人民法院の伺い(請示)に ついての返答」において、「SCIAは法に基づき設立された仲裁機関であり、SCIAは当事者間の仲裁合意に基づき仲裁案件を受理し、仲裁判断を行う権限がある」との立場を明らかにしました。

 そして、この度施行される15号返答では、CIETAC内部分裂紛争事件の経緯や、C IETACによる2014年12月31日付けのCIETAC華南分会及びCIETAC上海分会の再編などの近時の動向を勘案して、元CIETAC華南分会及び元CIETAC上海分会の名称変更後、C IETAC華南分会又はCIETAC上海分会による仲裁合意とした場合にCIETACの仲裁管轄権を認める(但し書きなど詳しい内容は上記の第1条をご参照ください)など、C IETAC側に一定の配慮を見せながらも、「CIETAC、SHIAC(元CIETAC上海分会)、SCIA(元CIETAC華南分会)のうち、いずれの仲裁機関の仲裁判断も法院で執行可能である」と いった最高人民法院の従来の立場に変わりはないことを再確認する形となりました。

 15号返答の公布・施行によって、CIETACとSHIAC、SCIAとの間で仲裁管轄権を巡り対立していた局面は基本的に終了したと理解しても良さそうです。


[1] 15号返答(批復)は、上海市高級人民法院、江蘇省高級人民法院及び広東省高級人民法院の伺い(請示)に対する返答です。

[2] 当事者が仲裁合意の効力について異議があり、一方当事者が仲裁機関に対し仲裁合意の効力の確認を申し立て、も う一方の当事者が人民法院に対し仲裁合意の無効の確認を申し立てた場合、仲裁機関が人民法院より先にかかる申立を受理し、かつ決定を下したとき、人民法院は受理しない。仲裁機関が申立を受理した後、未 だ決定を下してない場合、人民法院は受理すると同時に、仲裁機関に仲裁を終了するよう通知しなければならない。

[3] 仲裁機関が仲裁合意の効力に対して決定を下した後に、当事者が人民法院に仲裁合意の効力の確認を申し立て、又 は仲裁機関の決定の取り消しを申し立てた場合は、人民法院はこれを受理しない。