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【15-015】中国の大気汚染防止の法制度および関連政策(25)

2015年10月26日

金 振

金 振(JIN Zhen):
科学技術振興機構中国総合研究交流センター フェロー

1976年 中国吉林省生まれ
1999年 中国東北師範大学 卒業
2000年 日本留学
2004年 大阪教育大学大学院 教育法学修士
2006年 京都大学大学院 法学修士
2009年 京都大学大学院 法学博士
2009年 電力中央研究所 協力研究員
2012年 地球環境戦略研究機関(IGES) 特任研究員
2013年4月 IGES 気候変動・エネルギー領域 研究員
2014年4月より現職

「大気汚染防治目標責任書」制度について

背景

2013年1月、中国全土において発生した大規模大気汚染の影響を受け、中国政府はようやく対策に本腰をいれたという点については、これまで何度も言及した 。そういった意味において、2013年は中国の環境元年とも言える。2013年から今日に至るわずか2年半の間、中国の環境政策には大きな変化が見られた。新大気質環境基準の導入、環境保護法の改定(地方環境行政の取締権限の強化、罰金上限の撤廃)、国レベルの大気質観測網の整備、製造業や自動車関連の排気(ガス)基準の引き上げ、自動車用燃料環境基準の強化など、様々な対策が目まぐるしく登場した。

 環境行政分野に目を向けた場合、特に目を惹く動きが地方政府ごとの大気質改善目標が設定されたことである。2012年、第12次5ヵ年計画が発表された時点までは、大気関連の地方政府目標といえば、SO2やNOxなど汚染物質の削減目標しかなかった。しかし、2013年以降、中国政府は、次々とPM2.5やPM10に関する地域大気質改善目標(濃度改善目標)を設定し、地方政府レベルの濃度目標に再分化している。この濃度目標の実現を推進するため、中央政府は「大気汚染防治目標責任書制度」(以下、目標責任書制度)を導入した。以下ではこの制度について少し立ち入って紹介する。

「大気汚染防治目標責任書制度」とは

目標責任書制度は、国家環境保護部が国務院の委託のもと、31の省級地方政府と交わす協定のことである。目標責任書と呼ばれる協定には、地方政府が達成すべき大気汚染対策濃度改善目標・計画のほか、それぞれの達成期限も明記されており、本質的には、地方政府が中央政府に対し協定内容どおりに成果を誓う誓約書に近い。目標責任書は社会に公開される。目標責任書に記載された目標・計画への地方政府の取組状況は、一年ごとに中央政府によって評価され、その結果は地方政府責任者ならび政策担当者の人事評価とリンクされている。目標達成程度によっては、様々なペナルティが中央政府により発動される。

政策的狙い

目標責任書制度の導入には二つの政策的な狙いがある。

一つは、地方政府の環境責任を定量化、可視化することによって、政策の実効性を向上させる狙いがある。31の省級政府が提出した責任書を整理し、抜粋した表1に見るように、それぞれの地域にはPM2.5 またはPM10に関する濃度改善目標が設定されている。これらの濃度改善目標は、省級政府によって、さらに細分化された形で管轄内の下級地方政府に配分される。

省級政府は、目標責任書の中において、濃度改善目標の実現に資する具体的な政策パッケージを合わせて記述しなければならない。政策パッケージは、国務院が2013年9月10日に発表した「大気汚染防治行動計画(通称「大気10ヶ条」)」の対策枠に沿って具体的な対策(サブ目標値、タイムスケジュールを含む)を盛り込んだ形で策定されている。PM2.5対策が急がれる6地域(北京、天津、河北省、山西省、内モンゴル、山東省)では、サブ目標値を実現するための具体策と詳細なタイムスケジュールがそれぞれ添付されている。表1は、地方政府の誓約した様々な対策のうちのエネルギーと交通分野に着目し、とりわけ石炭消費量削減政策と自動車環境対策を中心にまとめたものである。

表1 31地方政府の目標責任書のまとめ(抜粋)

表1

 つぎに、本制度の導入は、中央政府と地方政府の政策合意形成プロセスを最大限効率化する狙いがある。中央政府が国家目標を策定し、それを地方政府に割り振るトップダウン型政策手法の歴史は長い。しかし、このような政策手法は、科学性などの観点から様々な弊害がいままで指摘されてきた。特に、トップダウン式に決定した地域目標が地域の現状に合わない、あるいは、地方政府の合意を得た目標であってもその目標を実現するための対策が伴わない抽象的な内容となっているため、結局は目標が達成できないケースもあった。この点に関連して、二点指摘しておきたい。1点目として、濃度改善目標の決定プロセスは2つの手法が取り入られている。PM2.5目標に関してはトップダウン式の手法が用いられたのに対し、PM10の目標はボトムアップ手法、つまり、地方政府の提案を環境保護部が採択するような方法で決定した。2点目として、環境保護部は、それぞれの目標責任書を採択する際、濃度改善目標とそれを実現するための政策パッケージとの実現可能性を最大限考慮している。表1に見るように、それぞれ地域の濃度改善目標やサブ目標(石炭消費量削減目標)はそれぞれ異なっており、地域事情が配慮されていることがわかる。

地域別、政策分野別の差別化

それぞれ地域における目標・対策は、地域別、政策分野別の差別化が図られている。例えば、大気汚染対策の緊急性を考慮し、諸地方政府をPM2.5 政策群やPM10政策群など4つのランクに分けている。また、同じPM2.5政策群であっても、地域によっては、行政区域内の一部の都市だけに限定するケースもある(内モンゴル)。

石炭消費量削減目標を見た場合、北京市の石炭消費量が国全体の数%程度しかないにもかかわらず、2012年の消費量を基準にさらに1300万トン/年を削減するという厳しい目標を立てているのに対し、北京市の10倍の石炭を消費する山東省の同条件での削減目標はわずか2000万トン/年に止まる(図1、表1)。エネルギー・セキュリティの観点や地域の経済開発レベルなどが総合的に考慮されたから生じたギャップである。

図1

図1 地域における石炭消費量および全国割合(2012年)

出典:『中国統計年鑑2014』に基づきCRCCの金が作成。

 一方、自動車部門の対策を見た場合、導入時期のずれはあるものの、ほとんどの地域には制度の一律適用が見られる(表1)。

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