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【17-002】中国独禁法上の未申告で日本企業に行政処分

2017年 2月 9日

伊藤 ひなた(Ito Hinata)

 中国弁護士、アクトチャイナ(株)代表取締役社長。北京大学卒。長年、日本及び中国を拠点として、日本企業の中国進出・事業再編・撤退、危機管理・不祥事対応、労務紛争などの業務を取り扱っている。2 011年に中国ビジネス法務を専門とするアクトチャイナ(株)を設立し、現在に至る(会社ウェブサイト http://www.actchina.co.jp)。

 2017年1月4日、中国商務部は、昨年、日本国内で行われた日本企業2社間の株式譲渡につき中国独禁法上の申告手続を怠っていたとして、買主企業に30万元(約500万円)の罰金を科す旨の「商務部行政処分決定書」(以下、「商務部決定書」という。)を公表した[1]。前記株式譲渡における当事者は、いずれも日本企業であり、取引も日本国内で行われたものであるが、中国独禁法の域外適用により行政処分が課されることとなり、日本国内から注目を浴びている。

1.本件当事者

株式譲渡の当事者 略称 概要
売主 T社 1904年に日本国内で設立された。C社によるTM社株式の全部取得(以下、「本件取引」という。)前にTM社の全株式を所持していた。主業務は電力・インフラ、医療健康、電子機器、生活用品等の分野にわたる。
買主 C社 1937年に日本国内で設立された。主に事務用品、映像システム製品及び工業設備の開発、生産、販売、アフターサービス等に従事しており、中国国内に16社の子会社を擁している。
対象会社 TM社 1948年に日本国内で設立された。主に医療用機械・システムの研究、開発、販売及び修理・アフターサービス等に従事している。

2.本件取引の経緯

 商務部決定書の記載によれば、T社は、債務超過を回避するため、その所持しているTM社の全株式を譲渡しようとしている。2016年3月9日、C社は、当該取引の排他的交渉権を獲得した。また、前記当事者は、同年3月8日、個人を通じてSPC(特別目的会社)であるM社を設立し、3月15日、T社はTM社の発行済の普通株を①議決権付の20株(A株)、②無議決権の1株(B株)、③新株予約権100個、の三つに転換した。

 2016年3月17日、M社はT社からTM社の①議決権付の20株(A株)を購入する契約を、C社はT社からTM社の②無議決権の1株(B株)及び③新株予約権100個を購入する契約を、それぞれ締結し、また、当日付で契約が履行され、T社に対して譲渡代金が支払われた(以下、「ステージⅠ」という。)。

 前記株式譲渡契約には、C社は、中国を含めた各国の独禁法申告手続を終えた後、新株予約権を行使することにより普通株(議決権あり)を取得し、また、TM社は、M社及びC社からそれぞれA株及びB株を買い戻して抹消することが約定されている。これにより、C社は、TM社の全株式を取得することになる(以下、「ステージⅡ」といい、商務部決定書公表の1月4日時点ではまだ実施されていない。)。なお、後述のとおり、本件取引がステージⅠとステージⅡに分けられる理由としては、T社が債務超過に至ることを回避するため、株式譲渡対価を速やかに取得することにあったようである。

3.中国商務部の調査

 中国商務部は、告発[2]により、2016年10月21日付で、本件取引の独禁法上の未申告について、立件し調査を始めた。調査期間中に、C社と複数回の面談を行い、C社の意見を聴取し、また、C社の提出した資料を審査した。かかる調査の結果、中国商務部が採用した見解は以下のとおりである。

(1)本件取引が、独禁法に従い申告していない「事業者集中」[3]に該当する

 本件取引は、二段階に分けて実施されるものであるが、ステージⅠとステージⅡが密接に関連しており、いずれもC社によるTM社株式の全部取得計画のうちの一部として不可分一体の関係にあるため、中国独禁法第20条の定める「事業者集中」に該当する。C社とTM社のいずれも、2015年度の中国国内における売上高が4億人民元を超えており、かつ、中国国内における売上高の両社合計が20億人民元を超えているため、「国務院による事業者集中申告基準の規定」第3条に定める申告基準を満たしている。また、2016年3月17日付でステージⅠが実施完了であり、TM社の全ての株式及び新株予約権は移転され、対価も支払済みである。本件取引はまだ完了していないが、中国商務部に申告する前に既に実施に移っているため、中国独禁法第21条[4]に違反する。

(2)本件取引は、競争を排除し又は制限する効果を有しない。

 中国商務部は、本件取引が中国における市場競争にもたらす影響について査定した結果、当該事業者集中は、競争を排除し又は制限する影響が生じないとの結論に達した。すなわち、仮に競争を排除する効力が認定されていた場合には、C社は、本件取引の停止又は制限措置を受けるはずであるが、かかる効力が認定するに至らなかったため、手続法違反に起因する罰金を科すに留まったという趣旨かと思われる。

(3)行政処分

 中国商務部は、以下の事実関係を考慮して、中国独禁法第48条、第49条及び「法に従い申告していない事業者集中に対する調査処理に関する暫定規則」第13条の規定に従い、C社に対して30万人民元(約500万円)罰金の行政処分を下した。

①本件取引は、告発により中国商務部が調査権を発動した案件であるところ、C社及びT社は、ステージⅡが完了するまでに中国商務部に本件取引について申告することを約定しており、かつ、当該約定どおりに事後申告を行ったこと。

②当事者が取引を二段階に分けた意図は、T社が債務超過に至ることを回避するため、株式譲渡対価を速やかに取得することにあったこと(なお、当該事実は、当事者が、申告義務があることを知りながら故意に申告を遅らせていたことも示している。)。

③本件取引は、実施中の段階にあり、まだステージⅡについては完了してはいないこと。

 なお、C社は、当該行政処分に不服がある場合、商務部決定書を受領した日より60日以内、中国商務部に審査請求を申し立てることができ、また、商務部決定書を受領した日より6か月以内に、北京市第二中級人民法院に対して行政訴訟を提起することができることとされているが、本稿作成日である2017年2月4日現在、C社が異議を申し立てたという情報は見当たっていない。

4.まとめ

 本事例では、中国商務部は、申告する前に本件取引に着手したのは中国独禁法違反に当たると判断した。ちなみに日本の公正取引委員会も昨年6月、本件取引の手続が独禁法違反につながるおそれがあるとしてC社に対して注意し、T社にも口頭で指導していたが、残念ながら当事者は有効な対策を講じなかったようである。

 本事例を踏まえると、中国商務部は、国内外を問わず、積極的に独禁法上の調査権を行使していると評価することができ、中国で事業展開している日本企業にとっては、日本国内で行われる取引であっても、中国独禁法上の申告義務を含め、注意深くコンプライアンス経営を履践していく必要があろう。

以上


[1] 行政処分の決定は2016年12月16日付であり、その詳細は商務部ウェブサイトに記載されている。http://fldj.mofcom.gov.cn/article/ztxx/201701/20170102495433.shtml

[2] 告発の主体として、従業員、利害関係人、同業他社などが想定されるところではあるものの、中国商務部は、第三者のうちの誰からの告発だったかについて明らかにしていない。

[3] 事業者集中は、中国独禁法第20条において、①事業者が合併すること、②事業者が持分又は資産を取得する方法により他の事業者に対する支配権を取得すること、③事業者が契約等の方式により他の事業者に対する支配権を取得すること、又は他の事業者に対して決定的な影響を与えることができること、と定義されており、概ね、日本の独禁法上の企業結合に相当する概念である。

[4] 中国独禁法21条は、「事業者集中が国務院規定の申告基準に達する場合、事業者は事前に国務院独占禁止法執行機構に申告しなければならず、申告していない場合、集中を実施してはならない。」と定めている。