【17-018】中国における職業的クレーマーの是非について
2017年12月27日
康 石(Kang Shi): 森・濱田松本法律事務所 パートナー、
外国法事務弁護士(中国法)、ニューヨーク州弁護士
1997年から日中間の投資案件を中心に扱ってきた。
2005年から4年間、ニューヨークで企業買収、証券発行、プライベート・エ クイティ・ファンドの設立と投資案件等の企業法務を経験した。
2009年からアジアに拠点を移し、中国との国際取引案件を取り扱っている。
一、はじめに
ある商品に品質、製品表示、賞味期限等の問題が存在することを知りながら当該商品を購入し、中国法上の消費者保護関連法令における懲罰的損害賠償を請求する者がいたら、かかる者の請求は中国の裁判所において認められるのか。仮に、かかる者が、かかるクレーム又は訴訟の提起を営利的目的で、業として行う場合はどうなのか。
本稿は、中国における職業的クレーマーが誕生した背景を概観した上で、中国当局が職業的クレーマーに対してどのように考えているかについて紹介する。
二、職業的クレーマーとは
中国において、職業的クレーマー(中国語では、「职业打假」)とは、偽物を見つけて、それを製造又は販売する業者に対してクレームを提起して損害賠償を受けることを、営利的な目的で業として行う者をいう。
1995年、王海氏が、中国消費者保護基金会が設立した「消費者偽物対策賞」を受賞し、「中国偽物対策第一人者」となって以来、全国各地で職業的クレーマーが大量に現れるようになった。その中には、ある程度の規模を有し、法律基礎知識による理論武装もでき、会社として全国各地で活動する集団も含まれている。また、中国の年末年始等のセール期間中、何百万元の規模で偽物を買い集め、何千万元規模の損害賠償を狙っている職業的クレーマー集団も少なくないようである。不完全な統計ではあるが、商品品質問題についてのクレームの中で、職業的クレーマーによるクレームがかなりの割合を占めているとのことである。
三、職業的クレーマー生存の法的背景
中国法上、懲罰的損害賠償(職業的クレーマーが直接民事損害賠償を求める場合)や課徴金(職業的クレーマーが当局への通報を理由として、業者に損害賠償や口止め料を求める場合)等の規定の中で、職業的クレーマーに利用されやすい規定としては、以下のようなものがある。
① 消費者権益保護法第55条(経営者に詐欺行為がある場合、損害賠償額を商品代金の3倍まで拡大する;経営者が商品に存在する欠陥を知りながら販売し、死亡又は重大な健康上の損害をもたらした場合、損害賠償額を損害の2倍まで拡大する)
② 食品安全法第148条(食品安全基準に合致しない食品を生産するか、基準に合致しないことを知りながら販売した場合、損害賠償額は製品価格の10倍又は損害の3倍までとする)
③ 広告法第57条(「最も」、「一番」等の用語の使用禁止規制等に違反した場合、広告主に対して20万元から100万元の過料に処する)
四、職業的クレーマーに対する法的保護の是非に関する議論
上記三であげられた規定では、職業的クレーマーが、これらの法令の保護対象としての「消費者」に該当するかが必ずしも明確ではなかった。むしろ今までの司法実務では、上記法令に職業的クレーマーを保護対象から除外するとの明確な規定が含まれていないこともあって、職業的クレーマーの主張が認められるケースが多かった[1]。更に、2013年に公布された「最高人民法院の食品薬品紛争案件審理における法律適用若干問題に関する規定」第3条は、生産者又は販売者が、食品又は薬品の購入者が、食品又は薬品に品質問題があることを知りながら製品を購入したことを理由に抗弁した場合には、人民法院はこれを支持しないと規定し、職業的クレーマーでも懲罰的損害賠償の保護を受けるとのスタンスをとっている。
しかし、近年になって職業的クレーマーによる弊害[2]がクローズアップされるようになり、職業的クレーマーを規制すべきとの全国人民代表大会の代表による提案がなされるようになった。また、2016年8月5日に国家工商管理総局が公布した「消費者権益保護法実施条例」(意見募集稿)では、消費者とは生産・消費の目的で商品を購入し、サービスを利用する者を指し、金融消費者以外の個人、法人、組織が営利の目的で商品又はサービスを購入、使用する場合は、本条例を適用しないと規定されており、職業的クレーマーには消費者保護の規定を適用しない方針が採用されている。更に、最高人民法院が2017年5月19日の国家工商行政管理総局に対する回答レター(2017年181号)では、以下のことを理由に、職業的クレーマーを制限し、消費者の人身に重大な影響を与える食品、薬品分野における2013年の上記司法解釈における原則を他の製品分野に拡大しない立場を明確にした。
① 「消費者権益保護法」第55条は、経営者に詐欺行為があることを前提としているが、職業的クレーマーの場合、事前に製品に存在する品質問題を知りながら製品を購入するケースであることから、経営者による詐欺行為によって錯誤的意思表示に基づいて製品を購入するケースと異なり、詐欺を受けたことに関する主観的な要件が欠けている。
② 原告としての立証が比較的に容易で、訴訟コストが低く、利益性が高いことを目指すことから、職業的クレーマーの主なターゲットは、大型スーパーマーケット等の製品表示違反事例である。しかし、これらの企業は比較的に製品品質維持体制が整備されている方であり、偽物や品質が劣るものを生産販売している業者や品質維持体制が弱い小規模経営者等は却って職業的クレーマーのターゲットになっておらず、職業的クレーマーの社会的効果は限定的である。
③ 現在の消費者権利保護の司法実務の中で、営利的目的で偽物を故意に購入するケースが多く、これらの業者は、市場浄化を目的とするより、自身の営利を目的とし、偽造や業者に対して脅迫行為を行う等の悪徳、悪質なケースも多く存在する。これらの行為は、信義則に抵触するだけではなく、司法権威を無視し、司法リソースを浪費する行為であるため、かかる行為を人民法院がサポートすることができない。
五、おわりに
上記の通り、職業的クレーマーに対する中国立法機関、行政機関及び司法機関の態度が変わりつつあるが、この分野における法律改正及び司法解釈や指導性判例により、上述した最高人民法院の立場が最終的に固定されるまでしばらく時間がかかる見込みである。
[1] もちろん、実務上、一部の地域の人民法院は、原告が職業的クレーマーであることが分かった場合には、製品の返品、代金返却による和解に誘導することが多く、容易に懲罰的賠償を適用しない傾向もみられていた。
[2] 例えば、職業的クレーマーの数や案件件数が激増することによる企業側や司法機関に対する負担が大きくなること、生産期日等の必要表示事項を故意に削除したり、別のルートで入手した賞味期限切れの商品をスーパーマーケットで購入したと偽装したりするなど、悪質クレーマーが増えてきていること等が問題視されている。
康石氏記事バックナンバー
- 外国企業による中国企業の買収(その1)
- 外国企業による中国企業の買収(その2)
- 外国企業による中国企業の買収(その3)
- 外国企業による中国企業の買収(その4)
- 外国企業による中国企業の買収(その5)
- 外国企業による中国企業の買収(その6)
- 外国企業による中国企業の買収(その7)
- 外国企業による中国企業の買収(その8)
- 外国企業による中国企業の買収(その9)
- 外国企業による中国企業の買収(その10)
- 外国企業による中国企業の買収(その11)
- 事業者集中簡易事件の適用基準について
- 中国における優先株制度について
- 中国における優先株制度について(その2)
- 中国における優先株制度について(その3)
- 混合所有制改革と外国企業のM&Aビジネスチャンス
- 中国における職業的クレーマーの是非について