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【19-005】外商投資法は転換点となるか?

2019年3月20日

御手洗 大輔

御手洗 大輔:早稲田大学比較法研究所 招聘研究員

略歴

2001年 早稲田大学法学部卒業
2003年 社団法人食品流通システム協会 調査員
2004年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了 修士(法学)
2009年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学
2009年 東京大学社会科学研究所 特任研究員
2009年 早稲田大学比較法研究所 助手(中国法)
2012年 千葉商科大学 非常勤講師(中国語)
2013年 早稲田大学エクステンションセンター 非常勤講師(中国論)
2015年 千葉大学 非常勤講師(中国語)
2015年 横浜市立大学 非常勤講師(現代中国論)
2016年 横浜国立大学 非常勤講師(法学、日本国憲法)
2013年より現職

第十三期全人代第2回会議が閉幕

 今月5日に開幕した第十三期全人代第2回会議(以下、十三期2回会議とします)が15日に閉幕しました。今回は中国国内の景気後退や米中貿易摩擦の影響が取り沙汰されたり、2020年までに実現すると言明した「脱貧困」のために内モンゴル自治区等の貧困地域の残る地方の分科会に習近平主席が出席して直言したことが注目されたりというように、見どころが多くありました。

 私が個人的に注目し続けている全人代でのポイントは、最高人民法院と最高人民検察院(両院)の活動報告です。今回について言えば、米中貿易摩擦の影響もあってかマスコミの皆さんも追って下さっていました。例えば、最高人民法院の周強院長が「知的財産権専門の法廷を、最高人民法院をはじめとして各地に開設した」とアピールしたとか、最高人民検察院の張軍検察長が「知的財産権の侵害や粗悪商品の製造販売などの犯罪を厳しく取り締まる」とアピールしたといった報道がありました。但し、それらの中には最高人民法院の裁判官による狂言についての言及がなかったとか、2017年までの過去5年間の汚職関連の立件人数が年平均で約5万人であったのに対して、今回の報告では約1.6万人と減少した事実をもって、「汚職立件のペースがダウンした」と批判するという害意を感じるような言動もありました。とはいえ、全体的に見れば前回よりは多くの情報をリサーチできたお陰で、両院の活動把握をはじめとして今回の全人代の内容を昨年よりも把握し易かった気がします。

 さて、今回のコラムで取り上げる内容は当初から十三期2回会議のものになるだろうと予定していました。世間の関心からすれば、やはり「外商投資法草案」でしょうか(同草案は15日に可決しましたので、もはや草案ではありません)。外資の中国進出にとってその基礎となる法律と位置付けられていますし、上記の両院の活動報告でも知的財産(権)の保護がアピールされていますから、理想的な商環境の「法的構築」が進むのではないかという期待もありそうですね。

 そこで以下、今回は同草案について、私なりの検討を行なうことにします。なお、過去の改正動向について「中国における外国投資法の改正 」(尹秀鍾弁護士)のコラム記事が上梓されています。簡潔に整理されていますので、ご参照いただければ幸いです。

外商投資法草案の立法過程について

 同草案は全人代常務委員会第8回会議(今年1月開催)において十三期2回会議で審議するよう要請することが採択され、現在に至ります。この間の立法過程について、同草案の審議を提起した全人代常務委員会の王晨副委員長によれば、全人代常務委員会第7回会議(2018年12月下旬開催)において第1回の審議を行なったうえで各方面から意見を募集し、その後全人代常務委員会第8回会議において第2回目の審議を、そして今年2月25日に憲法及び法律委員会の会議において草案をさらに手直しして提出したものだそうです。十三期2回会議の審議を第3回目の審議であると位置付けられます。そして可決し、主席の署名を経て、速やかに公布しました(立法法25条)。

 王晨副委員長の草案説明の中で私が興味を覚えた点は、外国企業による投資の保護に関する立法趣旨について「地方政府が[守約践諾]するよう促すこと」と言明したところです。この[守約践諾]は聞き慣れない言葉ですが、その意味を調べてみると[守約]とは「遵守信約(約束を絶対に守る)」の意味であり、[践諾]とは「履行諾言(約束を実行する)」の意味だそうです。そうすると、王晨副委員長によるこの言明から解釈できる立法趣旨は「地方政府が約束を絶対に守り履行するよう促すこと」といったところになるでしょうか。

 ちなみに、同草案の審議後の関係者のコメントでは、「国家のガバナンスシステムの近代化が進む」「ビジネス環境の法制化、国際化、利便性の向上につながる」といった肯定的なものや、「外国企業の対中投資が『審批制(審査許可制)』から『備案制(届出制)』+ネガティブリスト方式に改まる」「国際的に認識される内国民待遇を超えて参入前の内国民待遇を盛り込んでいる」というように、その法的論理の転換を指摘するものを確認できました。

 要するに、同草案は肯定的に受け止められているという「メッセージ」なのでしょう。が、果たして本当にそうなのでしょうか。例えば『人民日報』(3月9日07版)では、わざわざ「『中華人民共和国外商投資法(草案)』(摘要)」と題して全文を掲載していました。[摘要]とはdraft(草稿)の意味です。わざわざ摘要と付記して掲載した同草案の内容を見てみましょう。

同草案のポイントと可決条文との異同

 同草案は、「外国投資の合法的な権利を保護し、その管理を規律」(1条)ために制定する法律であり、外国投資企業とは「中国国内で登記登録を経て設立する企業」(2条)をいうと言明します。この外国投資企業による「投資の自由化と利便性」の向上(政策)を国家が実行し(3条)、地方政府もそれを遵守すること(18、19条)が求められています。

 そして、中国市場へ参入する前の段階で内国民待遇を保証するために(国務院が別途公布する)「ネガティブリスト」を国家が導入するとします(4条)。ネガティブリストとは原則禁止していない中で例外として禁止する項目をリストにして管理する管理制度のことです。なお、ポジティブリストという管理制度もあります(これが従前の制度であり、中国的権利論の中核でもあるのですが)。これは原則禁止している中で、許可する項目をリストにして管理する管理制度を言います。それゆえに、ネガティブリスト方式の導入は対外開放を進めるためのものと言えなくもないわけです。

 もちろん、外国投資企業は中国の法律を「遵守」すること、中国の国家安全や(社会の)公共利益を損なってはならないこと(6条)を、さらに労働組合の組織化と従業員の合法的な権利の保護(8条)を求めています。郷に入っては郷に従えというわけですけれども、これが従前は「順守」することでした。今回のコラムの大切なポイントですので、付言しておきますと、「遵守」とは規則や法律などを絶対に守るという意味です。また、「順守」とは規定や独自のルールを常識の範囲で守るという意味です。

 因みに、日本語の「遵守」「順守」という2つの単語の存在については、それが国語審議会において「遵」が削除されなかったために公用文では「遵守」を、一般では「順守」を用いられているとか、当用漢字表から「遵」が削除されたから同じ意味で2つの単語があるなど、諸説あります。しかしながら、私は、法と私たちとの関係性から上記の通りにこの2つの単語を使い分けます。因みに私は[遵守]を「順守」と訳すことが多いです。

 このように、同草案の外枠については草案審議後の肯定的なコメントと同様に、私たちからすれば歓迎しやすい立法内容であると言えそうです。しかしながら、その内枠については、深圳経済特区のような従来の経済特区とは異なる「特殊経済区域」(13条)を必要に応じて国家が設立すること、国家が制定する強制基準を外国投資企業にも平等に適用すること(15条)、技術協力においては[自願原則]と業務規程に基づき展開することを奨励すること(22条)というように、一義(=単一・共通の意味)的な解釈にはならない内容を見て取れます。これらの懸念については、従来の立法過程においても確認できるような「〇〇法の若干の問題に関する説明」「〇〇法の貫徹執行に関する若干の問題に関する意見」などの形で施行後に払拭してゆくことを求めてゆくべきでしょう。

 なお、外国投資企業苦情処理機構の設置(25条)については従前の草案にも盛り込まれていた制度です。一般の法的紛争処理メカニズムとして行政不服申立てや行政訴訟のようなハードルが高い裁判という処理プロセスの前に、ハードルの低い民間調停、仲裁のような処理プロセスを組み込む流れがありますから、現時点であえて重視する必要はないだろうと思います。むしろ「商会」「協会」の設立とそれらの組織への外国投資企業の加入・加盟を促す条文(26条)の存在の方が個人的には気になります。私たちの側に立つ「紅色組合」的な存在であってくれれば頼もしいのですが、木乃伊取りが木乃伊になるやもしれません。

 以上が草案のポイントです。15日に可決した条文と比較してみると、1条増加した以外は下表のとおりです。同草案23条がそのまま24条にスライドし、23条(行政機関および同職員による商業機密の漏洩を禁止する内容)を追加したことが見て取れます。また、この点に関連して39条において行政職員による違法行為の具体的内容を追加しています。その一方で同草案25条に存在した文言(苦情処理機構業務下の重大な政策措置を徹底する内容)を削除したのはあまりに腰が低すぎないか?という批判でも出たからでしょうか。

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遵守と順守、どっち?

 附則の41条・法42条では「中華人民共和国中外合資経営企業法」「中華人民共和国外資企業法」「中華人民共和国中外合作経営企業法」を同時に廃止すると言明しています。これら3つの法律は「外資三法」と言われてきたもので、外国の企業が中国へ進出する際に拠り所としてきた法律群でした。外資三法は同法が来年1月1日に実施されると自動的に廃止されるわけですから、その結果として、論理的には中国へ進出する外国の企業にも中国会社法が全面的に適用されることになります。その意味で1つの時代が終焉したと言えそうですね(私個人はこの外資三法に大した思い入れはないので、その回顧はその当時に活躍されてきた先人の皆さんの言に代替したいと存じます)。

 本コラムでは、別の意味での隔世の感と言えるか否かを考察しておくことにいたします。大まかに言えば、[遵守]が順守から遵守になるというストーリーが実現してゆくのかです。中国的権利論は一人ひとりの間を合法的権利によってつないでゆくという権利の考え方です(中国的権利論③ )。一方、私たちの権利論は「権利」によってつないでゆく考え方をしています。この差異は、「権利」がネガティブリストのようなものである一方で、合法的権利がポジティブリストである点にあります。

 私たちはネガティブリストのような「権利」をもっています。言い換えれば、やってはいけないことだけ事前に示されている自由を持っています。ですから、例えば契約自由(の原則)と言われれば、自分の意思で自由に相手と交渉して、やってはいけないこと以外の内容で契約を締結できると解釈します。しかしながら、中国的権利論はやってよいことしか事前に示されていない自由です。ですから、自分の意思で自由に相手と交渉して契約を締結できるわけではありません。いわばそれは夜間に街灯が照らしている道路を走るようなものであり、契約自由の原則とは言えません。ゆえに[自願原則]としか訳せないのです。

 この権利の考え方に照らせば、一人ひとりの間で衝突が生まれた際に出現する「法」を認めるわけにはいきません。私たちがこのような「法」を認め、法の支配の大切さを訴えるのに対して、中国的権利論は文字化されている法がすべてになります。それゆえに、法による支配を説くわけです(法治啓蒙は法曹人から? )。法による支配を絶対の法則とすると、それは絶対に守らなければならないルールですから、論理的な帰結としてその訳は「遵守」となります。他方、法の支配を絶対の法則とすると、それは常識の範囲で守るべきルールとなりますから、その訳は「順守」となります。

 現代中国法(中華人民共和国法)の歴史を振り返って見ると、それは「上に政策あれば、下に対策あり」に象徴されたように、形式的には「遵守」を求め、その実質は「順守」する中で展開してきました。だからこそ、日本の「現代中国研究」は中国の実態を把握しようと試行してきたのかもしれません。しかし、この状態は人間感情に照らして考えれば法に対する求心力が最大化することはありませんから、形式的にも実質的にも「遵守」を求める必要があります(そんな社会は息苦しくなるだろうことは以前のコラム で紹介しました)。その一方で、人間がその将来に対して予測できることは、その人間の経験上の限界によることが常ですから、文字化された法をすべてとする法社会における立法過程は遅れがちとなり、世の中のニーズに素早く対応できません。

 こうして俯瞰してみると、本コラムで紹介した外商投資法草案は、国家によるガバナンスの近代化が進み、ビジネス環境の利便性も向上するように、「遵守」重視から「順守」への移行が試みられていると見て取れる部分があると言えるでしょう。この流れが確かなものになるかは、関連法令の今後の整備状況を合わせて検討しなければなりませんが、もし「順守」重視への流れが本物になるならば中国的権利論からの転換、すなわち隔世の感があるとの評価に至るはずです。可決された外商投資法は、果たしてどちらへ歩んでいくことになるのでしょうか。

以上

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