【06-01】トップインタビュー「中国国家自然科学基金委員会陳宜瑜主任が語った中国基礎研究の展望(上)」
2006年10月20日
基礎研究こそイノベーション創出の基盤 中日競争の中から協力が生まれる
馬場錬成(中国総合研究センター センター長)
陳 宜瑜(チェン イイウ)
略歴
1944年生まれ。1964年アモイ大学生物学部卒業。1988年英国自然歴史博物館高級客員学者。1989年中国科学院水生生物研究所研究員。1991年中国科学院士。1 991-1995年中国科学院水生生物研究所長。1995-2003年中国科学院副院長。現在、国家自然科学基金委員会主任、中国科学院生物学部主任、地球圏-生物圏国際協同研究計画(IGBP)中国委員会主席、s 中国動物学会副理事長、中国海洋湖沼学会副理事長。第6期、7期全国人民代表大会代表、第10期全国人民代表大会常務委員会委員、第10期全国人民代表大会環境と資源保護委員会委員。専門分野:魚類学、動 物分類学。 主に淡水魚分類と体系進化の研究に従事。中国における淡水と海洋水域生態系研究の第一人者。学術論文約100編を発表。編集主幹として専門書、訳著10余冊の編集に携わり、《 鯉形目魚類系統発育の研究》等で9つの中国科学院自然科学賞・科学技術進歩賞を受賞した。
中国の科学技術研究は、近年目覚しく発展している。中国政府は基礎研究への助成金を急速に拡大する方針を取っており、産業界の研究開発では、独 創技術の開発で世界トップクラスに踊りだす企業も出現している。
この20年間で基礎研究の投資額は約43倍に増えており、この勢いはこの先当分は続きそうだ。基礎研究に助成金を配分している、中国国家自然科学基金委員会のトップにある陳宜瑜主任を訪問し、さ まざまなテーマでご意見をうかがった。陳主任の見解を2回にわたって報告する。
中国独自の発明こそ発展の基盤―独創技術開発
中国は「第11次5か年計画」で4つの戦略をあげています。①独創的な技術開発の戦略、②人材戦略、③イノベーションの環境戦略、④卓越したマネジメント戦略ですが、そ の中身について戦略を聞かせてください。
独創的な技術開発の戦略について
「第一の独創的な技術開発の戦略ですが、これは独創的な研究を推進する発展戦略であり、基礎研究に絞ることにした。まさにこれは日本に学んだことだ。
この20年くらい開放政策を推進してきたが、中国独自の発明がなければいけない。中国は独自のイノベーションがないと発展できないことを痛感している。
日本では1960年代に基礎研究に関心を持った。しかしその後の関心の中心は重要技術に変わったように見える。日本は外国から技術を移入して企業が大発展した。しかし、基 礎研究がなければ継続的に発展しないと見ていた。これを教訓にしたものだ。
ただ、いまの段階で日本の基礎研究は、一部でアメリカと対等になったと見ている。基礎研究を推進することは、国家の未来にとって重要なことだ。日本の例を考えて、基礎研究を推進したいと思う。こ れからは独自のイノベーションをしなければならない」
若手研究者の助成システムに工夫―人材戦略
人材戦略について
「2番目の戦略は人材戦略だ。これはまさに直面している重要課題だ。中国は20年前から多くの留学生を外国に派遣した。帰国してから大活躍している。しかしわれわれの人材戦略は、ま だ不十分だと認識している。いま中国の優秀な人材は外国で育てられた人材である。これからは自立的の人材を育てなければならない。彼らの使命は、自分の力で基礎研究を担うことだ。
人材戦略は4つのランクに分けている。
人4つのランクとは・・・
第1ランクが青年科学基金である。このプログラムでは、35歳以下の若手研究者やそのグループに資金援助をしている。できるだけ早く基礎研究の基本訓練を得るようにしている。
第2ランクが傑出青年人材資金である。優れた傑出した若手研究者を支援しているもので、このファンドは45歳以下を対象にしている。司令官になるような人材、リーダシップを持つ人を育てたい。
中国には「将帥(ジャンシュアイ)」という言葉がある。これは将才、帥才と呼ばれるもので、優れた人材を言う言葉である。
これまで16年間で1000人以上の将帥を育ててきた。年間一人100万元(約1400万円)の助成金を出してきたが、今年から倍増して一人200万元を助成することにした。これは温家宝首相が直接許可したものだ。この優れた人材育成計画では毎年180人くらいの育成を予定している。
助成対象は、中国国内の研究者だけだったが、今年からは外国国籍を持っていても中国に帰国して活躍している人も助成を受けられるようにした。
第3ランクは、独創性の強い研究グループに対し組織的に行っている助成である。これはグループを対象とするので「軍団助成」と言っている。助成期間は6年から9年であり、1 グループに対し毎年120万元(約1800万円)、であり今後も増やす予定だ。現在、毎年180研究グループに出している。研究の対象は広く多分野にわたっており、学際的な研究を進めるのが目的だ。
第4ランクは、海外にいる中国人研究者、外国人の国籍をもっている中国人に対して研究助成金を出す制度である。具体的には外国で就職している中国人を本国に招聘して、中 国で研究や仕事ができるようにするのが目的だ。つまり海外で活躍する中国人が国内でも仕事ができるようにしている」
数値目標にとらわれない研究環境
研究環境を良くするための戦略について
「戦略の3番目はイノベーションを創出するための研究環境を良くする戦略だ。研究目標はとかく短期的でスローガン的になりがちだ。すぐに数値目標を出したがる。これには反省もあるし批判も出ている。ま た、研究者や研究グループに不安を与えている。これでは落ち着いて研究ができない。研究は、落ち着いて研究に取り組める環境を作ることが重要だ。 評価は研究論文を出しているかどうかというようなことになりがちだが、これでは落ち着いて研究できないこともある。短期で見るのは科学技術の研究に向いていない。基礎研究では特にそうだ。つ まり研究環境をよくするということは、研究者が長期間、落ち着いて研究ができるようにすることだ。失敗を認めてやることも必要だ」
卓越したマネジメント戦略について
「4番目の卓越したマネジメント戦略について話をしたい。これは科学基金の内部のマネジメントにもつながることである。国際的に連携できる発展モデルにもなる。科学基金は創立から20年を迎えたが、さ まざまなことで反省をしている。マネジメントのやり方をもっと進歩したものにしなければならない。これには4つの目標を掲げている。
戦略マネジメントの4つの目標とは・・・・・
第1の目標は、科学を尊重することである。科学発展の法則だけを尊重するのではなく、科学者をも尊重することである。つまり両方とも尊重することだ。
第2の目標は、もっと民主化を進めることである。最近、香港の数学者が中国には学閥があり、学術独裁があると批判した。しかし、われわれの自然科学基金には、そのようなことは存在していない。学 閥が働かないようにシステムを作っている。
助成金を出すときの審査には、次のような段階があるので情実は利かないようになっている。助成の応募には約7万件も提案があった。これを2段階の審査を経て3万から4万件にした。審 査委員は700人から800人もいる。この中には海外から参加している人もいる。これなら公正に審査をすることができる」
「第3の目標は、自由競争で平等を守ることだ。資金獲得には優秀なものでないとだめだというルールを作ることだ。公正を守りながら、競争するようにする。競争の中から選りすぐれた研究者を探し出し、も っとも優れた研究者を選ぶのが私たちの目的だ。研究者の所属する大学や研究機関に偏りが出ないようにバランスをとっていたこともあった。しかしいまはこのバランスはとらない。完全な実力主義を取っている」
「第4の目標は、競争の補完として協力を促進することだ。学際的な協力を促進することにつながる。競争というのは、競い合うということだけではなく、競争の中に協力が生まれるというのが私の考えだ。競 争と協力をベースにすることで初めて学際的な研究ができるのである。
たとえば、ライフサイエンスとナノテクが協力していくのがいい例だ。これこそが5ヵ年計画の中核でもある」
10年後の中国の発展領域は農業や環境保護
競争の中から協力が生まれるというのは素晴らしい理念だ。中国は今後10年間で科学技術がさらに発展するだろうが、そ れでは10年後にどのような状況になっているかご意見を聞きたい。
中国の10年後を予想することは非常に難しい。なぜなら中国は途上国だから経済と社会の発展が早いので、将来を予想することは非常に難しいことだ。
これから10年間で発展する主な領域として農業と農業に関係する領域をあげたい。中国人口は、今後14億人もなるかもしれない。世界人口は50億人を超えており、世 界的に食糧問題に直面しているからだ。農業の技術革新が発展するという予想はこのような状況からだ。
10年後の2番目の発展をあげれば、環境保護問題だ。環境問題は難問であるが、中国が発展していく過程でも常に意識しながら環境保護対策をとっていかなければならない。しかし、その一方で環境保護対策は、どの国もうまく解決できていない。それくらい難しい問題だ。
環境問題への取り組みはひとつのプレッシャーであり、環境科学技術を推進するエネルギーになる。
農業と環境は大きな力を入れていくことは間違いないが、その他の分野でどの分野がどのように発展するか予想することは難しい。社 会の意義と国として取り組むべき実力を持っていないと実現できないので予想することは難しいからだ」
中国は特にナノテクノロジー、材料分野が強いと思います。なぜ中国はこの 分野が強いのでしょうか。中国のこの研究分野は10年後、世界トップになっているでしょうか。
ナノテクは強いとは必ずしも言えない。中国では過去10年間、最初からナノテクは学際的な研究をしたのがよかった。ナノテクには物理学もあるし、化学もあるし、材料研究もある。中 国では総合的な発展をはかってきた。
マネージャーの目から見て、最初から共同、学際研究をしなければならないと思っていた。学際的な研究を推進するために研究協力を促進した。い くつかの研究機構の壁を破ってナノテク研究センターを設立したことがよかった。北京大学や中国科学院も入っている。
また同時に産学協力ができたこともよかった。中国科学院蘇州産業化研究センターをあげられる。確かにナノテク研究は進展しているがまだ、強いとは言えない。日本の理研のほうが強いのではないか。(次号に続く)
1986年に設立された組織で、役割は自然科学の基礎研究への助成、人材の育成、科学技術・経済・社会の発展を促すことである。国の方針の全体プランに基づき、基礎
研究への助成、科 学技術研究の競争を奨励し、協力を促進し、イノベーションを奨励し、未来志向をするという基本方針になっている。
基金の予算は、1986年の8,000万元(約12億円)から、2006年には34億元(約510億円)に増えた。2006年から始まった第11次5カ年計画では、5年間で200億元( 約3000億円)の助成資金になると予想されている。
自然科学基金の第11次5カ年計画では、発展目標として中国の特色のある科学基金制度を確立し、独創的な技術の創造に有利な環境を整備し、学科の均衡のとれた発展を積極的に促進し、国 際影響力のある傑出した科学者と人材を育成し、全体的な国際競争力を向上させ、重要な分野でのブレークスルーを図り、科学を繁栄させ、自己のイノベーション能力をアップすることとしている。