【07-04】中国5千年の経験から得た治験と西洋医学の融合~漢方医学(中医学)の最前線を見る~
2007年4月20日
(馬場 錬成 中国総合研究センター長)
厳寒の北京市内、中国中医科学院広安門医院の廊下は、朝早くから患者があふれていた。糖尿病専門医の仝小林(トン・ショウリン)広安門医院副院長(北京大学医学部教授)は、独自の診断術をもとに漢方薬の処方によって多くの糖尿病患者の症状を改善している。患者は中国全土だけでなく国外からも集まって来る。漢方と西洋医学をどう融合させるか。中国でもいまこの議論が高まっているという。漢方医学の最大の学会団体は、中華中医薬学会で53の分科会、18万人を擁しており、会長は衛生部副部長兼国家中医薬管理局局長・moji2靖氏である。学会であると同時に国立研究所の機能も持っているという。その学会で活躍される仝副院長に漢方医学(中医学)の最前線を見せてもらった。
糖尿病患者があふれる外来診察
診察室をのぞくと大きなデスクを医師、看護師、患者らが取り囲んでいる。まるで何かの会議をしているような雰囲気だ。仝副院長と対面した患者は、血圧、脈を測定され、眼や舌の状況を必ず観察される。
「散歩はしていますか」、「体重の増減はないですか」、「便通はどうですか」、「便は硬いですか、軟らかいですか」、「寝汗はかきますか」、「夜中に何回起きて尿をしますか」、「背中に寒気を感じますか」、「癇癪をおこすことがありますか」。
こんな問診を矢継ぎ早に繰り出しながら、仝副院長の目は患者の顔を注意深く観察している。最後に仝副院長から漢方薬処方が口述されると、隣にいる看護師が素早く書きとめて患者に手渡して終了。処方箋は薬局に提出され、そこで薬が患者に手渡される。
診察を終えたばかりの趙玉貞さん(53)がインタビューに応じてくれた。
「更年期障害もあるうえに昨年、直腸手術を受けたばかり。脂肪肝で血圧も高い。血糖値も高いので健康が心配です」
そう言いながらも言葉は弾んでいるし明るい表情である。というのも、糖尿病の症状が改善されてきたからだ。
「仝先生はすごいです。先生の処方した漢方を煎じてのんだら1週間で血糖値が下がって改善されました。更年期障害で汗をかいたりいらいらしていたのも軽減されました」
王さんはこの日朝6時に病院に着いて診察札をとった。46番だった。1番、2番の患者は未明の1時、2時に来るという。仝副院長の評判は中国全土に知られており、患者が殺到している。通常は午前8時からの外来診察だが、仝副院長は1時間早めて午前7時から午後2時まで外来診察を行っている。1日70人内外の患者を診ているという。
仝副院長によると、糖尿病患者の発症は今と昔ではずれが出ているという。昔の糖尿病患者は、たくさん食べるし酒も飲むし尿もする。これが特徴だった。糖分を吸収しないからやせる。体全体が乾いているのでのどが渇く。
ところが、いまの糖尿病は、たくさん食べない、飲まない、尿を出さないという症状が多くなった。80パーセントは、糖尿病の症状が出ていない。当然、漢方の出し方も変わってきた。いまは血糖値が高い人をまず漢方で下げることを考えている。
糖尿病の怖い点は、内臓のあちこちに合併症が起きることだ。マウスを使って実験をしており、合併症の予防薬を投与したマウスのグループと投与しなかったグループでは、合併症の発症に差が出てきている。投与されたグループは、発症も遅れて症状も軽微なものだった。このような基礎的な実験を積み重ね、開発した漢方を臨床に応用しているという。
「生体のどこかに、よくないことがあるから糖尿病になっている。血糖値とは関係なく、糖尿病の患者に現れる症状を出さないようにすることが大事だ。生体の環境を整えてやるというのが漢方医学の考え方であり、その治療によって血糖値も自然と下がっていくのです」
仝副院長が語ったことで一番印象に残ったことは、漢方は万人に共通なものではなく、患者一人一人ですべて違うものであるという点だ。だから、診察した患者のすべての漢方処方が違う。一つの薬をすべての患者に投与することはない。
仝副院長は熊本大学医学部に留学した経験も持ち、北京にある中日友好病院にも勤務していた経験もある。日本の医療現場や医学研究もよくご存じの医師である。最近の漢方医学の動向を聞いてみた。
漢方の考え方、それは「体の中にいい薬を持っている」
仝副院長に基本的な漢方医術の考え方をうかがうと「誰でも体の中にいい薬を持っているという考え方です。生体はウイルスと闘うメカニズムを持っているのですが、その状態を常に維持するにはどうすればいいかという考え方でもあります」と言う。
たとえば、体が冷えたり熱があったり、かさかさと乾燥するなど体の状態が異常になると免疫力が弱くなる。これを改善して本来の健康でいい状態にするのが漢方の考え方だという。
仝副院長が大学院生だったころ、江蘇省を中心に広い地域で出血熱が流行したことがある。ウイルス感染の伝染病で高熱になり白血球が減少し、出血しやすくなる。ときには精神状態に変調をきたす患者も出る。このときは指導教官と一緒に1400人の患者に漢方を投与して大きな効果をあげた。死亡率が約10パーセントだったのを1パーセントにまで抑えることに成功した。
ウサギがウイルス病にかかって高熱になり、1週間で死亡する病気が流行したことがある。薬を投与しても治らない。その時も出血熱の漢方を投与してウサギの病気を治した。
「これは白血球を活性化するという考えではなく、熱を下げて生体をいい状態に戻し、結果として生体のウイルス抵抗力を増強するという考えだ。生体のコンディションを整えて病気と闘うということです」
本来、誰でも生体の中に「いい薬を持っている」という考えを基盤に、その生体の能力を引き出す方法を漢方で処方するという考えだという。
サーズでも効果があった漢方治療
2003年春、突如、中国で重症急性呼吸器症候群(SARS=サーズ)が流行し、大騒ぎとなった。仝副院長は北京の中日友好病院に20年間勤務していた。サーズに罹患した患者が友好病院に集められ、政府は重点治療センターに指定した。
「私はサーズ患者248人を診ました。ウイルス感染症ですから、有力な薬がない。初めてのウイルス病だから有効な治療法もない。大変な状況でした。ウイルスを殲滅するという考えではなく生体の免疫力を高めてウイルス抵抗力を増強するという考えで治療にあたりました。生体の免疫力を高めて自力でウイルスを撃退するという考え方です。私たちの投与した漢方は、大変、効果がありました」
このときの功績で仝副院長らは、国家出版署国家図書科学技術進歩特別賞、中華中医薬学会SARS撲滅特別貢献賞、科技部全国SARS予防治療優秀科学技術活動家賞等を受賞している。
サーズの臨床治療の研究はまだ続けられている。サーズの治療で新たに開発した漢方が効いているのか、昔から伝わっている伝統的な漢方がいいのか。さらにウイルス療法に効く漢方が何かを突き止める研究である。
仝副院長によると、病気を診察するときの要因は、次の3つに要約できるという。
- 病気の直接の原因はなにか
- 生体の環境はどうなっているか
- どのような症状があるか(熱あるかないかなど)
西洋医学は1と3を重視して診る。漢方医学は2を重視して診る。
「漢方は、どうして病気になっているか。なぜそうなったのか。それを追求し生体の環境をより良くして症状を軽減するのが目的になっている」
仝副院長はこのとき、面白いたとえ話をした。
たとえば、腐りかけているリンゴがある。これをどうしたら腐らせないか。あるいは症状を軽くするか。西洋医学では、腐ってきた原因を調べ、もしも腐らせる菌がいればそれを撃退する薬剤を投与する。あるいは手術によって腐っている部分を切除する。これが西洋医学だ。
漢方は、腐っているリンゴを冷蔵庫に入れて腐敗が進行しないようにする。そういう考え方で治療をする。
漢方医学については、学問的に確立されたさまざまな理論もある。それはまた次回以降に報告したい。
仝 小林 (トン ショウリン):
広安門医院 副院長(北京大学医学部 教授)
略歴
1982年長春中医学院中医本科卒業後に、皖南医学院に進学し1985年修士を取得した。
1988年に南京中医薬大学に進学して博士号を取得した。その後、中日友好医院中医糖尿病科主任医師を経て、2005年から中医科学院広安門医院副院長となった。
国家中医薬管理局内分泌重点学科のリーダーとなった。中華中医薬学会糖尿病分会主任委員、中華中医薬学会博士学術研究分会主任委員などを務め、北京大学医学部教授となった。
そのほかにも北京中医薬大学教授、博士課程指導教官、国家食品・薬品監督局新薬審議会委員なども務め、中国の漢方医学の権威となっている。
これまでに、
中華中医薬学会難病診療とともに研究優秀賞
中日友好医院中西医学結合SARS臨床研究二等賞
中日友好医院"胃腸通"新薬開発一等賞
国家出版署SARS中医学診療と研究特別賞
中華中医薬学会SARS撲滅特別貢献賞
科技部全国SARS予防治療優秀科学技術活動家賞
中華中医薬学会肥満II型糖尿病前期、早期基礎理論・応用研究一等賞
など数々の受賞歴がある。