【10-03】スピーチコンテスト必勝法
2010年 6月29日
寺岡 伸章(てらおか のぶあき):
独立行政法人理化学研究所 中国事務所 準備室長
1956年10月生まれ。東京工業大学総合理工学研究科電子化学専攻、修士学位。
1982年 科学技術庁入省
1993年 動力炉・核燃料開発事業団北京事務所次長
1994年 科学技術庁研究情報ネットワーク企画官
1996年 科学技術庁大型放射光施設推進室長兼基礎研究企画官
1997年 郵政省国際協力課企画官
2000年 タイ王国国立科学技術開発庁長官顧問
2001年 国立極地研究所事業部長
2005年 独立行政法人理化学研究所総務部主幹
2006年 独立行政法人理化学研究所中国事務所準備室長
2007年 独立行政法人科学技術振興機構中国総合研究センター・フェロー(兼)
2010年6月26日、広島大学北京研究センター主催の「2010日本語作文スピーチコンテスト」の発表会を聞く機会に恵まれたので、ひとりの聴衆として感想を述べるとともに、来 年以降参加される学生のために非公式の必勝法を伝授したいと思う。
このスピーチコンテストは中国各地の大学の日本語学科の学生が教授の指導の下でテーマ「平和」に即して作文し、その作文の事前審査をパスした五名の優秀者による発表であった。審 査員は広島大学の教員三名が務め、最優優秀選手二名が選ばれた。五名スピーカーすべてが女子学生であったのは少し寂しい。男子学生の奮起を期待したい。
事前審査に提出された作文が六百篇という多数に達したのは、中国における日本語学習ブームを実証するものとなった。五年前の反日デモを契機とした日本語学習の沈滞を振り返るとまさに隔世の感がある。日 本のアニメや漫画が日本語学習のきっかけになったという学生が多いことを考えると、日本はソフトパワーの国際社会での影響力を再認識した方がいいと思われる。
発表者のスピーチは発表文をすべて暗記しているとはいえ、中国語訛りもほとんどなく完成度の高い日本語だった。わずか数年の日本語学習を経てこれほどまでに外国語をマスターできるのは、中 国人の語学能力の高さを改めて見せ付けられたような気がする。
さらに、多くの日本人は日本語は難しいと信じているが、実は比較的易しい外国語であると私は思っていたが、その思いを深めた次第である。外国語はコミュニケーションの手段と考えると、語 学学習にもっとも大切なことは発音である。日本語のように発音の要素が少ない言語は珍しい。外国人の日本語学習者にとっては楽なはずだ。さらに、日本語は「てにをは」を単語の後に正確につければ、語 順を自由にしても相手に通じるというメリットも見逃せない。日本語は易しい言語であるという宣伝をもっとすべきである。
さて、五人の学生の日本語はほとんど完璧であったにも関わらず、何が差を生んだのか考えてみたい。
今回のテーマは「平和」である。抽象的すぎて、どのようにでも書けそうであるが、意外と難しい。常識的に考えてみて、「平和は大切でない」という人はいない。どんなスピーチをしても結論は「 平和は尊いものだ、大切にしよう」に行き着かざるを得ない。そうすると題材やプロセスが重要になってくる。
最優秀者の二人は私が予想した者が選ばれた。福建師範大学の高薇さんは、日本語を教えてくれた日本人講師の方々の教え方の特徴をうまくとらえて発表し、彼らは日本語を通じて平和の種を撒いている、と スピーチした。高薇さんは自分の経験を掘り下げ、一貫して日本語教師たちの教え方を日中文化の差も織り交ぜながら愉快に描写している。
スピーチに勝つには審査員や聴衆を感動させなければならない。そのためには、「話題の一貫した掘り下げ」が必要だ。話題がいろいろと拡散していては聴衆を感動させることができない。
厦门大学の馬薇さんも題材が一貫していた。怖そうな曾祖母から聞いた戦争体験を克明に語り、曾祖母の経験を通じて、平和を守るためには過去の教訓を覚えておき、かつ腹を割って話し合うべきだと結んだ。馬 薇さんは曾祖母の経験を詳細に語ることで、聴衆を惹きつけていた。
この二人のスピーチは自分と他人(曾祖母)の経験の違いはあるものの、ひとりの経験を深く追及したいという点では同じアプローチである。
さらにつけ加えると、スピーチは聴衆を感動させるものであるので、笑顔で抑揚をまじえて語りかけるように話さなければならない。発表者の気持ちを聴衆に伝達させる必要があるのだ。
「一貫した題材」と「心の伝達」のふたつがスピーチコンテストの必勝法である。(2010年6月28日)