【13-01】尖閣問題の背景に海軍力強化 香田元自衛艦隊司令官が分析
2013年 5月22日 (中国総合研究交流センター 小岩井忠道)
日本の主な新聞、放送、通信各社が自主的に結成した公益社団法人「日本記者クラブ」が、研究会「中国とどうつきあうか」をスタートさせた。最初の会が2013年4月24日に日本プレスセンターで開かれ、防 衛庁統合幕僚会議事務局長(現・防衛省統合幕僚監部統合幕僚副長)、自衛艦隊司令官などを務めた香田洋二氏が講演し、尖 閣諸島問題の背景にある中国の狙いなどについて解説した。
香田氏は、国家目標を達成するため中国は強大な海軍力を必要としており、尖閣諸島に対する中国の動きもこうした基本的な姿勢を抜きに理解できないことを強調した。氏 は海軍力強化の根底にある中国の国家目標として「独立国の尊厳を明確にする沿岸海域、排他的経済水域から公海までをにらんだ領土・領海保全」「経済成長のための世界規模の海洋活動と海上交通の保護」「 弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN)艦隊の建設と米海軍SSBNの撃破を狙った戦略核戦力」などを挙げている。
尖閣諸島に対する海上保安庁による現在の警備体制の不備も指摘された。あくまで非軍事事態にしか対応できず法律を執行できる対象が民間に限られており、海上自衛隊が出動できる軍事事態との間に、国 として対応不能な制度上の空白ゾーンがある、としている。「夜間、中国軍が落下傘で島に降り、中国旗を立て、その映像がテレビで流れる」。このような空白ゾーンをついた奇襲によって、「防衛出動が発令できず、実 効支配国が中国になったということで日米安保発令の可能性もなくなる」危険も指摘した。
日本記者クラブウェブサイト 香田洋二氏講演内容
香田洋二氏プロフィール
1972年防衛大学校卒、海上自衛隊入隊。海幕防衛部長、護衛艦隊司令官、統合幕僚会議事務局長、佐世保地方総監、自衛艦隊司令官などを歴任し2008年退官。09-11年米ハーバード大学研究員。
香田洋二氏(元自衛艦隊司令官)の講演概要
中国は建国以来約3,000年、ずっと大陸国家だったのが、ここになって海洋進出が目立つようになった。中国の国家目標を見てみる。第一の「共産党一党支配体制」というのは直接、海洋に関係はない。し かし、「独立国としての尊厳、領土・領海の保全」、「経済成長」、「超大国としての戦略核戦力」、「国際社会における超大国としての地位」というその他の国家目標達成には、いずれも強大な海軍力が欠かせない。沿 岸海域はしっかり守り、排他的経済水域の資源は自国のものとして利用し、さらに外側の公海についても自分に有利に利用したいと考えている。
米国と伍(ご)していける戦略核戦力、さらに地震などがあればどこの国にも支援に出かけられる米国のような国際社会における地位、国力を持ちたい。そ うした国家目標を達成するには世界の海洋を自分の有利になるように利用し、そのためには海軍力が鍵になる、と考えている。軍関係者から見れば、そうとしか見えない、ということだ。
実際に中国は、沿岸は無論のこと、排他的経済水域、その外側の海域についても影響力を持つ海軍力を身につけつつある。海洋核戦力も着実に強化している。ちなみに米国、ロシアの核戦力は「 大陸間弾道ミサイル(ICBM)」「大型爆撃機」「潜水艦搭載の弾道ミサイル」を3本柱としている。しかし、中国はちょっと違う。大型爆撃機を持たないため、相対的にICBM、海洋核戦力に対する依存度が米国、ロ シアより大きい。海軍力に対する依存度は、今後も大きくなることはあっても小さくなることはない。
中国の戦略について、見逃されがちな重要なことは何か。日本側、東側からだけ見ていては駄目ということだ。中国はあらゆる方向に問題を抱えている。その中で一番腐心しているのは東シナ海だろう。こ こではASEAN(東南アジア諸国連合)全ての国と争っている。また、中国はアフリカ、湾岸諸国の資源に依存している。欧州諸国との交易量も大きい。これらの船は全てインド洋を通る。従 ってインド洋の安定が欠かせず、インドとどういう関係をつくるかも大きな問題だ。さらにチベット、ロシアとの関係もあり、要するに周り全てに問題を抱えているということだ。東 の方向からだけ中国を見ていると間違う。
現在、尖閣諸島の警備は海上保安庁が担っている。海上保安庁しかできないのだから当然だが、法律上、重大な問題がある。海上保安庁法で海上保安庁の任務は「海上の安全および治安の確保」(2条)と 定められている。さらに任務の対象を「軍艦および公船を除く」(20条)と制限されていることに加え、「軍隊としての機能等を禁止」(25条)されているからだ。領海の警備ということは、海 上保安庁法のどこにも書いていない。武器は使えるけれど、民間の船にしか使用できないのだ。
海上保安庁も対空能力、対潜能力を持つべきだなどという識者もいる。しかし、「軍隊としての機能等を禁止」されているのだから、こうした任務ができるわけはない。法律を執行できるのは、民 間に対してのみだ。「領海から出て行ってほしい」と要請すること以上のことは、外国船に対してできない。中国が強硬手段に出ていないから、今の状態が保たれているだけだ。
では海上自衛隊の出動はどうかといえば、これはもっと難しい。防衛出動するには根拠が必要になる。冷戦時、旧ソ連の5個師団が北海道に上陸した場合を想定した政府の統一解釈というものがある。出 動の3要件として「わが国に対する急迫不正の侵害」「他に適当な手段がないこと」「必要最小限の実力行使に留まること」が挙げられている。しかし、これらは尖閣諸島の今の状況に当てはまらない。尖 閣諸島での防衛出動というのは敷居が高い、ということだ。
現在の尖閣周辺海域警備体制の問題点をまとめると、海上保安庁が背伸びして頑張っている今の非軍事事態と、海上自衛隊に防衛出動が発令されるような軍事事態との間に、ど う対応すべきか何も決まっていない空白ゾーンがあるということになる。ある日、大量の漁民や過激グループが尖閣諸島に上陸するような事態を心配する人がいる。こういうケースなら海上保安庁と警察力で対応可能だ。相 手は民間人だから日本の法律で抑えられる。「尖閣で日本が日本の法律を執行して中国人を抑えた。尖閣は日本の領土だ」と逆に世界に向かって宣伝できる。中国人の中に万一、武 器を持った軍人が紛れ込んでいたとしたら、明白な国際法違反である。軍人は軍隊である徽(き)章を明確にして戦うというのが国際法の規定だから、仮に日本の海上保安庁、警察に相当な被害が出たとしても、中 国は世界から批判されメンツ丸つぶれになる。おそらくそんなリスクを負うようなことは、中国はやらないだろう。
考えられるのは、空白ゾーン、グレーゾーンをついた奇襲だ。中国軍が落下傘で島に降下し、中国国旗を立て、テレビでそれが放映され、実効支配国が中国に、ということが起こりうる。日 本が防衛出動を発令できず、実効支配が中国ということになれば、日米安保の発動もない。この空白ゾーン、制度の不備ということが、国民の皆さんに考えてほしいことだ。
奇襲を抑止する方法がないわけではない。現在、P-3C哨戒機が尖閣諸島上空を警戒飛行している。しかし、これは任務で飛んでいるのではなく、防衛省設置法で規定されている調査研究活動としてだ。簡 単にできることではないが警戒飛行を夜間も含めた24時間飛行にして、警戒監視をしっかりやれば、起こり得る奇襲を抑止することはできる。
さらに、自衛隊の出動というのは最後の手段であってそうならない方がよいが、防衛出動の要件を見直することで抑止効果がある。ソ連軍の北海道上陸を想定した今の政府解釈はシンプルすぎる。少 なくとも尖閣のようなグレーな事案にはほとんど使えない。何をもって防衛出動するか標準を練り直すことが、政府の方針変更として、中国に対する明確な信号になり得る。