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【13-03】力を持って対抗すべきではない―向田昌幸元海上保安庁警備救難監が強調

2013年 6月19日 (中国総合研究交流センター 小岩井忠道)

 研究会「中国とどう付き合うか」を主催している日本記者クラブは2013年6月7日、長年、尖閣諸島を含む国境領海警備に当たってきた元海上保安庁警備救難監の向田昌幸氏を迎え、尖 閣諸島問題で攻勢を強める中国にどのように対応すべきか、聞いた。

 向田氏は、「棚上げ」を言いながら“約束違反”を繰り返してきたのは中国だ、と指摘する一方、海上保安庁を中心にしたこれまでの冷静な海上警備行動と政治・外交による対応の重要性を強調した。自 衛隊を防衛出動させるという選択については「力を持って対抗すべきではない」と否定的な考えを示した。

日本記者クラブウェブサイト:「 向田昌幸氏講演内容

向田昌幸(むかいだまさゆき)氏プロフィール

海上保安大学校卒。運輸省に入り海上保安庁警備救難部長、第八管区海上保安本部長な度を経て2011年制服組のトップである警備救難監に。
12年4月退官、同年9月から公益社団法人日本水難救済会理事長。
退官直前まで尖閣諸島、北方領土などの国境領海警備やシーシェパード、ソマリア海賊対応などを指揮する。

向田昌幸氏講演「海上保安官から見た尖閣問題―手詰まりの日本、その背景と選択肢―」概要

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 尖閣諸島に対する関心が急に高まったのは、1968年の国際連合アジア極東経済委員会(ECAFE)の海底調査で東シナ海の大陸棚に膨大な量の石油が埋蔵されている可能性が明らかになってからだ。実 際は当時、言われていた埋蔵量の30分の1くらいしかないようだが…。当時、すぐに米国も大きな関心を持ち、1969年に石油関連企業「ガルフ」が台湾から石油採掘権を得ている。1 971年に台湾と中国が相次いで尖閣諸島の領有権を主張した。領有権主張は台湾の方が半年早い。

 2008年12月に中国漁船による衝突事件が起きた直後、「領有権の棚上げという約束はあったのか」という国会の質問趣意書に対し、政府は明確に「そのような約束は存在しない」と答えている。こ れが最も確かな回答と私は信じている。島を実効支配している日本に棚上げする理由はないからだ。

 石油埋蔵の可能性が明らかにならなければ、台湾も中国も尖閣諸島に関心を持たなかった。1972年に行われた日中国交正常化のための日中首脳会談で、周 恩来首相が田中角栄首相に言ったとされている言葉からも、そのように伺える。その2カ前に行われた竹入義勝公明党委員長との会談でも、周首相は同じようなことを言っている。

 一方、1978年に日中平和友好条約の批准書交換のため訪日した鄧小平副首相は、日本記者クラブで行われた記者会見で、「棚上げがあった」ということを、念押しするように話した。「韜光養晦( とうこうようかい)。有所作為」という鄧氏の言葉がある。「力がつくまではじっと我慢をしておけ。出る時が来たら思い切って出て行け」。その後の動きは、まさにこの教えに従ったものということではないか。 

 中国流に言えば “尖閣奪還“ということになるのだろうが、中国の中長期戦略は4つの段階に分けられると考えている。まず、世界に向けて領有権主張ののろしを上げたのが第一段階。第2段階では、民 間の活動家が小型漁船を抗議船に仕立てて押しかけるようなった。鄧小平副首相が来日した同じ年の1978年には、100隻もの武装漁船が押しかけ、機銃を海上保安庁の巡視船に向けるということが起きている。3 段階目が2008年の中国漁船衝突事件。私は「中国漁船体当たり事件」と言ってほしいと思っているのだが…。この事件の2年前、2006年には、海洋調査船「海監」が日本領海内に入り、海 上保安庁の巡視船の退去要請に従わず9時間半にわたって領海内に居座るということもあった。

 国として領有権を主張し、さらには領有権を奪還するための活動を公然と始めた第4の段階が、今の状況と言える。私から見ると「棚上げ」を言いながら、“約束違反“ を繰り返しているのは中国ではないかということになる。

 海上保安庁は、国家の名の下に堂々と日本の主権を侵害してくるようになった中国の行為に対しても、警察力を執行する海上警備行動で対応してきた。領海内を無害で通行している船舶、国 内法に反する行動を取った船舶に対しては、国際法の根拠に乗っ取り、原則、領海外への退去を要求するということだ。また同じ国際法の規定では「無害でない航行、国 内法に反する行動を取った船舶に対してはしかるべく措置する」ことも可能とされている。漁船のような私船や私人に対してだけでなく、公船、軍艦に対しても退去要請はできるということだ。

 平時における警察力の行使を前提にしたこのような海上保安庁の海上警備行動では生ぬるい。海上自衛隊を出せ、という声もある。しかし、国内法に従う限り海上保安庁にできないことは自衛隊にもできない。で は、自衛隊に防衛出動させたらどうだ、と考える人がいるかもしれない。しかし、仮に島に上陸された時に防衛出動ができるだろうか。小 さな無人島をめぐって中国と戦争になるかもしれないということを覚悟して考えなければならない選択である。中国にとっては力と力の勝負は待ってました、ということにもなりかねないということだ。「 自衛隊に海上警備活動あるいは防衛出動を」といったことは軽々に言うべきではない。現場が力尽くで解決できるといった問題ではもともとない、という前提で、どうすべきか考えることが必要だ。

 中国は何のかんの言ってもまだ島の中に入ってくることまではしていない。日本の背後に米国が控えているのが一番の要因と考えられる。日米連携、日米同盟の重要性をよく分かっておくことが重要だ。しかし、ま るまる米国を信用するということでもいけない。尖閣問題のもともとの火種は何か。竹島や北方領土と同様、冷戦を控えた戦後の米国の国際戦略の中で残った火種が、今、日本を取り巻く領土問題、国 境問題となってきていると思う。沖縄返還の時も米国は、施政権だけ日本に返還したものの、尖閣諸島の領有権については冷静に関係当事国で話し合ってほしい、ということにした。

 米国は、あくまでも米国の国益に従い国益を最優先として、日本の国益と一致する時に日本の期待に応える。しかし、どんなことがあっても日本のために米国人の血を流すということではないだろう。そ れを日本人はしっかりと認識した上で、日米同盟と日米関係を考え、中国と対峙(たいじ)していくということが必要ではないだろうか。

 13億の中国国民の中に反日、好戦的な人たちもいるだろう。しかし、共産党一党支配体制をきちんと維持する中で、日本と事を構えては大変なことになるということは、中 国の指導者たちの多くも分かっているはずだ。中国の指導者たちが、国をどのように安定的に発展させていくかは、大変なことだと思う。

 中国の表面的で高飛車な攻勢に対して日本が力でもって対抗しようとすれば、反日、好戦的な人たちを勢いづかせるだけではないか。さらに汚職、腐敗といった国内問題もある。尖 閣について関心がなかった多くの人たちのこうした不満までが一挙に噴き出すことにもなりかねない。中国の実情に加え、中国と米国、日本と中国、台湾と中国との関係、さらにインドと中国、ロ シアと中国の関係といったものをグローバルに見て、中国が尖閣諸島という小さな島を取るために実力行使をするのがどういう局面か、を考える必要がある。100隻もの漁船が大挙して押しかけて来るようなことが、ま たあるかもしれない。しかし、日本はおたおたする必要はなく、どんと構えていればよい。

 現場では、冷静で静かな警備を海上保安庁が中心になってやっていく。次に政治・外交がしっかりと対応し、国民は現時点で一番大事なのは日米関係だということを踏まえて対処する、と いうことではないだろうか。