【15-10】詰め込み型から生活・伝統文化重視へ 中国民間教育者が報告
2015年 3月18日 小岩井 忠道(中国総合研究交流センター)
詰め込み型から生活・伝統文化重視の教育へ―。国際交流基金の知的交流強化事業で招かれた中国の民間教育者4人が3月16日、同基金で中国での教育改善の取り組みを紹介し、日 本の教育関係者たちと意見交換した。
4人は、民間レベルで中国の教育の質向上や、地域によって大きな差がある子供たちの教育環境改善のため、それぞれユニークな活動を展開している。元ジャーナリストの黄勝利氏は、中 国では珍しい民間のシンクタンク「21世紀教育研究院」の執行院長を務める。北京や上海といった沿岸部の大都市では欧州並みの教育が行われているのに対し、西 部の農村部と教育環境で格差が生じている現実を紹介した。
中国の教育のレベルが高いことは、経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)で、上海がトップの成績を収めている事実から裏付けられている。1 5歳3カ月~16歳2カ月の生徒を対象に参加各国一斉に行われる同調査で、上海の生徒たちは2009年に続き12年の調査でも、調査分野である「数学」「読解力」「科学」全てで1位の成績を収めている。しかし、黄 氏は日本でノーベル賞受賞者が輩出していることに触れ、「中国の現状は才能を引き出す教育になっていない」と教育全体に関わる問題点を指摘した。
21世紀教育研究院は、教育に関心を持つ民間企業など社会の力を集めて、教育問題を研究し、変革を推進している。北京大学、清華大学、上海交通大学など中国を代表する大学の教授たちも名を連ねる同院「 学術委員会」の委員リストを示し、「教育問題を心配するこれらの研究者たちが、政府内では行えない研究に協力している」と黄氏は語った。これまで行った政策研究や提案は、大学入試改革、農 村教育研究など多方面にわたり、「教育情報週刊」や「教育政策研究速報」など出版事業にも力を入れているという。
黄勝利氏
戚占能氏
小学生を主な対象として2009年に創設された学院「継光書院」の院長、戚占能氏が強調したのは、伝統文化の大切さだった。日 本が近代化によっても伝統文化を見失わなかったのに対し、中国は軽視している、との見方を示し、「正統な学問の伝統を受け継ぎ、現代社会に向けた実務につける人材を養成する」という教育理念を紹介した。人 間育成と道徳教育を重視していることも明らかにし、「とりわけ児童に正しい品格を養うなどの伝統的人材育成教育に力を入れてきた」ことも強調している。
訪日団の団長、楊国瓊・北京市西部陽光農村発展基金会顧問は、民間教育者としての活動暦が長い。大学卒業後、少数民族地区の小学校教育や、能力開発に関するNGOの活動に加わり、雑誌「NPO縦横」の 編集者などを経て、西部農村地域の教育支援を目的とする北京市西部陽光農村発展基金会に参加した。
楊氏によると2003年に小学校の教育費無料政策が打ち出された結果、だれでも小学校に入学することは容易になった。しかし、中国西部、甘 粛省のデータによると小学校で合格点を取った生徒の割合は2007年時点でも非常に少なく、農村地域では就学前に学習する習慣がないことが原因と分った。農村から都会へ出稼ぎに出かけた親を持つ「留守番児童」た ちは、親から教育される機会もない。
2003年に西部の教育実情を知らせる写真展が北京の11カ所の高等教育機関で開かれたのが、06年の基金発足につながる。その後、無 人家屋や空き教室を利用し就学前の幼児のために遊びと学びの場をつくる農村幼稚園プロジェクト、幼児を教える教師の訓練プロジェクトなどを次々に立ち上げる。さらに大学生をトレーニングして1年間、農村に派遣、出 稼ぎに出た親の子どもたちの面倒をみてもらう。農村教師を師範大学で集中訓練、あるいはインターネット学習プラットホームによる職場内での研修、東部の優秀な教師を西部辺境地区に派遣して教師を集中訓練...と いった支援策も次々に実行されている。
こうした基金の支援活動によって、甘粛省では現在61カ所の幼稚園が独立採算で運営され、6,000人余りの留守番児童たちの面倒をみている。また、訓 練や研修で教育能力を向上させられた農村教師も約3,200人に上る。さらに農村に定住したボランティアが、仮親として寄宿舎生活を送る留守番児童9,000人余りの面倒を見ている、という。
張冬青氏
楊国瓊氏
21年前、中国初の民間環境保護団体として政府に認可された「自然の友」が環境教育のためにつくった「ガイヤ自然学校」の環境(自然)教育講師・指導員、張冬青さんは、体 験を知識に転換していくことの重要性を強調した。自然の友は日本との交流も深い。「試験や就職など目の前のことより、生活の中で人間が成長していくことを重視する」と、今 回の訪日で印象に残った日本の教育についての感想を述べた。
4人の民間教育者たちは3月10~15日の日本滞在中に小学校や学習塾、経済的に苦しい家庭の子供を支援するNPO法人、自然体験教育を実践している長野県のNPO法人などを訪れている。興 味深いのは張さんに限らず4人全員が、日本の教育に対して同様の肯定的な感想を表明していたことだ。教育の平等性と、詰め込み型ではなく生活や子供の成長を重視していることを高く評価している。
李妍焱氏(提供:国際交流基金)
報告会のモデレーターを務めた李妍焱駒澤大学文学部教授は、こうした感想について、平等への追求と質を高めるためのイノベーションが、中国の教育にとって二大課題となっていることを裏付けるもの、と の見方を示した。李氏は総括コメントとしてさらに次のように述べた。
「日本では中国のような都市と農村との教育格差は少ないが、家庭の階層や状況による教育の格差が拡大しつつある。教育のイノベーションに関しても政策が振り子のように定まらず、中 国と課題を共有しているといえる。学ぶ意欲をどう育てるか、情報社会にどう適応させるかなど、ほかにも共通の課題が多い。日本の体験型環境教育を吸収したり、中国の伝統思想に答えを求めたり、教 育NGOの育成をしたりする中国の民間教育者たち。政府の政策に働きかけるだけではなく、『教育は私たち一人一人の責任だ』と民間の教育力を集結しようとする彼らの姿勢から、日 本側も学ぶことが多いのではないだろうか」
関連サイト
- 国際交流基金ウェブサイト 座談会「 中国の教育をめぐる新たな取り組み―日本との比較を交えながらー」
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