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【25-14】トランプ関税と人民元為替レートの動向

2025年04月24日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 アメリカのトランプ大統領は2025年4月2日に世界各国に対する「相互関税」の発動を公表した。米中間では互いに高率の関税をかけあう事態に発展している。そうした中、人民元の為替レートの動向とその意味合いについて考えてみたい。

トランプ大統領の「相互関税」

 トランプ大統領の「相互関税」とは、貿易相手国がアメリカに対して関税や非関税障壁などでアメリカからの輸入を抑制している場合に、それと同等の効果を持つ関税をアメリカがその国からの輸入に対して課するというもので、4月2日に公表され4月9日発動とされた。全輸出国に対して10%の関税を課したうえでさらに個別の国に対して追加的な関税を課するもので日本に対する関税は24%とされた。中国に対しては34%であった。日本をはじめ大多数の国々はアメリカとの間で交渉を望んだが、中国は直ちに対抗措置としてアメリカからの輸入に対する関税を34%引き上げると公表した。4月9日になってアメリカは交渉を望んだ国に対しては追加的な部分の関税を90日間停止すると公表し、日本に対する関税率は10%のみとなった。一方で報復措置をとった中国に対してはさらに関税を引き上げ、これに中国も関税の引き上げで応じたため、4月10日にアメリカの対中国関税は145%、4月12日に中国の対アメリカ関税は125%となった。その後、米側の発言がiPhoneなどに対する関税を免除するとしたり、やはり半導体関税という形でiPhoneなどに対する課税は行うとしたりと二転三転しているが、米中間の貿易が非常に困難な状態になったことは間違いない。

人民元為替レートの動向

 こうした中、4月に入ってから人民元為替レートが特徴的な動きを示している。まず、ユーロの対ドルレートは4月1日の終値1ユーロ=1.0793ドルから4月18日の終値1.1393ドルへと、変動率でみて5.5%のユーロ高となった(図1)。同じ時期に円の対ドルレートも1ドル=149.61円から142.18円へと5.2%の円高となった。このようにユーロなど主要通貨の対ドルレートが大幅に増価した場合、人民元の対ドルレートも人民元高方向に推移するのが通例である。しかし、同時期の人民元の対ドル基準レートは1ドル=7.1775元から7.2069へと0.4%の人民元安となった(図1)。

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 これまでもこのコラムで述べてきた通り( 2024年5月のコラム 参照)、人民元の為替レートは中国人民銀行によって金融政策の手段としてバスケット通貨に対する変動がコントロールされている。人民元のバスケット通貨に対する変動の状況は、中国外貨交易センター(CFETS)が公表するCFETS指数によっておおよそ把握することができる(図2)。例えば、2021年から2022年の春までは、輸入原材料の価格上昇が国内価格を押し上げることを抑制するため、バスケット通貨に対して人民元高方向とし、2022年春以降は経済成長の鈍化に対応し輸出を促進するため、人民元安方向としてきた。そして2023年7月以降は経済状況が比較的落ち着いてきたことから、それまでの引き下げを修正して大枠としてのフラットな変動に戻すため、バスケット通貨に対して緩やかな上昇基調にあった。

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 4月21日に公表された4月18日のCFETS指数は96.14であり、4月3日の98.77から2.7%の人民元安となった。図2で見ると、それまでの緩やかな上昇基調のトレンドから大きく人民元安方向に逸脱している。これは、前述のようにユーロや円が対ドルで増価する中、人民元が対ドルでもわずかながら減価したことから生じた動きであるが、その結果、人民元はユーロや円に対しては大きく人民元安となった(図3、図4)。

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人民元為替レート変動の意図

 中国人民銀行は政策意図に沿って人民元の為替レートの変動をコントロールしている。今回のCFETS指数の低下には当局の意図が存在する。人民元は米ドルに対しても安くなっているがその低下幅は0.4%と非常に小さく、145%という関税に対抗するにはほとんど意味がない。中国当局は対米輸出が急減することは覚悟しているのだろう。一方、ユーロや円に対して人民元は大幅に低下している。対米輸出の減少をアメリカ以外の国々への輸出を増やすことによって少しでも補おうとしていると見ることができる。日本は今後人民元安に伴う中国製品の輸入急増を想定すべきかもしれない。

(了)


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