【25-17】国際通貨体制等の在り方と人民元国際化
2025年06月27日

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
中国人民銀行の潘功勝総裁は、6月18日に行った講演において、国際通貨体制等の在り方と人民元の国際化についての考え方を示した。その内容を検討してみたい。
国際通貨体制について
潘総裁は、6月18日に上海の金融街である陸家嘴で行われた2025年陸家嘴フォーラムにおいて「グローバル金融ガバナンスに関する若干の考え方」と題する講演を行った。潘総裁は最初に国際通貨体制の問題について概要を以下のように述べた。
歴史的にみて国際的主導通貨は変化してきたが、第二次世界大戦後は米ドルが主導的地位を確立し現在に至っている。国際的主導通貨はグローバルな公共財の性質を持つ。一国の主権通貨がその役割を担うことには本質的に不安定性が存在する。第一に、当該国自身の利益とグローバルな公共財としてのあり方に矛盾が生じたとき、主権通貨国は自国の利益をより重視し、グローバルな公共財の提供に影響が及ぶ可能性がある。第二に、主権通貨国のマクロ経済運営において構造的矛盾が累積し、それが金融リスクの形で世界に影響を与え、極端な場合は世界金融危機に発展する可能性がある。第三に、地政学的ショックが生じ、国家安全保障の問題や戦争に至った場合、国際的主導通貨は容易に利用できる手段となり、武器と化す可能性がある。現在は地政学的要因が高まっており、新たな議論が生じている。
一つ目の動きは、単一の主権通貨への過度な依存をどのようにして減少させ、少数の主要な主権通貨による良性競争とインセンティブ制約メカニズムを形成するかというものである。欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は最近の講演で、多数の国家の協力による国際システムは現在激変の中にあり、米ドルの主導的地位の不確実性が上昇し、ユーロが国際システムにおいてより重要な役割を果たす可能性が高まってきたと述べている。国際通貨体制において、過去20数年間の大きな出来事の一つは、1999年に誕生したユーロが世界の外貨準備に占める比率が現在米ドルに次ぐ20%に達したことであり、もう一つは2008年の世界金融危機以後、人民元の国際的な地位が上昇したことである。人民元はすでに世界第2位の貿易金融通貨、第3位の支払い決済通貨となった。また、IMFの特別引き出し権(SDR)の構成通貨の中で第3位のウエイトを占めている。将来、いくつかの主要通貨が併存する体制になる可能性がある。単一の通貨であれ、少数の通貨であれ国際的主導通貨となる場合、当該主権通貨国は相応の責任を負う必要があり、国内の財政規律や金融監督を強化し、経済構造の改革を進めなければならない。
二つ目の動きは、超主権通貨を国際的主導通貨とする方向である。候補としてはIMFのSDRが挙げられる。理論上、SDRを使用することによって単一の主権通貨が国際的主導通貨となる場合の問題点を克服できる。しかし、SDRが国際的主導通貨になるには国際的な合意とけん引力が不足している。また、市場の規模や深さ、流動性も十分ではない。今後、発行規模を拡大し、民間部門での利用を促進するなどが必要である。
クロスボーダー決済システム
第二の話題として潘総裁は、クロスボーダー決済システムを取り上げ、概要を以下のように述べた。
近年、伝統的なクロスボーダー決済システムの問題点が次第に明らかになってきた(SWIFTとコルレス銀行からなる伝統的クロスボーダー決済システムについては 2022年3月のコラム を参照)。第一に伝統的クロスボーダー決済システムは新しいデジタル技術と比べ世代格差があり、効率の低さ、コストの高さ、普及の難しさなど速やかに解消すべき問題が存在する。第二に、クロスボーダー決済においては異なる法律や監督枠組みの間の協調を図ることが必要である。第三に、地政学的要因が激しさを増す中、伝統的クロスボーダー決済インフラは容易に政治化、武器化され、一方的制裁の道具として利用され、国際経済金融秩序を破壊している。
こうした中、新しいクロスボーダー決済システムは以下の方向へと発展してきている。
第一に、多元化である。通貨の種類について、より多くの国々が自国通貨を使って決済し、多種の通貨の国際的な利用を促進している。単一の通貨が国際主導通貨という状況は徐々に改変されつつある。決済経路という面でも、新しいクロスボーダー決済システムや地域的な多国間決済システムなどが次々と誕生している。中国では10年余りを費やして多経路で広範囲をカバーする人民元クロスボーダー決済システム(CIPS)を建設した(CIPSについては 2022年3月のコラム を参照)。
第二に、決済システムの相互連結性の向上である。多くの国家・地域が決済システムの運行時間を延長し、国際的に通用するメッセージ方式を採用しており、決済システム間の連携を促進し、効率を高めコスト低減を図っている。アジア域内の国家と地域ではQRコード決済の連携によってリテール決済の簡便性が高まっている。
第三に、ブロックチェーンや分散型台帳など新技術の応用が進んでいる。これら新技術が中央銀行デジタル通貨やステーブルカレンシーの発展を促進している。
金融システムの安定と国際金融機関のガバナンス
潘総裁は、第三の話題として国際的な金融システムの安定の問題を、そして第四の話題として国際金融機関のガバナンスの問題を取り上げて講演を終えている。
金融システム安定の問題については、各国間の通貨スワップ網の拡大や銀行の自己資本比率規制を強化するバーゼルⅢの進展を訴えた後、デジタル通貨や非銀行金融仲介機関に対する監督規制が不十分であることを指摘している。
国際金融機関のガバナンス問題については、IMFや世銀などの主要国際機関と一部の地域性国際金融機関において、各国の拠出額や投票権の調整が充分行われておらず、個別の国が一方的な政策を実施していると指摘し、発展途上国や新興市場の発言権を増すことが必要であると主張している。
国際通貨体制と人民元国際化
以上の潘総裁の発言では中国政府の国際通貨体制と人民元国際化に対する以下のような方針が示されている。
まず、米ドルが唯一の基軸通貨として機能している現在の国際通貨体制を好ましいものではないと位置づけ、それを変えていこうとしている。改変の方向として、第一にドルに加え人民元とユーロという少数の主要通貨が基軸通貨の役割と責任を分担する方向、第二に特定の国の通貨ではなく、IMFのSDRのような特定の主権国家に属さない超主権通貨の国際的な利用を促進する方向を同時に進める方針が示された。第一の方向に従って人民元の国際化をより一層進展させるためには国際的な人民元の利用を不便にしている中国の資本取引規制を大幅に緩和する必要がある。しかし一方で資本移動の大幅な自由化には資本流出や、人民元為替レート管理が困難化するリスクが存在するため、実際には中国としても慎重に対応せざるを得ないであろう。
また、国際的な決済システム面でも、従来のコルレス銀行とSWIFTを利用した決済システムの在り方に疑問を呈している。ドルを中心とした国際通貨体制の下で従来の決済システムがアメリカの金融制裁の手段として利用されているからである。そうした中で潘総裁は従来の決済システムと異なるものとして人民元のクロスボーダー決済システム(CIPS)の発展状況に触れ、中央銀行デジタル通貨の現状についても言及した。ここでもCIPSやデジタル人民元によるクロスボーダー決済を発展させ人民元の国際化を進めることによって米ドル中心の現在の国際決済システムを変更しようという方針が示されている。
今後、人民元の国際化に向けて中国が資本移動規制の大幅な自由化を進めるかどうか、様子を見る必要がある。日本としては人民元国際化の進展状況を注意深く観察し、円の国際化についても検討を進めるべきであろう。
(了)