【25-24】人民元の国際化の状況
2025年10月29日

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
国際決済銀行(BIS)は2025年9月30日に、3年に1度の外国為替取引高の統計を公表した。また、IMFは2025年10月1日に公的外貨準備統計を更新した。今回はこれらの統計を眺めて人民元の国際化の状況について考えてみたい。
BISの外国為替取引高統計
BISの外国為替取引高の統計によると、2025年4月における全世界の一日平均外国為替取引高は9兆5950億ドル(約1440兆円)に達し、3年前の7兆5080億ドルから27.8%の増加となった。これを通貨別にみると、米ドルが8兆5600億ドルで全体に占めるシェアが89.2%、ユーロが2兆7730億ドル、同28.9%、円が1兆6100億ドル、同16.8%、英ポンドが9810億ドル、同10.2%、人民元が8170億ドル、同8.5%となっている。これらの合計金額が取引高合計を上回り、シェアが100%を超えているのは、1つの取引に売買双方の通貨が登場し、全体の合計シェアが200%となるからである。人民元は3年前の5240億ドルから増加し、シェアも7.0%から8.5%に拡大したが、順位は5位のままにとどまった(表1)。
| (出所)BIS | ||||||||||||
| 2010年4月 | 2013年4月 | 2016年4月 | 2019年4月 | 2022年4月 | 2025年4月 | |||||||
| シェア | 順位 | シェア | 順位 | シェア | 順位 | シェア | 順位 | シェア | 順位 | シェア | 順位 | |
| 米ドル | 84.9% | 1 | 87.0% | 1 | 87.6% | 1 | 88.3 | 1 | 88.4 | 1 | 89.2 | 1 |
| ユーロ | 39.1 | 2 | 33.4 | 2 | 31.4 | 2 | 32.3 | 2 | 30.6 | 2 | 28.9 | 2 |
| 日本円 | 19.0 | 3 | 23.0 | 3 | 21.6 | 3 | 16.8 | 3 | 16.7 | 3 | 16.8 | 3 |
| 英ポンド | 12.9 | 4 | 11.8 | 4 | 12.8 | 4 | 12.8 | 4 | 12.9 | 4 | 10.2 | 4 |
| 中国人民元 | 0.9 | 17 | 2.2 | 9 | 4.0 | 8 | 4.3 | 8 | 7.0 | 5 | 8.5 | 5 |
| スイスフラン | 6.3 | 6 | 5.2 | 6 | 4.8 | 7 | 4.9 | 7 | 5.2 | 8 | 6.4 | 6 |
| 豪ドル | 7.6 | 5 | 8.6 | 5 | 6.9 | 5 | 6.8 | 5 | 6.4 | 6 | 6.1 | 7 |
| カナダドル | 5.3 | 7 | 4.6 | 7 | 5.1 | 6 | 5.0 | 6 | 6.2 | 7 | 5.8 | 8 |
| 香港ドル | 2.4 | 8 | 1.4 | 13 | 1.7 | 13 | 3.5 | 9 | 2.6 | 9 | 3.8 | 9 |
| 合計 | 200.0 | 200.0 | 200.0 | 200.0 | 200.0 | 200.0 | ||||||
| 合計取引高 (10億ドル) |
3,973 | 5,357 | 5,066 | 6,581 | 7,468 | 9,595 | ||||||
IMFの公的外貨準備統計
IMFの全世界の公的外貨準備の通貨別統計によると、人民元はIMFの特別引き出し権(SDR)の構成通貨となった2016年10月以降、世界各国で公的外貨準備として保有され始めた。その後、2021年末に3370億ドル、シェア2.8%まで順調に拡大したが、その後は減少に転じ、2025年6月末には2550億ドル、シェア2.12%に低下した。
順位については、2021年末にはSDR構成通貨であるドル、ユーロ、円、英ポンドに次ぐ5位だったが2025年6月末ではSDR構成通貨ではないカナダドルに抜かれ6位となっている(表2)。この間、ドルのシェアも低下しており、近年の地政学的リスクの高まりによって、ドルや人民元を保有することのリスクが意識され始めているのかもしれない。
| (出所)IMF | ||||||||||||||||
| 2015年末 | 2016年末 | 2020年末 | 2021年末 | 2022年末 | 2023年末 | 2024年末 | 2025年6月末 | |||||||||
| シェア | シェア | シェア | シェア | シェア | シェア | シェア | シェア | |||||||||
| ドル | 4.873 | 65.7 | 5,501 | 65.4 | 6,990 | 58.9 | 7,085 | 58.8 | 6,460 | 58.5 | 6,690 | 58.4 | 6,629 | 57.79 | 6,773 | 56.32 |
| ユーロ | 1,419 | 19.2 | 1,611 | 19.1 | 2,526 | 21.3 | 2,481 | 20.6 | 2,252 | 20.4 | 2,284 | 19.9 | 2,275 | 19.84 | 2,540 | 21.13 |
| 円 | 278 | 3.8 | 332 | 4.0 | 715 | 6.0 | 665 | 5.5 | 611 | 5.5 | 651 | 5.7 | 667 | 5.81 | 670 | 5.57 |
| 英ポンド | 349 | 4.7 | 365 | 4.3 | 561 | 4.7 | 579 | 4.8 | 543 | 4.9 | 557 | 4.9 | 542 | 4.73 | 580 | 4.83 |
| 人民元 | 90 | 1.1 | 271 | 2.3 | 337 | 2.8 | 287 | 2.6 | 262 | 2.3 | 249 | 2.18 | 255 | 2.12 | ||
| カナダドル | 131 | 1.8 | 163 | 1.9 | 246 | 2.1 | 286 | 2.4 | 262 | 2.4 | 296 | 2.6 | 318 | 2.77 | 313 | 2.61 |
| 豪ドル | 131 | 1.8 | 142 | 1.7 | 216 | 1.8 | 221 | 1.8 | 217 | 2.0 | 245 | 2.1 | 235 | 2.05 | 250 | 2.09 |
| その他共計 | 10,932 | 10,720 | 12,702 | 12,928 | 11,921 | 12,343 | 12,364 | 12,944 | ||||||||
BISとIMFの統計を見る限りでは、GDP世界第2位、貿易額世界第1位の中国に見合ったものではなく、国際的に幅広く利用されるという意味での人民元の国際化が十分進展しているとは言えない。
建値通貨と決済通貨の差異
人民元の国際化に関連して、2025年9月のコラム で紹介したIMFスタッフのワーキングペーパーに興味深いデータが示されている。同ペーパーは国際貿易における建値通貨について分析したものだが、価格を表示する建値通貨と実際に支払いに使用する決済通貨は多くの場合一致する。しかし同ペーパーでは、試算としつつ中国の輸出・輸入についての決済通貨の人民元建て比率は建値通貨の人民元建て比率を大きく上回っている可能性があることが指摘されている(図)。
これは、例えばある商品が中国から輸出される場合、その価格は米ドル建てで決められているが、支払いは米ドルと等価の人民元で行われる場合が多いということを意味する。筆者は人民元の国際化を、第1に世界で幅広く利用されるという意味での国際化、第2に中国自身の対外受払通貨における人民元比率を高めるという意味での国際化の2つに分けて考えてきた(2023年11月のコラム 参照)。そして中国はまず、第2の意味での人民元国際化を進めてきたが、その理由として、対外決済通貨の過度の米ドル依存には為替リスクやアメリカからの金融制裁のリスクが存在するからだと指摘した。しかし、為替リスクの低減を重視するのであれば、建値通貨を人民元建てとすることがより重要である。中国が建値通貨を人民元建てにすることよりも決済通貨を人民元とすることに重点を置いてきたとするならば、為替リスクよりもドルによる決済をストップされるという金融制裁のリスクをより重視してきたからと考えられる。金融制裁のリスクは最近の地政学的リスクの高まりによって注目されてきたが、もしそのように考えることが正しければ、中国は2009年に人民元の国際化を開始して以来一貫して国家安全保障の観点から金融制裁のリスクをより重視してきたことになる。
今後の国際通貨システムの在り方を考える場合、地政学的観点あるいは国家安全保障の観点は欠くことのできない要素になったといえよう。
(出所)Emine Boz et al. "Patterns of invoicing currency in global trade in a fragmenting world economy" IMF Working Paper, Sept, 2025.