【25-26】第15次五カ年計画と人民元国際化
2025年11月25日

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
2025年10月20日から23日の間、中国共産党第20期中央委員会第4回全体会議(四中全会)が開催された。そこでは第15次五カ年計画の建議が提出された。一方、中国人民銀行は10月30日に人民元国際化報告を公表した。今回は、この二つの文書にみられる人民元国際化に対する方針について検討してみたい。
第15次五カ年計画の建議
今回の四中全会で提出された2026年から2030年までの第15次五カ年計画の建議では、5年間の経済成長の具体的な数値目標は提示されておらず、2020年に長期の目標として提示された「2035年に一人当たりGDPの水準を中等先進国のレベルに達する」という表現が建議本文の「二、(6)経済・社会発展の主要目標」の部分で再び使用された。建議の本文では数字は明示されていないが、政府の解説資料によると、一人当たりGDPが2万ドル(1ドル=約157円)の水準に到達することが想定されているようである。そうした中で、人民元の国際化については、建議本文の「七、ハイレベルの対外開放を拡大し、協力・ウインウインの新たな局面を切り開く」の「(21)自主的開放を積極的に拡大する」において、「人民元国際化を推進し、資本収支項目の開放水準を高め、自主的・コントロール可能な人民元クロスボーダー決済システムを構築する」とされている。5年前の第14次五カ年計画では「穏健・慎重に人民元国際化を推進する」と表現されていたことと比べると、人民元国際化をより強く推し進めようとする姿勢であることが窺える。また人民元国際化と関連して、「六、ハイレベルの社会主義市場経済体制の構築を加速し、質の高い発展の原動力を強化する」の中の「(20)マクロ経済ガバナンスの効果を向上させる」において、「デジタル人民元を着実に発展させる」という方針が示されている。
人民元国際化報告
10月30日に公表された人民元国際化報告では、まず、冒頭で商品貿易について2024年の全体の貿易額に占める人民元決済の比率が27.2%、2025年1~6月では28.1%となり、2023年の26.5%から上昇したことが示されている。先に公表された第15次五カ年計画の建議との関連では、最終章の第7章「今後の展望」の中の「五、自主的・コントロール可能な人民元クロスボーダー決済システムを建設する」において、次のように述べられている。
「人民元クロスボーダー決済システム(CIPS)のネットワークがカバーする範囲を拡大し、より効率が高く、便利で高速な人民元決済サービスを提供することを支持する。高速決済システム(FPS)やQRコード決済のクロスボーダーの相互リンクを秩序よく進めて行く。(銀聯カードの国際展開を行う)銀聯国際の処理ネットワークのカバー範囲を拡大し、サービス能力を向上させる。中国を訪れる外国人に対する決済サービスを引き続き改善する。デジタル人民元のクロスボーダー決済における使用を研究し推進する」
自主的・コントロール可能な人民元クロスボーダー決済システム
以上の二つの文章で示された「自主的・コントロール可能(中国語で「自主可控」)な人民元クロスボーダー決済システム」とは、中国が管理運営し、他国の干渉を受けないシステムという意味と考えられる。2022年2月のロシアのウクライナ侵攻を受けてアメリカやヨーロッパ諸国、日本などはロシアに対する金融制裁を行ったが、このような金融制裁を回避できるようにすることが主な目的であろう。CIPSでは間接参加銀行が直接参加銀行に依頼して、直接参加銀行がCIPSに有する口座間の振替を行うことによって人民元のクロスボーダー決済が行われる。CIPSの業務規則によると、中国国内の直接参加銀行はCIPSと専用回線で結ばれており、海外所在の直接参加銀行はCIPSと専用回線またはその他の方式で接続している。ここで「その他の方式」というのは、国際的な決済情報伝達の大部分が行われるシステムであるSWIFTを利用して直接参加銀行とCIPSの間の情報伝達を行うことを指している。ロシアに対する金融制裁ではロシアの銀行がSWIFTから排除され、SWIFTを利用した国際決済が不可能となった。中国の銀行がSWIFTから排除されると、自国通貨である人民元を使った決済についても困難となる可能性がある。したがって、海外直接参加銀行とCIPSに間の接続について専用回線での接続を増やし、さらに、専用回線でつながった直接参加銀行の所在する国の数も増やして、他国の干渉を受けない人民元決済の範囲の拡大を推進しようという方針であると考えられる。
デジタル人民元のクロスボーダー決済における使用
デジタル人民元によるクロスボーダー決済システムの構築も、他国の干渉を受けず、金融制裁を回避できる手段の一つである。中国は香港、タイ、UAE、サウジアラビアの5か国・地域でmBridgeとよばれる中央銀行デジタル通貨による多国間の決済システムの構築を進めており、既に実際の送金が行われている(mBridgeについては 2024年6月のコラム を参照)。また、中国人民銀行の潘功勝総裁は2025年6月18日に上海の金融街である陸家嘴で行われたフォーラムにおいて、上海に「デジタル人民元国際運営センター」を設立することを公表した。同センターはデジタル人民元のクロスボーダーの利用によって人民元の国際化を推し進める役割を持つものと考えられる。
人民元国際化の今後の展望
中国は、金融制裁の回避を主目的に人民元の国際化のペースを加速させる方針を明確にしてきている。もちろん、そのためには資本移動規制の大幅な緩和が必要と考えられるので、中国としては資本流出のリスクも勘案しながら進めて行くことになろう。しかし、人民元の国際化がさらに進むと、東南アジアの一部の国やグローバルサウスの国々など必ずしも親米とは言えない地域では、人民元の利用が増大していく可能性がある。共通通貨ユーロ誕生前のヨーロッパではドイツマルクが準基軸通貨として機能していた。人民元も前記の国々や地域で広く使用される可能性があり、日本もこれらの国々との取引で人民元を利用する機会が多くなるかもしれない。そうすると今度は日本が中国から金融制裁を行われて人民元を使えなくなり、これらの国々との取引が困難となる可能性が否定できない。日本は国家安全保障の観点から、円の国際化についてもう一度真剣に検討すべきではないだろうか。
(了)