日中の教育最前線
トップ  > コラム&リポート 日中の教育最前線 >  【07-03】周恩来総理の遺志を継ぎ、日本語人材を育て続ける~北京月壇中学校訪問記~

【07-03】周恩来総理の遺志を継ぎ、日本語人材を育て続ける~北京月壇中学校訪問記~

2007年3月20日

馬場 錬成(中国総合研究センターセンター長)、内野 秀雄(中国総合研究センター フェロー)

 北京で唯一日本語が必修科目になっている、有名な北京市立月壇中学校を訪問した。「故宮博物院」で世に知られる世界最大の宮殿の遺構である「北京紫禁城」に程近い閑静なオフィス街の一角にたたずむ同校は、10年ほど前に橋本元首相夫人が訪問している。また最近では2006年10月に安倍首相の訪中に伴い、昭恵首相夫人が訪問したので話題を呼んだが、応対に出た先生方の表情にも和やかな雰囲気が漂っていた。

 校門をくぐると、正面玄関の建物に金色文字で大きく書かれている「団結勤奮開拓」の6文字に目を奪われる。「団結・勤勉・開拓」を意味するこの6文字がこの中学校の校訓である。

 「今日は校長が区の教育委員会の重要な会議に出かけているので、校長に代わって皆さんのご来訪を歓迎します」と出迎えてくれたのは外事弁公室の盧春侠主任である。「普通の中学校には外事弁公室という組織がないが、ここは日本との交流が多いので、特別に設けている」と盧主任は説明しながら我々を応接室に案内してくれた。

photo

 中国で「中学(中学校)」という場合は、中学校と高校が同じキャンパスに一緒にあるのが普通で、北京月壇中学校も同様である。学年が違うのと、中学から高校に進学する時に、日本と同様に入試がある以外は、学校内で中学と高校との区別が殆ど感じられない。

 北京月壇中学校は1963年に創設された公立中学校であるが、日本語教育を始めたのは、日中国交が回復した1972年である。「日中友好を子々孫々まで続けさせるため、青少年の時から教えなければならない」という当時の周恩来総理の指示によって、北京月壇中学校を含む幾つかの中学で日本語教育が始められた。しかし、後に他の数校は日本語をやめ、人気のある英語、ロシア語に統合したが、北京月壇中学校だけが日本語教育を堅持し、今日まで40数年間周総理の教えを守り、多くの日本語人材を育み、日中青少年交流の輪を広げてきた。

 北京月壇中学校は1985年から日本の修学旅行生を受け入れるメンバー校になっている。日本から多い年には年間6000人以上の中・校生や教師たちを受け入れており、これまで日本全国から訪れた学校の数は100を超えている。また、同校も1988年から日本への派遣を始め、200名を越す生徒と教師が日本を訪れ、各地の姉妹校と友好交流を深めている。

photo

 北京月壇中学校は、中学と高校を併せて20のクラス、900名近くの生徒と105名の教職員がいる。中学は中1から中3までが各3クラス。高校は今年高1が3クラスで、高2と高3が各4クラスになっている。高2の時、文系と理系への大学入試に備えるため、クラスが文系と理系に分かれて、3クラスを4クラスに再編することがある。

 同校は中1から高3まで日本語が必修科目になっており、日本語授業は一日1時限、週5時限ある。同校の高校への進学者は、一定レベル以上の日本語能力が要求されるので、既に同校の中学で3年間日本語を学んだ生徒たちが試験を受けて進学しているのが殆どである。また、同校は中1から中3までを対象に、日本語と英語のバイリンガル教育実践を2001年から取り入れている。希望する生徒だけがバイリンガルクラスに編成され、日本語授業の他に、一日に1時限、週5時限の英語授業を受けることができる。

 同校は理科教育にも力を入れている。先進的な物理、化学、生物などの実験室を備えており、日本政府の無償資金援助でLL電化教室も整備している。また、同校の日本語学科の教師は全員中国の外国語大学を出ており、JICAの国際交流基金などを利用してそれぞれ日本の大学や短大などで数ヶ月から1年程度の研修を受けている。

photo

 北京月壇中学校は毎年90%以上の高い大学進学率を誇っている。重点大学への進学率は50%を超えている。北京大学清華大学、人民大学などの超一流名門大学にも毎年数名の卒業生が入学している。</div>

 北京月壇中学校には、日本の2人の首相夫人が訪問しているほか、1996年、時の外務大臣池田行彦氏が「日本と中国の青少年の文化交流促進に尽力され、日本と諸外国との友好親善に寄与された」功績を称え、表彰状を授与しており、また3人の中国駐在日本国大使がそれぞれの任期中に同校の交流イベントに参加している。中国の一公立高校が日本政府からこれほど手厚い配慮を受ける前例は他にないが、北京月壇中学校が日中友好親善のためになされた地道な貢献から言えば当然であろう。

photo

 廊下ですれ違う時、「こんにちは」と生徒たちがみな日本語できちんと挨拶してくれた。授業中の教室をのぞくと、教師がどうぞと言う。「こんにちは」と小さな声で遠慮がちに言ったら、大きな声で「こんにちは」と返ってきたのにはびっくりした。たまたま体育の授業だったので、校庭に見学に出てみたら、生徒たちが嬉しさにはちきれんばかりにわっと集まってきてくれた。どの子も日本語を話す。簡単な世間話なら十分に会話ができる。次の世代を担う純粋で活気と希望に満ちた若者を日本でも中国でもたくさん育てて、日中友好の輪をますます大きく広げていかなければならないとしみじみ感じた。

photo5