【13-05】「孔子学院発展計画」-今後の中国語・中国文化普及事業の方向性
2013年 6月 4日
新井 聡:
文部科学省 生涯学習政策局 調査企画課 専門職
略歴
1998年 埼玉大学文化科学研究科文化構造専攻 修了
2003年 ロンドン大学東洋アフリカ学院 人類学・社会学部博士課程 退学
2005年 在アゼルバイジャン日本国大使館草の根・人間の安全保障無償資金協力外部委嘱員
2009年 文部科学省生涯学習政策局調査企画課専門職
はじめに
2013年3月、教育部(中国教育省)は「孔子学院発展計画(2012~2020年)」を発表した。同計画は、国が支援する中国語学習機関である孔子学院の世界規模での発展を加速させることを目的としており、2015年までに世界中に500か所の孔子学院と1,000か所の孔子教室を設置し、2020年までに基本的に全世界に孔子学院を普及させるとしている。
近年、中国政府は、経済の躍進を背景として世界的に中国語学習熱が高まっていることを受けて、自国のソフトパワーを拡張するために中国語や中国文化を積極的に利用してきた。孔子学院や孔子教室は諸外国でその先鋒としての役割を持ち、急速に規模を拡大させている。
本稿は、「孔子学院発展計画」の内容を紹介し、中国政府の中国語・中国文化普及事業の方向性を概観する。
世界で急拡大する孔子学院・孔子教室
孔子学院は中国の言語・文化・社会を紹介する総合的な文化機関であり、主に、現地の高等教育機関において一定数の中国語学習者が存在したとき、現地の機関と中国側機関の共同運営という形で設置される。設置後には、中国から教員の派遣や教材の提供等が行われ、中国語の学習環境が整えられる。また、中国医学を専門とする中医孔子学院やビジネス中国語専門のビジネス孔子学院等、特定の分野を専門とする学院も存在する。一方、孔子教室は、主に児童・生徒に中国語・中国文化を紹介するため初等中等教育機関内に設置される小規模な組織である。中国政府は、2004年に韓国で第1校目の孔子学院を開設した後、2010年前後までに100校の設置を目指していた。しかし、実際には2011年までに105か国で358校の孔子学院と約500の孔子教室が設置され、同学院(教室)での学習者は50万人に達するなど、各国のニーズに合わせて急速に規模を拡大させた。特に中国との経済的な結びつきが強まったアメリカでは、2013年4月現在、世界最多の約90の孔子学院が設置されている。また、欧州最多の孔子学院(教室)を有するイギリスには、2012年6月現在、19の孔子学院と63の孔子教室がある。
孔子学院の今後の目標
このような急速な発展と世界各国での成功を受けて、教育部は2013年3月「孔子学院発展計画」を発表し、2020年までの同学院の発展目標を示した。
「孔子学院発展計画」は、まず、「孔子学院は急速に拡大した中国語学習熱に対応し、世界に中国語を広めただけでなく、言語・文化伝達のネットワークを構築し、対外教育・文化交流に大いに貢献した」と学院の有効性を評価した後、「未だその規模は十分でなく、専門の教員の不足、適切な教材の不足、運営能力の向上や教育資源の拡充が待たれている」と急拡大により発生した課題を指摘している。そして、今後の目標として「諸外国の国民教育体系への中国語教育の組み込み」「華僑・華人向けの中国語教育を通じたネットワーク強化」「海外の教育機関との提携による自国の教育の国際化の推進」等を提案している。また「2015年までに全世界の学院数を500、教室数を1,000とし、授業形式での学習者数を100万人、インターネット孔子学院での登録学習者数を50万人とする」「専任・非常勤の教員数を5万人、そのうち、中国から派遣した者を2万人、現地で養成した者を3万人とする」という具体的数値目標も掲げている。さらに、2020年までに、孔子学院を全世界に普及させ、教育水準・試験制度・教員の派遣と養成に関して統一した基準を設けるとともに、多言語に対応した教材の作成、中国の言語・文化普及のための体系構築などを通して、中国語を世界の人々が広範に学び、使用する言語の1つとするという目標を挙げている。
目標達成のための具体的任務と計画の実施
次に、教育部は目標達成のために具体的任務と計画を示している。それらは、運営能力の向上、人材の育成と活用、国際的な教材の開発、試験体系の構築、文化交流の積極的展開の5項目である。
運営能力の向上
- 孔子学院は中国語の教育、教員養成、中国語能力試験を行うとともに、中国に関連した学術・文化の研究・教育を行う現地の中心的機関となる。
- 現地の国民教育体系や学習者の就職目標等と関連した教育の提供や、中国への将来の留学生に対する支援を行う。
人材の育成と活用
- 国際中国語教員基準を制定し、資格認証を実行し、専門的な教員を育成するとともに、教員評価の方法を確立する。また、国内外の高等教育機関に教員養成センターを設置する。
- 海外の華僑・華人のための学校における教員研修の実施や、華僑・華人の中国語教育への従事を積極的に支援する。
- 高等教育機関で人文社会科学を学んだ者をボランティアとして活用するための人材バンクの設立と国際中国語教育専門修士課程の大学院生の海外実習を行う。
- 「孔子学院奨学金」を利用して中国に留学し、国際中国語教育専門修士課程で学ぶ各国の若者を増加させる。
国際的な教材の開発やインターネット孔子学院の強化
- 国際中国語教育課程基準の制定や教材編成手引書の作成を行うとともに、現地の様々な学習段階に対応した多様な教材や補助教材を作成する。
- 国際中国語教材開発プロジェクトの実施やインターネット孔子学院(http://www.chinese.cn/)の強化を行う。
試験体系の構築
海外の語学試験の方式を学び、書面、コンピュータ、ウェブ等の多様な様式や異なる年齢段階に対応した試験を構築するとともに、世界公認の試験を確立する。
文化・学術交流の積極的展開
- 孔子学院は中華文化の展示スペースや図書室を設け、各種文化活動を実施して中国の歴史・文化を紹介する。
- 専門家による講演や教材の展覧会の実施、国際的な中国語コンテスト「漢語橋」の開催、初等中等教育機関の校長や児童・生徒を中国に招致して実施するサマースクールの開催等による孔子学院ブランド化計画を実施する。
- 各国の大学に中国学の課程を設置し、中国の優秀な著作物を紹介・翻訳し、学術交流を活発にする「孔子新漢学計画」を実施する。
加えて、同計画は孔子学院の運営体制強化のため、海外に進出した企業に対して、「孔子学院で学習する者への奨学金の支給、孔子学院で学習した人材の積極的雇用、大規模企業による孔子学院の設置」等を求めており、オールチャイナ体制での孔子学院の支援を呼びかけている。
おわりに
本稿は「孔子学院発展計画」を通して中国政府の中国語・中国文化普及事業の方向性を見てきた。同計画は、近年の課題として中国語教育に携わる人材や国際的な教材の不足を指摘し、教員養成の拡充、ボランティアの活用、各国語に対応した教材の開発や諸外国からアクセス可能なインターネット孔子学院の強化等、急拡大によって生じた課題を克服する方法を提案していた。また、新たな文化・学術交流事業として「孔子新漢学計画」の実施が示されていた。さらに、民間の経済力を動員し、オールチャイナ体制で中国語と中国文化を発信しようとする意図が理解された。以上のように言語・文化・学術の各分野で積極的な情報発信と交流事業を推進する目標を打ち出した中国政府は、中国の経済・社会の発展とそれに伴う国際的なプレゼンスの向上に歩調を合わせ、今後も孔子学院(教室)を世界各地に急速に展開して行くであろう。
参考文献
- 教育部ウェブサイト「孔子学院発展規劃(2012~2020年)」 2013年3月1日(http://www.moe.edu.cn)
- 光明日報 2013年4月12日
- 中国新聞網「欧洲孔子学院数量英国居首 需求仍在増加」 2012年6月3日(http://www.chinanews.com/)