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【13-08】島根大学と寧夏大学の共同研究について(2)

2013年 6月24日

保母武彦

保母武彦(ほぼたけひこ):島根大学名誉教授、同大学元理事・副学長、 島根大学・寧夏大学国際共同研究所顧問

略歴

1942年生。名古屋大学経済学部卒。大阪市立大学大学院経営学研究科博士課程単位取得退学。1979年島根大学に赴任。助教授、教授、副学長、理事を経て現職。専門は財政学、地方財政論、地域経済学。

発展的に展開してきた日中共同研究

 島根大学が寧夏回族自治区の研究機関と研究交流を始めてから、27年目を迎えた。最初の交流相手は寧夏社会科学院だったが、その後、寧夏大学との交流となった。今日では中国と研究交流する日本の大学・研究機関は少なくないが、交流の長さと緊密さにおいて、私たちの交流を上回るものはないと自負している。長い歳月の間には両国間の政治的緊張もあったが、交流は絶えず発展的展開を遂げてきた。

 両大学の交流は、三つの時期に大別できる。第一期は、交流の開始から2004年の「島根大学・寧夏大学国際共同研究所」(以下「共同研究所」という。)の設立までの時期である。この期間の特徴は、寧夏の農業・農村と環境問題を研究対象に、主に社会科学分野の交流であった(本稿1を参照)。研究資金は日本の科研や中国の研究助成金を申請して、時として資金が途絶えながらの厳しい交流であった。

 第二期は、2004年に「共同研究所」を創設し、2005年にJICAの円借款事業(人材育成プロジェクト)により、寧夏大学構内に独立した共同研究所棟を新設した段階からである。時を同じくして、島根大学医学部と寧夏医学院(現寧夏医科大学)の交流も進展した。それとともに、研究領域は社会科学から自然科学、医学へと次第に拡大した。

学問領域と研究対象地域の広がり

 このような研究交流の学問領域的広がりを示す一例が、「中国西部農村地域の環境改善と持続可能な発展への方策」をテーマとした、日本学術振興会のアジア・アフリカ学術基盤形成事業の取り組みだった(研究代表者;伊藤勝久教授、2008~2010年度)。この事業では、社会科学、農学、農村医学の3側面から寧夏南部山区を対象に共同研究を行い、共同研究の中で若手研究者の育成に取り組んできた。但し、島根大学の医学研究者と中国西部との関わりには前史があった。島根大学の学内特定研究プロジェクトとして、2005年度から「寧夏プロジェクト」を立ち上げ、寧夏回族自治区政府・寧夏大学・寧夏医科大学が連携し、環境と医療との融合を牽引した新たな研究分野を切り拓く力量を備えた研究者の育成を継続していた。その実績の上に、社会科学、農学、医学の学際的共同研究が進んだのである。

 もう一つの変化は、寧夏から中国西部への研究対象の広がりである。厳しい西部環境の根源である荒漠化の研究は、中国西部問題の解決のためには避けて通れない。地域個性の大きい荒漠化問題の解明は、フィールドを寧夏だけに留めることを許さない。この研究テーマに着手したのが、科研研究「中国西北部における砂漠化防止と社会経済構造転換の必要性に関する総合的研究」(研究代表者;保母武彦、2009~2011年度)であった。3年間の研究対象地域として内蒙古、新疆、寧夏を選んだ。幸いにもこの研究は、中国農業大学を中心とした中国側荒漠化問題研究グループとの間の対等な共同研究に発展した。共同研究の範囲は寧夏を超え、内蒙古や新疆、さらには北京の西部研究者たちと共同する、人文・社会科学と自然科学が連携する国際的学際研究へと進んだ。この研究を側面から見守っていただいた中国国家外国専家局の精神的支えは大きかった。

2大学間交流から「西部学術ネットワーク」へ

 寧夏から始まった我々の日中共同研究は、今、第三期目を迎えつつある。その特徴は「中国西部地域研究学術ネットワーク」(以下「西部学術ネット」と略記)構想への発展である。研究対象地域を中国西部とする理由は、西部地域研究の特別の重要性からである。西部地域は荒漠化等の厳しい生態環境条件にあるが、地球環境や世界的食料需給を左右する重要な位置にある。西部地域は「生態環境の悪化と貧困化の悪循環」に勝利しつつあるが、西部学術ネットワークによって日中両国の科学技術を集中投入すれば、この勝利のテンポを加速させることができる。この取り組みが成功すれば、世界の途上国・地域問題を解決するモデルとなるに違いない。これが、西部学術ネットワーク構築の究極の目的である。

 西部学術ネットは、中国西部地域を研究対象とする研究者の開かれたネットワークを志向している。誤解を避けるために付言すれば、用語の「西部」とは研究機関の所在地ではなく、研究対象のことである。したがって、中国東部沿岸部や日本の研究者も西部研究の志があれば参加できる。多くの西部研究者をネットでつなぎ、研究交流を通じて学術的、社会的に価値ある複数の研究プロジェクトを推進する。

 去る6月上旬、西部学術ネットワークの創設準備のために、中国西部や北京の大学・研究機構を訪問して意見交換を行った。訪問先では、西部学術ネットへの熱い期待とともに、研究プロジェクトについての具体的提案を頂いた。その提案された研究プロジェクトは「三農問題」(農業・農村・農民問題)に関わっている。地球的気候変動下の生態環境建設を大枠として、農牧業の生産技術改革と肥料・機器の改善・改良、クリーン生産、有機農業化、農村コミュニティ(社区)の再生、格差底辺地域の社会保障・地域医療の改善などである。その及ぶ科学技術領域は広く、現実問題を解決する高度の学際性を必要とする。

 西部学術ネット創設の準備事務局は両大学の国際共同研究所に置き、研究プロジェクト事務局は各々の研究プロジェクトを率先推進する大学・研究機関が担うのが現実的であろう。今秋10月19-20日、寧夏・銀川市において開催予定の「第11回島根大学・寧夏大学国際学術セミナー」の機会に、関係大学・研究機関との協議を詰め、来年度には西部学術ネットワークを正式発足させたいと考えている。

 西部学術ネット構想は、独立行政法人国際協力機構(JICA)からの助言と協力を得て実現へのテンポを早めてきた。正式発足後は研究プロジェクトで更に協力を強め、より一層の助言を得つつ大きな成果を挙げることが期待される。また、関係大学・研究機関から提案された研究プロジェクトの多くが科学技術の開発・移転に関わっており、今後とも、独立行政法人科学技術振興機構(JST)のご指導をよろしくお願いしたい。