【16-01】中国東北地方の日本語教育の現況―当事者に聴く中国教育事情
2016年 2月19日
日本留学信息中心 「当事者に聴く中国教育事情」編集部
王 妍:「当事者に聴く中国教育事情」主任編集員 日本留学信息中心担当
2014年長崎大学環境科学学部卒業
馬 慶明:「当事者に聴く中国教育事情」編集長、日本留学信息中心総経理
大連外国語大学名誉教授、1987年大連外国語学院日本語学部卒業
はじめに
筆者は遼寧省瀋陽市にある東北大学のソフトウェア学部の周而立先生にインタビューを行った。東北大学は中国の重点大学のひとつであり、ソフトウェア学部の学生のほとんどが日本語を学習している。大連市や瀋陽市の大学では、日本語学科以外の学科、専攻でも日本語ができる学生が多いが、今回はその事情を紹介したい。
中国東北地方の日本語教育現況
なぜ東北地方の学生は中国の他の地方と比べて、日本語の学習者が多いのか?
周而立先生(以下、周):歴史的な経緯が大きいと思われる。大連政府が今から20年ほど前、大連に経済効果をもたらすために日本との貿易を本格的に始め、日本の大企業を大連に招致した。大連の学生は日本語ができれば、卒業後、日系企業に入るケースが増えた。そこで大学は政府と連携して、様々な学部で日本語授業を開設し、大連市では多くの大学で専攻以外に日本語を勉強することが普通となった。
大連の大学はどのような施策を行ったのか?
周:大連外国語大学は、無論日本語力が高いが、他の理工系大学も英語以外に日本語を勉強するのが基本となっている。例えば、大連理工大学、大連交通大学と大連海事大学などがあるが、大連理工大学のソフトウェア学部は一年生、二年生のうちに、日本語能力試験の2級を獲得しなければならない。大連交通大学はソフトウェア学院以外にも、機械工学などの学部は「日本語プラス専攻」などのコースが設けられている。
一般的に学生は外国語であれば英語を勉強するが、大連においては日本語がそれに置き換わっている印象があるが。
周:先に述べた通り、大連には日系企業が多いため、日本語が必要な職も多い。企業からの需要があって、大学側は学生の就職のために日本語教育を強化した。もちろん、日系企業に就職する以外に、日本の大学院に進学する学生も多い。
東北大学のある瀋陽市はどうなのか?
周:同じく遼寧省だが、大連市とは少し違う。大連ほど日系企業が多くないが、瀋陽にある中国医科大学、瀋陽薬科大学にも日本語コースがある。例えば、中国医科大学の臨床医学は6年制で、6年間専攻以外に、日本語も選択可能となっている。卒業後、学校の提携で日本の病院でインターンシップができる。瀋陽薬科大学の薬学部と漢方薬学部は5年制で日本語コースがある。卒業後、日本に進学、就職する学生が多い。私のいる東北大学のソフトウェア学部では、学生は日本語の勉強が基本となっていて、大連の幾つかの大学のソフトウェア学部と同じく2001年に設立された。
東北地方の日本語普及率はどうなのか?
周:遼寧省だけではなく、もっと北の吉林省、黒龍江省にも日本語のできる人が多い。なぜなら、それらの地方に多く住む朝鮮族の人は中学校、高校から日本語を外国語として勉強することが一般的であり、そのため東北三省全体において日本語学科以外で日本語のできる学生が多いのである。
2001年にソフトウェア学部が開設され15年が経過したが、どのような変化があったのか?
周:14, 5年前、日系企業では日本語が堪能で、ソフトウェア技術のある学生が求められ、学生も日本語を勉強すれば、卒業後日本に就職することができた。しかし2008年のリーマンショック以降、日本企業の雇用が急減した。反対に中国国内でソフトウェア技術のある学生の需要が増え、給料も少しずつ増えていった。つまり、日本と中国格差が縮んでいったのであるが、そこには以下に挙げるような幾つかの原因がある。
1.中国国内の賃金向上
ソフトウェアを勉強する学生でみると、10年前、瀋陽の大手ソフトウェア開発会社に就職した場合、給料は新卒で手取り2000元であったが、今では5000元まで跳ね上がった。中国国内各地で賃金水準がかなり上がった。一方で日系企業のそれに変化は見られず、そのために日本で就職する魅力がなくなってきたのである。
2.中国国内の生活水準の向上
学生が憧れていた海外でしか体験できないことは、中国国内でも体験できるようになってきた。また海外はそれほど遠くないという感覚になった学生が多くなり、また実際に身近で簡単に行けるようになった。
3.中国国内の有名企業の増加
ここ数年、世界的に有名になった中国企業が増えたため、今まで海外の有名企業に入りたかった学生が、中国国内の有名企業への就職でも満足できるようになった。
中国が豊かになったことで、学生は海外に行かなくなったのか?
周:必ずしもそうではない。海外で就職する学生は減少しているが、留学する学生は増えている。中国全体でも、卒業後すぐ就職する学生は減少している。以前の中国では、子供が卒業後就職して家計を助けるのが当たり前だったが、家庭が豊かになり、子供がすぐ就職する必要がなくなった。今では、家庭への仕送りの必要がなくなり、逆に親御さんが子供の留学のために励んでいる。欧米の大学院に留学するのも普通になった。今では、日本企業の就職説明会よりも、大学院留学説明会のほうが学生に人気がある。
日本の大学院に留学する理由も、日本が豊かだから日本で勉強して、日本で就職したいということではなく、日本の漫画、文化などが好きで、日本についてもっと知りたいという理由になった。学生のほとんどは日本の文化に惹かれて日本に行くようである。
現在の東北地方の学生の日本への留学状況はどうなのか?
周:東北地方では、昔から日本へ留学、就職する方が多かった。その方々が今、中国に帰国され、自分の子供、または親戚の子供に影響を与えている。例えば、親戚から「日本がいいから、日本に留学したら」とアドバイスされることが多い。日本の大学院に進学する東北地方の学生は年々増えている。特に理工系の学生が多く、日本の大学の理工系は中国の学生の注目を集めている。
学生は最終的に日本で就職するが、まず日本の大学院で専門知識と日本語能力を高める。日本では大学等が留学生の就職を支援しているので、欧米と比較すると学生が希望している職業・ポストに就けるケースが多い。日本の有名企業に入るのが中国人学生の夢でもある。以前は、自分の専門であるソフトウェアが人気だったのが、近年では理工系に変わってきている。
まとめ
中国の生活水準が上がったことで、渡日の目的も変ってきたが、やはり地理的な近さは、学生には選択しやすい大きなポイントのようである。日本への留学ブームは続くと思われる。日本の先進的な科学技術、日本文化が好きな中国人学生、学費の安さ、中国に最も近い先進国という4つの点が、学生にとって非常に魅力的であると思われる。
参考
大連理工大学、大連交通大学をはじめ、瀋陽の東北大学も2001年にソフトウェア学部を開設した。これは「中国の国家ソフトウェアグローバル人材の育成の方針」に基づき国家外国専門家局の許可を得たためである。遼寧省の教育委員会はこの方針に基づき、モデルソフトウェア学部を設立した。その後、上記の三大学以外に、瀋陽航空工業学院、遼寧工業大学、遼寧工学院と東軟情報技術学院などにもソフトウェア学部が設立された。
※本稿は日本留学信息中心が発行しているメールマガジン「当事者に聴く中国教育事情」2015年8月第2回より許可を得て再編集のうえ転載したものである。
筆者より
「当事者に聴く中国教育事情」は2010年に中国現地にいる日本留学志望者に資するために設立した大学連合事務所の定期情報として発刊しました。2015年4月に現在の名称・体裁に変更しました。私たちは中国の学生向けに日本の大学について定期的に情報を提供しておりますので、より多くの日本の大学と情報交換したいと思います。ぜひお気軽にご連絡ください。
E-mail: (王妍)、(馬慶明)