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【18-04】AI時代の人材育成と教育改革が急務 動き始めた大学の「新工科」設立

2018年9月21日 符遥(『中国新聞週刊』記者)/神部明果(翻訳)

 テクノロジーの発展にともない、AIをはじめとするITの分野で人材不足が深刻化している昨今。中国でもそれに対応すべく、大学での技術者教育を「新工科」設立により克服しようとする動きが出てきた。

 中国の大学での技術者教育は世界最大規模であり、工学専攻の学生数は全世界の3分の1以上を占める。テクノロジーと経済が目覚ましい発展を遂げるなか、優秀で時代のニーズに適う人材をいかに育てていくかは、教育界と産業界が一貫して注目するテーマだ。

 教育部はこのほど、「『新工科』の研究および実践プロジェクト第1陣の公布に関する通知」を発表、全国の大学から寄せられた、AI・ビッグデータ・スマート製造など人気の高い19分野を含む612のプロジェクトが選出された。これにより、大学の「新工科」設立は正式に実施段階に入り、中国の技術者教育は、変革期を迎えることになった。

従来の教育方法では新たな産業発展の人材をまかなえない

 昨年4月、新工科設立に関するシンポジウムが天津大学で開かれ、その内容をもとに「『新工科』設立ロードマップ」が発表された。そこでは、①2020年までに新工科設立モデルを確立、新たな技術・産業・経済の発展に適応させ、②2030年までに中国の特色ある、世界一流の技術者教育体系を構築して国家の発展を強力にサポートし、③2050年までに世界の技術者教育をリードする中国モデルを確立、世界の工学イノベーションの中心と人材の先端基地になるという、3段階の目標が提起されている。

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写真1 1月26日に開催された「NEXT IDEA×未来の想像」イノベーションコンテストでは、天津大学の学生がパートナーと共同開発した「トランスフォーマーロボット」を披露した。コンテストでは全国2000以上の大学から発明成果を募集した。撮影/『中国新聞週刊』記者 侯宇

 同年6月には教育部が「『新工科』の研究と実践プロジェクトのガイドライン」を採択、新工科設立への取り組みが本格的に始動した。

「『新工科』とは、技術者教育への改革と刷新を意味する」と教育部高等教育司理工科教育処の呉愛華(ウー・アイホワ)処長は語る。ここ数年、中国の産業構造の調整と高度化によって、従来型産業の多くで過剰生産能力や在庫の削減が進み、そうした産業向けの工学を専攻する学生の就職は厳しくなっている。一方、AI、ビッグデータなどの産業は急速に発展しており、人材不足が深刻だ。新たな情勢下での経済発展と第4次産業革命がもたらす課題に対処し、中国の将来の発展に貢献する人材を蓄積する上で、「新工科」設立は必然の選択なのだ。

 AIを例にとろう。テンセント研究院と人材マッチングサイトBOSS直聘が共同で発表した「2017年世界AI人材白書」によると、同分野の人材数は世界で30万人なのに対し、ニーズは数百万人規模になる。この分野ではアメリカが質・量ともに他国を大きくリードしているが、中国では昨年10月時点で100万人以上の人材が不足していたという。一定レベルのAI人材の育成には、一般的なIT人材の育成よりはるかに長い期間を要するため、短時間での解決は難しいだろう。

 また、教育部、人的資源・社会 保障部、工業・情報化部が共同で発表した「製造業人材発展計画ガイドライン」によれば、2020年には次世代情報技術産業・電力設備・高性能NC工作機械やロボット・新素材などの分野で人材不足が深刻になり、2025年には上記の分野の多くで1000万人近く人材が不足するだろう、としている。

 その一方、従来型の工科系に学生が集まらない「工科離れ」も長らく問題となっている。艾瑞深研究院が過去10年間の全国統一大学入学試験の首席合格者の専攻を調べたところ、約40%が経営・マネジメント系を選択していたという。人気の高い金融分野に比べ、工科系関連の多くの職場は初任給も相対的に安く、昇進にも時間がかかることから、優秀な学生はますます工科系から遠ざかっている。

 「技術者教育を『理論型』から『実践型』へ、つまり本来のあるべき姿に戻そうとする試みが世界のトレンド」。新工科研究実践専門家グループのメンバーでもある華中科技大学教育科学研究院の余東昇(ユー・ドンション)教授はそう指摘する。「これまでの理論重視の教育は、ものづくりやデザインというエンジニアリングの本質や業界のニーズとのズレが生じていた。このズレは中国でも顕著で、業界は必要とする人材が見つからず、学生も実践的な知識が学べないという状況に陥っている」

 中国の技術者教育の内容や教育手法は、旧ソ連のそれをモデルとしている。専攻は細分化され、専攻の変更も厳しく制限されている。さらに、早い段階から専門化教育をおこなうため、学生の専門領域も狭くなりがちだ。これでは、産業発展のニーズにまったく追いつけない。

 昨年10月、教育部高等教育教学評価センターが新年度の「中国工程教育質量報告」を公表した。それによれば、中国の普通大学における工学専攻学生は募集数・在校生数・卒業生数において世界トップに位置し、ロシア、アメリカとは3~5倍の差があるが、構造的な問題として、工科卒の学生の供給過剰と供給不足が併存しているという。本科や大学院の卒業生も、企業や業界のニーズを十分に満たせておらず、新興産業や製造業の十大重点分野(次世代IT産業、高性能NC工作機械とロボット、航空・宇宙用機器、海洋土木設備・ハイテク船舶、先進型軌道交通設備、省エネ・新エネルギー車、電力機器、農業設備、新素材、バイオ医薬品・高性能医療機器)に適応できる人材の育成には改善の余地がある、としている。

産学連携の「新工科」改革で技術者教育強国を目指す

 ここ数年で急速に注目を集めたと思われている「新工科」だが、これに関連する技術者教育改革への取り組みは、かなり前から準備され、実施されてきた。

 呉処長によれば、中国は2006年から技術者教育の認証評価体系の構築を始め、2016年には「ワシントン協定」に正式加盟している。10年の歳月を経て、世界の技術者教育との実質的同等性を実現し、国際的な認定を受けるまでに成長したのだ。

 「ワシントン協定」は1989年にアメリカ、イギリス、カナダなど6カ国で創設された。技術者教育認定制度についての相互承認をおこない、加盟国がそれぞれ認定した教育プログラムが基本的に同等であることを保証する国際協定だ。

 教育部高等教育教学評価センターと中国工程教育専業認証協会は昨年末までに、全国198大学の21の専攻グループに属する846の工学科を認定しており、2020年までに全専攻グループを認定する予定だ。

「ワシントン協定」への加盟により、大学教育関係者の間で技術者教育のさらなる改革が課題となり、ここから「新工科」が誕生した。昨年、教育部高等教育司が出した「『新工科』の研究と実践に関する通知」では、新工科を「技術者教育の新たな理念、学科専攻の新たな構造、人材育成の新たなモデル、教育教学の新たな質、大学をタイプごとに発展させるための新たなシステム」の5つの「新」でまとめている。

 「『新工科』改革の核心は、産業ニーズに沿った人材育成モデルの構築」(呉処長)であり、大学のタイプごとに異なる役割が与えられている。工科に強みをもつ大学ではイノベーションを重視し、学科内での複合的研究や他学科との学際的研究も推進する。総合大学は新技術や新たな産業の創出をリードし、学際的な研究に加え、自然科学の工科への応用も担う。地方の大学では、地域の経済発展や産業モデルの転換・高度化のため、産業・企業との提携も視野に入れた工科のグレードアップを目指す。

 「新工科」は、かつての「優秀エンジニア教育育成計画」の延長・拡大版ともいえるだろう。教育部は「ワシントン協定」加入準備を進める2010年にこの計画を始動、大学と業界・企業が連携する人材連携システムを打ち立て、各地の大学も続々と具体的な取り組みをみせていた。

 天津大学精密機器・光電子工程学院は、この計画のモデル校だった。科学実験班のカリキュラムは刷新され、学生が自身の関心分野や潜在能力を見つけ、それらを最大限伸ばせるような体制がとられている。学生には一人ひとりに指導教官がつき、「学内学習3年・海外留学または企業で1年実践」の「3+1」制度により、「ものづくり」と「新しい気づき」の能力を備えた人材を育成してきた。

 「これまでの技術者教育の改革が国の経済発展のニーズに応じるものだったとすれば、今回の「新工科」設立は、「優秀エンジニア教育育成計画」のアップグレード版とも言え、より高いレベルでの技術者教育が求められている」。天津大学教務課の責任者はこう話す。「新たなテクノロジー革命と産業変革の中心は、AIやインターネットプラスであり、人類にとって非常に大きな課題。これにより、世界の中での各国の位置づけは再構築され、人と世界との関係も変わっていくだろう。それゆえ、大学の技術者教育で積極的にこの変化に対応していかなければならない」

 こうしたなか、天津大学では今年、全国初のスマート医療エンジニア学科が認可・設立された。秋には1期生となる30名の本科生のカリキュラムが天津大学天津医科大学の連携によりスタートし、卒業後は両校合同の卒業証書が授与され、医学と工学両方の学位が取得できる。成績優秀者は、修士・博士課程の一貫教育を受けられ、医学あるいは工学博士号の取得も可能だ。卒業後は医学の基礎知識や臨床スキルだけでなく、最新のエンジニアリングを用いて医学上の課題解決を図る能力も身につけているだろう。

 さらに、同大学は今年秋、テンセントグループや恩智浦半導体公司と提携して「新工科試験班」を設立、インターネットプラス・ビッグデータ・AI分野の人材育成に注力する計画だ。

 現在、多くの大学で「新工科」設立の取り組みがスタートしており、清華大学浙江大学天津大学北京航空航天大学などが「『新工科』の研究および実践プロジェクト」の第1陣リストに名を連ねている。

 呉処長によれば、「『新工科』設立は教育界の枠を越えた広がりをみせており、計画への参入を希望する企業は増え続けている」という。教育部高等教育司は先日、今年の「産学共同人材育成プロジェクトの申告指針」(第1次)を公表、346の企業が14576件のプロジェクトを発表し、経費やソフト・ハード面の支援は約35億元に上る。

 今年3月に米MITが公表した「世界の最新技術者教育レポート」は、将来の技術者教育で考えられる3つのトレンドを指摘している。すなわち、①技術者教育の主導的な地位は近い将来、欧米から南米・アジアなどの新興経済強国にシフトしていく可能性がある、②世界の技術者教育はより学生主導の形に変化していく、③次世代の技術者教育をリードする者が現れ、学生中心のカリキュラムが大規模に提供されるようになる。

 これらは中国の「新工科」構想とも部分的に重なるところがある。「新工科」設立により、中国はグローバルな技術者教育改革の参加者から貢献者へ、そして主導者へと成長を遂げるだろう。

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写真2 (資料写真)5月に蘇州で開かれた「2018年世界AI製品応用博覧会」。「スマートな体験、スマートな生活」をテーマに、世界10カ国、およそ200の企業やAI関連機関が出展した。撮影/中国新聞社 王建康


※本稿は『月刊中国ニュース』2018年10月号(Vol.80)より転載したものである。