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【15-002】畢業照(ビィイエチャオ)、民国風(ミングオフォン)、漢服(ハンフー)―ことばから見る中国社会

2015年 6月11日

河崎みゆき

河崎みゆき:上海交通大学日本語学科日本語教師、
応用言語学(文学)博士

略歴

國學院大學文学部大学院修士、華中科技大学中文系応用言語学博士学位取得
1989年、千葉県社会福祉協議会中国帰国者センターで日本語を教える。2005年2月より華中科技大学日本語学科で8年半日本語を教え、現在、上海交通大学日本語学科日本語教師。専 門は日本語教育および中国社会言語学。

 慌ただしく過ぎ行く今学期もあと1ヶ月をきった。中国の大学はアメリカと同様2学期制をとり、9月始まりであるため、6月は卒業の季節である。教師も卒論に目を通したり、試 験問題を印刷に出したりと慌ただしい。卒業写真を撮る姿を横目に見て歩く。

畢業照(ビィイエチャオ:卒業写真)

 「○○照」の「照」は「照片(チャオピエン)」で写真という意味だ。例えば結婚記念写真は「婚紗照(フンシャーチャオ)」、赤ちゃん写真は「宝宝照(バオバオチャオ)」となる。

 学部生は一般的に学士服と言われる黒いマントと、四角い帽子をかぶって卒業証書を手に持ち記念写真に収まる。これもまたアメリカと同じであるが、よ くよく見ると襟元や袖もとの布の地模様が中国柄であったり、重ねの色も、学部ごとに、また学部生、修士、博士で色が違う。私も教えるかたわらとった博士号の記念写真では、博 士服を着て房付き帽をかぶり記念写真に納まった。国家が管理する証書の写真は、わざわざ新華社の写真館まで指定されて撮りに行ったことも思い出す。

 上海交通大学外国語学部の重ねの色はピンクだ。

写真1

写真1 今年の上海交通大学日本語学科4年生のYKさんの学士服姿

民国風(ミングオフォン)

 2005年に前任校(華中科技大学)に着任し、その頃から数年間は「畢業照(ビィイエチャオ)」といえば、学士服姿以外で取る写真なら、お揃いのTシャツ姿の集合写真ぐらいだった。ク ラスでTシャツのデザインを募集し、投票し、得点の高いデザインのものをオーダーする。だいたい学部単位のお揃いだった。

 それが、2012年ごろから、「民国風(ミングオフォン)」が流行りだした。民国時代の女子学生の制服を着て、数人で記念写真を撮ることだ。女子学生だけでなく、男子学生も学生服を着て撮る。例 えば昨年の河南大学の民国風卒業写真は人気だ [1]

写真2

写真2 2012年華中科技大生の民国風卒業写真

 日本の女子大生が昔の女学校の袴姿で卒業写真に収まるのと似ているのではないだろうか。民国風はもちろん、卒業写真だけでなく結婚写真などにもある。

 卒業写真に話を戻すと、ウエディングドレス姿や、学士服から足をにょっきりだしたもの、今年話題の山東大学法学部の女子学生は「純爺們」スタイルだ。

 爺們(イエメン)はお爺さんと言う意味ではなく、殿がた、旦那様と言う意味で、ここでは、男っぽい、ダンディなと言うことになる。写真をみるとまるで宝塚の男役のようにカッコイイ [2]

 卒業写真もある種のコスプレのような様相になっている。

 もちろん美しいチャイナドレス(旗袍)姿の卒業写真も見つかるが [3] 、最近注目をすべきは「漢服(ハンフー)」への傾斜だと思う。事実漢服の卒業写真もネットには様々上がっている [4]

漢服(ハンフー)

 我々日本人の多くはチャイナドレスこそが中国女性の伝統的な衣装であると思っているのではないだろうか。美しいチャイナドレス姿の女性の古いポスターや女優、厳 かなスポーツの国際試合の表彰式でもチャイナドレス姿の女性が花を添える。それはちょうど日本の和服の女性がそうした役割を果たすのと同じだ。だが、チャイナドレスは、実は辛亥革命後の1910年代に、清 代の満州人旗人の女性が着ていた服装に、西洋の洋服の動きやすさを取り入れて生み出された改良旗袍だと言われている [5]

 そのため、最近ではチャイナドレスは漢民族の伝統的な衣装ではないという声も高い。たとえば今年の春節晩会(中国の大晦日番組)で、56民族がそれぞれ民族衣装を着て登場するなか、漢 民族はチャイナドレスで登場したことで論争が起きている[6]。

 そういう流れが手伝ってか、今学期の授業で「日本文化について興味のあるもの」と尋ねたところ、和服を挙げる学生が何人かいて、なぜならチャイナドレスの歴史は浅く、漢民族の伝統的な衣装ではないので、長 い歴史の中で維持されてきた和服は羨ましい、またむしろ昔の中国の服にさえ似ていて日本に伝統が伝わっているようだという意見も聞かれた。私自身、中 国の女性の美しい衣装としてチャイナドレスをとらえていたのだが、やや風向きが変わったことを感じる。

 時を前後して、上海の詩人であり、記者でもある友人の瑞簫さん(写真2)が、漢服を着た自撮写真を見せてくれた。彼女もやはり学生たちと同じように、漢民族の伝統的な衣装はチャイナドレスではなく「漢服( ハンフー)」こそ自分たちの衣装だと考え、インターネットで探してこの漢服を買ったのだそうだ。だが、漢服の卒業写真でもそうだが、ネットで売られている漢服はなんとなく「美感」が足りない。瑞さんも、「 買って着てみたがどうも、美しさがたりない」と言っている。

写真3

写真3 上海の詩人・瑞簫さんの漢服姿

 確かに何百年も途絶えたものを現代に移植しようとしても、何か唐の時代のドラマでも見ているような違和感がある。時空を超えた接ぎ木では美しい花を咲かせるのが難しいのかもしれない。

 中国にいると、日本のように伝統文化が大事に受け継がれてないと感じることがたびたびあるが、中国人自体がこのようなことを通じてそれを感じ始めているのではないだろうか。上 記に紹介した4の記事は漢服を着るのは中国伝統文化の発揚でよいことだが、着方が左前になっていて無知だと議論を呼んでいる。

 春節晩会後に起きた議論といい、学生や友人の伝統衣装への回帰といい、今後、美しい漢服への希求などを含めて漢民族の文化回帰がもっと高まっていくような気がしてならない。


[1] 河大学子创意独特"民国风"毕 业照走红网络 (河南大学学生のユニークな「民国風」卒業写真がネットで人気)

[2] 山大法律系女生拍摄" 律政俏佳人"写真 (山東大学法律学部女子学生「法律の麗人」写真)

[3] 惊艳的南大旗袍毕业照( あでやか南京大学チャイナドレス卒業写真)

[4] 汉服毕业照穿法错误引争议 一起来扫盲汉服知识(漢服卒業写真の着方に間違いがあり議論が起きている)

[5] 『中国旗袍文化史』劉瑜著、2011年上海人民美術出版社

[6] 春晚"汉服事件"惹众怒,网 友要求央视:向汉服道歉!向汉人道歉(1)(春節晩会「漢服事件」が大衆をおこらせ、ネット民は中央電視台に対して「漢服に謝れ、漢人に謝れ」と謝罪を要求)2015-02-28