中国実感
トップ  > コラム&リポート 中国実感 >  【18-002】高専生よ、中国の勢いを土産に

【18-002】高専生よ、中国の勢いを土産に

2018年12月12日

萩原義徳

萩原 義徳:
(独)国立高等専門学校機構 久留米工業高等専門学校 生物応用化学科 准教授

石川県金沢市出身。静岡大学理学部生物地球環境科学科卒。大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻修了。博士(理学)。ドイツ・ルール大学ボーフム博士研究員、久留米工業高等専門学校生物応用化学科助教、講師を経て現職。2017年、ニューヨーク市立大学クイーンズカレッジ訪問研究員。主な研究テーマは、ヘム代謝における光受容色素合成酵素について。

 今回、私は「中国政府による日本の若手科学技術関係者招へいプログラム(6月渡航グループ:2018年6月25日‐30日)」に、唯一の高専関係者として参加させていただいた。このプログラムは、科学技術振興機構(JST)の中国総合研究・さくらサイエンスセンター(CRCC)が実施している「日本・アジア青少年サイエンス交流事業(さくらサイエンスプラン)」に、中国政府の科学技術部が着目し、日本の科学技術関係者を中国に招へいしたものである。

 そもそも、この招へいプログラムの話がなぜ私に舞い込んできたのか、まずはその経緯から説明させていただきたい。現在、私は久留米高専の生物応用化学科で教員を務める傍ら、本校における国際交流事業を担当している。主な業務の一つは、アジア地域の協定締結大学等から留学生を研究インターンシップとして2ヶ月から5ヶ月の間、久留米高専に受け入れるものである。留学生をその専門分野に応じて、久留米高専の専門学科(機械工学科、電気電子工学科、制御情報工学科、生物応用化学科、材料システム工学科)に割り振り、指導教員との調整を行い、研究活動を実施してもらう。これまでに、年間およそ15名のタイからの学生(学部3-4年生や大学院生)を招へいし、受入れ研究室での共同研究をサポートしてきた。また、シンガポールのポリテクニック(実学における高等教育機関の一種。高等技術専門学校などと訳される)からも研究インターンシップ(年間約5名)や学校見学(40名前後/回)を受入れ、留学生と高専生の国際交流を企画・実施してきた。さらに、今回の渡航の契機となるJSTのさくらサイエンスプランにも携わり、年間およそ10名のタイの大学生(学部1-2年生)を1週間、久留米高専へ招へいし、高専生を交えた科学技術イベントや工場見学を実施している(図1、図2)。このような国際交流事業を通じ、アジアの留学生に対して高専の専門教育システムや日本の科学技術の紹介、そして、高専生の国際感覚の研鑚に尽力している。

image

図1.久留米高専の研究室見学.

image

図2.久留米高専でのさくらサイエンスプラン修了式.

 しかしながら、これまで久留米高専では留学生の受入れがメインであり、本校学生の海外派遣については国際学会での発表など個別の案件が多くを占め、全学的支援によるものは少なかった。そんな折にCRCCより、さくらサイエンスプラン関係者として私に一通のメールが届いた。内容は冒頭にもある、中国政府による日本の若手科学技術関係者招へいプログラムへの参加募集であった。私はアジアの中でも近年特に成長が著しいと言われている中国を訪問して、科学技術・工業教育における実際の勢いを体感することで、今後更なるグローバル化を目指す高専との双方向型国際交流の基盤づくりや、そのきっかけを掴むことを期待し、本プログラムの参加に応募した。

 今回の6日間におよぶ訪中には、日本から80余名が参加したが(図3)、初めの北京訪問プログラムには全員が同行し、3日目以降の旅程からは大連組と広州組に別れて行動した。私は広州組として参加し、国家重点大学に数えられる北京大学清華大学、起業モデル地区であり中国のシリコンバレーとも呼ばれる中関村、また、中国を代表する通信機器メーカーHUAWEI、国立研究所として中国科学院(深セン先進技術研究院)、大学発AIベンチャーiFLYTEK、博物館等を見学した。

image

図3.若手科学技術関係者招へいプログラム(6月渡航グループ)集合写真.

 中国の地に降り立った際は、ニュース等で噂通りの空色に、思わずマスクを手に取った。街路樹を見ても、黄土色の粉らしきものが葉を覆っているのが分かり、中国の急速な工業化の一面を実感することができた。道中は基本的にバスによる移動だったが、北京市内は環状線が同心円状に幾重にも連なっており、ビルの街並みは私にはまったく同じ様に映り、何時間と移動しても同じ景色に見えた。経済成長と都市内人口の増加に伴い乗用車も非常に多く、渋滞も頻発していた。なかなかバスが進まないことと、街の景色に変化が無いことから、まるで迷路に迷い込んでしまったようだった(図4)。北京の空は相変わらずの灰色で、バスの車窓から仕方なしに街中を眺めている際にふと気づいた。鳥がいないのである。ハトやスズメやカラスなど、日本では何気なく目に入るような鳥が北京では見当たらなかった。北京での3日間で、オリンピックのメインスタジアムである「鳥の巣」を見ることはあったが(図5)、生き物としての鳥を目にすることはできなかった。大気汚染の影響なのか、はたまた食文化の違いからなのか、真相はわからない。

image

図4.北京市街.

image

図5.2008年北京オリンピックのメインスタジアム「鳥の巣」.

 大学や研究所の見学の際に、直接学生と会話することはできなかったが、昔で言うところのハングリー精神を感じることができた。北京大学の附属図書館を見学した際、自習用の机は学生であふれかえっており、大学生たちの強い学習意欲が印象深かった。また、中国科学院に在籍する生物系の大学院生の様子も伺うことができ、精力的に実験を進めているように感じた。実験室の設計体制としては、実験室同士の壁が無いオープンラボ形式であり、バイオ研究を牽引するアメリカの流れを大きく汲んでいるように思えた(図6)。交流スペースや巨大なホワイトボードも設置され、研究室や専門分野の垣根を超えた情報交換や融合によるイノベーションを期待する動きが感じられた。生物系大学院生を取り巻く熾烈な競争は、中国も日本も大差無いと思うが、TA費用や学費に対する学生への資金的なサポートとしては中国側の方が手厚いようである。

image

図6.中国科学院(深セン先進技術研究院)のバイオ系研究室のオープンラボ.

 企業見学では、先にも述べたHUAWEIとiFLYTEKを訪問した(図7)。どちらも中国において最も注目されている先進企業であるため、見学コースが完備されていた。両社とも大規模なマーケティングによって、現代社会や近未来における消費者ニーズを徹底的に調べ上げ、今後のIoT社会やAI産業で必要とされるような技術・機器を創出するために、躊躇なく人員と資金を注ぎ込み、新奇アイディアを次々と「形」にしていた。交通インフラにおける無人車両の自動指令系統や、個人の声色に似せた音声合成、記述試験のAI採点やCT画像のAI診断機器などが紹介され、まさに中国の勢いを感じる見学となった。

image

図7.HUAWEI社屋はどれも緑に囲まれていた.

 今回の訪中で、私は現在の通信・製造技術へ巧みに乗ずることができた中国社会を実感させられた。多機能なモバイル端末が爆発的に普及し、ペーパーレス化や電子マネーによって契約も瞬時に終わる。新しいアイディアはアプリや3Dプリンターで具現化でき、世界への情報発信もパネルタッチ一回のみである。日本のきめ細やかで美しいものづくりが重要であることは周知の事実だが、とりあえず構想があればモノとして作ってみようという中国の姿勢が今の時代に絶妙にマッチし、この怒涛の勢いを実現しているのではないかと感じた。

 日本の若者はハングリー精神が無くなったと叫ばれるようになって久しい。現在、10代後半から20代前半である高専生は、将来、日本の科学技術を根幹と先端の双方で支え、より一層のスピードで技術革新が進む未来において世界としのぎを削らなければならない。科学者・技術者の卵である高専生には、ぜひ中国の実情を現地で体感してもらい、その勢いと上昇志向を日本に持ち帰ってほしいと切に願う。そのために、私も更なる高専発信型の国際交流事業に尽力したい。

 最後に、1歳の息子へのお土産は広州(図8)の本屋で見つけた中国語の動物図鑑である。ジャイアントパンダは大熊猫、カンガルーは袋鼠と書くようだ。今のところ、私の方が勉強させてもらっている。

image

図8.広州の路地裏。某アクション映画俳優が上から落ちてきそうだった.