【19-003】中国の熱量が私にくれたもの
2019年2月12日
東 永祥: 学校法人東海大学研究推進部研究支援課 係長
東京都出身。東海大学理学部物理学科卒。理学研究科物理学専攻博士課程前期修了。修士。
2004年学校法人東海大学入職。総合情報センターに配属され、大学における教育研究システム、及びネットワークインフラの整備拡充、管理を行う。2017年より現職に就き、主に科研費の管理、予算執行を行う。
2018年6月下旬、まだ関東では梅雨も明けていない頃、私は中国にいた。科学技術振興機構(JST)の中国総合研究・さくらサイエンスセンターの「中国政府による日本の若手科学技術関係者の招へいプログラム」(2018年6月25-30日)(以下、本プログラム)に参加し、北京と大連の大学、及び研究機関を訪問し、中国の科学技術の現状をこの目で、肌で体感してきた。私がなぜさくらサイエンスセンターの本プログラムに参加したのか、何を感じ学んだかを話す前に、私を取り巻く環境について少し説明したい。
1.訪中を希望した背景
東海大学は19学部75学科(2018年度時点)を有し、私が働く湘南キャンパス(神奈川)の他、代々木キャンパス(東京)、高輪キャンパス(東京)、伊勢原キャンパス(神奈川)、清水キャンパス(静岡)、熊本キャンパス(熊本)、札幌キャンパス(北海道)と全国に展開している。学生は自身が所属する学科の科目だけでなく、他学科の科目も履修することが可能であり、専門知識や技術だけでなく、幅広い知識を修養することができる環境にある。また、社会に求められる真の教養教育として、文理融合を推進している。この文理融合の考えは教育だけではなく研究面にも及び、文系研究者と理系研究者とが学部や学科、キャンパスを超えて積極的に共同研究をするなど、多様性に富んだ研究活動が行われている。
このような研究者の活動を支援する組織が、私の所属する研究推進部である。本学における研究推進体制の整備、科研費等の研究費の執行管理、高度物性評価施設の管理運用、産官学連携支援といった業務を担っている。私は2017年度から今の部署に配属された。以前所属していた部署では別の形で研究者のサポートはしていたが、研究活動自体の支援は初めてであるため、どういった取り組みをすればよいか、自分には何ができるのかを自問自答する日々が続いた。このような時期にであったのが本プログラムである。
この少し前、Times Higher Education(以下、THE)のアジア大学ランキング2018の発表があった。当時のランキングで本学は日本の私立大学では9位であったが、アジア全体は勿論、国立大学を含めた国内ランキングではまだまだ上位に及ばない現状であった。THEのランキングでは、各大学における研究力も評価の要素になっている。まさに私の所属部署の取り組み成果が、ランキングの結果に影響を与える可能性がある。世界水準の研究力が求められる今、本学の研究力(質)を上げるには国内だけでなく国外の大学の取り組みを学び、修養することが必要だと考えたとき、同ランキングのトップ10に5大学ランクインしている中国の存在に目が留まった。
中国における科学技術力の急速発展は最早説明は不要であるが、これは科学技術力の強化を目標とした国を挙げての取り組みが成功を収めた結果だと考えた。
- 科学技術力強化の取り組みとして、国内力だけでなく国外の研究者や留学生、技術知識豊富な人間を多く受け入れ、積極的にそのノウハウを自国に修養する。
- 国を挙げたこの取り組みは、経済や産業を活性化するだけでなく、それらとの結びつきが非常に大きい大学での基盤研究にも影響を与え、研究力を持った人材が育成された。
- 研究力を持った人材が卒業後、その技術・能力を社会に還元することで、経済や産業をさらに活性化・発展させることができる。
この流れが生まれたことで中国の大学における研究力が向上し、それがTHEの世界大学ランキングにおいても上位を占める結果に繋がったものと推測していた。私のこの推測に対する答え合わせと共に、中国の今を直接見聞きし、肌で感じることにより、本学における研究力(質)の向上に繋がるヒントを得ることが、今回の訪中の大きな目的であった。
2.訪中して見えたもの① ~線で意識する研究キャリア~
少々長くなったが、私の訪中動機をわかっていただいたところで、実際に私が感じたことについて述べさせていただく。北京では清華大学と北京大学に、大連では大連理工大学を訪問した。THEの世界大学ランキンの上位にランクインしている北京の2大学を訪問できることに期待を寄せていたが、研究室見学や学生との交流は行われなかったので、残念ながらここで紹介できるような収穫はあまりなかった。
対して大連理工大学では、直接学生と意見交換を行う時間や、研究室を訪れることができ、更に学長に直接話を伺う機会が得られた。学長からの話で特に印象に残っているのは、日本からの認定留学を増やしたいと考えられていたことである。海外派遣留学について私は専門外なので、その話をされた時には単に積極的に交流を図ろうとしているものと思っていたが、帰国後この話を同僚にしたところ、認定留学先機関として協定を結ぶことは簡単なことではないことを知った。それと同時に、学長の発言は自大学の研究・教育レベルに自信があるからこそのものであると私は捉えた。また、前出のランキングで上位には位置していない大学の学長がこの様な発言をされることは、中国の大学の勢い(強さ)の表れの様にも思えた。
この自信と勢いの根拠を、学生の研究活動から垣間見た。いくつか訪れた研究室の中で、車の自動走行の実験をやっている学生がいた。実験ではラジコンサイズの車体が使われており、それに取り付けられたセンサーが走行ラインを認識して走る仕組みであり、電力は無線で供給さるものであった。車体は1から学生が作り上げたものである(図1、図2)。素人目から見ても日本でも同じような研究は行われているように思えたが、この実験を行っているのが学部2年の学生であるということがすごいことである、と訪中メンバーの大学教員が説明してくれた。この実験を成すには、『(ラジコン)車を作り上げる技術力』と『電力を無線で供給するためのロジックの正確な理解』が必要不可欠というのである。日本では同じ学部2年の学生は、まだ基礎実験を行っている頃であり、この歴然たる差に驚きを隠せないでいたことが、非常に印象深く私の記憶に残っている。そして、この知識・技術力を修養している学生を育成している結果こそが、先述した学長の自信の根拠であると感じた。
図1 学生が作り上げた自動走行車
図2 研究室に作られたコースを走る自動走行車
日本と中国、同じ学部2年生でなぜここまで知識や技術力に差が生まれているのか。その答えはモチベーションとするものの違いにあるのではないだろうか。これはあくまでも私の個人的見解ではあるのだが、ポイントごとにある種区切りを設ける学生が日本には多くいるように思える。高校ではどの大学に進学したいかに始まり、大学入学がゴールとなる。大学ではどういった会社に就職したいか考え、就職活動を経て内定をもらい、無事卒業の後に社会に巣立つ。就職先において大学で学んだことが活かせるとは限らないのが現状だ。
これに対して中国では高校生の時点で将来どのような仕事に就きたいかを明確に設定する傾向にある。それを成し得るためには何を学ばなければならないかをはっきり意識し、自分に必要な知識を修養できる大学を選んで、そこに進学できるよう努めていることが、今回訪中したことでわかった。大学はゴールではなく、あくまでも通過点。目指すものは先にある、ということだ。つまり、点で区切るのではなく線で考えており、その線を如何にして太く、丈夫なものにするのかを中国の学生は意識し、努力しているのである。そのため、学ぶべきことの準備は高校で済ませており、大学では具体的な研究活動を行い、卒業する時点である程度社会に出てすぐに活用できる成果を創ることができている、と私は考える。点と線、これが両国の学生におけるモチベーションの違いではないだろうか。勿論、全ての中国人学生が上述のとおりであるとは言わない。ただ、国として、大学として、こういった学生への支援に積極的であることは事実である。
3.訪中して見えたもの② ~失敗を恐れない企業意識~
この様な環境で過ごしてきた学生は、研究成果の社会還元を自身が企業することで実現したいとも考えるようになるようで、中国ではベンチャー支援も積極的に行われていた。これもあくまで私の印象であるが、日本は成功する十分な見込みが立ってから企業に踏み出すことが多いように思える。これに対して中国では、失敗しても構わないからまず起業する、という考えで、そのための国や大学の支援が非常に手厚かった。この企業意識の差も、両国の科学技術発展に繋がるモチベーションの差として大きいように感じた。失敗ありきで考えることが良いとは言わないが、間違いなく自身を動かす原動力にはなると思われる。仮に失敗してもそれをマイナスのレッテルとせず、次に繋げるプラスの経験と捉える姿勢は、見習うに値するものであった。
4.訪中して得られたもの
取り留めなく私が感じたことを書き連ねてしまったが、最後にまとめると、今回の訪中で『中国の科学技術に携わる人々の熱量』を肌で感じられたことは、私にとって大きかった。本学を含む日本の研究者、学生も目標を持って積極的な研究活動を行っていることに違いはない。違うのは周囲のサポート体制にあるのではないだろうか。研究者が研究に集中しやすい環境を今以上に作ることが大事である。この場で私が紹介した話には出てきていないが、国の戦略に合わせて大学側の支援体制も非常に整っていると思われる。
日本の大学は研究者に課す研究以外の業務が非常に多い。各研究者は教育(授業)準備に加え、日々研究外の大学業務を行っている。そのため、純粋に研究活動に充てる時間が少ないのが現状である。こういった研究以外の業務負担を如何にして減らし、研究活動に集中して取り組める環境を整備することが、これからは非常に重要となってくる。我々大学職員は研究に直接関わることは難しいが、研究者を取り巻く環境の整備・改善はむしろ積極的に行っていくべきである。一足飛びに世界水準の研究力を備えることを職員の力で実現することは厳しいかもしれないが、こういった環境改善から取り組むことで、日本の研究者が潜在的に持っている『熱量』を表面化させることは可能である。
「小さな一歩かもしれない。すぐに成果が表れるものではないかもしれない。だからといって、取り組まなくて良いということにはならない。まずは自分の考えを具現化し、行動に起こすことから始めていこう。それが本学の研究力向上に繋がるのだから。」
自分が成すべきことへの道が開かれたこと。それが本プログラムに参加し訪中したことで得られたものである。どのようにして実現していくか、これは私次第である。私自身のことではあるが、今後が非常に楽しみでならない。