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【08-003】「はしご酒」から日本社会の一側面を見る

孫 継強(南京信息工程大学日本語学部講師)  2008年6月20

 1999年6月、大学三年生の時、中国国際友好連絡会主催、日本財団(笹川財団)後援の中国青年学生訪日交流代表団の団員として、日本を初めて訪問した。 代表団は中国の大学10校からそれぞれ一名選ばれ、引率者と組織者を合わせて16名からなっていた。初めての日本訪問だったので、私は日本のことはなんで も新鮮に感じた。一年後に仕事の関係で、二度目の日本訪問をした。東京で三ヶ月位滞在したが、この都市の様子が少し分かるようになった。2004年12 月、南開大学国際研修プロジェクトに参加し、二週間の研修活動を通じて、日本の文化、社会に身近に触れた。2006年4月から2007年3月まで、交換留 学生として国学院大学に一年間留学した。この一年間の留学生活を通じて、日本人の友達ができ、日本社会のことが一層分かるようになった。外国人の私が特に 興味を持っているのは「違和感」を覚えるような社会現象である。その中に「はしご酒」と「27時」というのがある。

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一、「はしご酒」という現象とその社会的背景

 中国と日本は同じ文化圏に属しているが、生活習慣や考え方には不思議なほど相違がある。例えば、道を歩いていて人にぶつかった場合、中国人と日本人の対応 はまったく違う。中国の場合、ぶつかった者がぶつけられた者に謝って、相手の了承を得てことを済ますに対し、日本の場合、ぶつかった双方が謝り合うのは普 通である。

 日本滞在中、翻訳関係の会社でアルバイトをしたことがある。ある日、何人かの日本人の同僚と居酒屋に飲みに行った。皆と杯を重ねて、楽しい時間を過ごし た。10時ぐらいになってそろそろ帰ろうとしたとき、ある同僚が「はしごしよう」と言い出した。初めて聞いた言葉で、意味が分からなかった。

 「一箇所の酒飲みで終わりにしないで、二箇所、三箇所...と場所を変えて酒を飲み歩く習慣がはしご酒だ」と同僚が教えてくれた。

 このような習慣は私たち中国人にとって、何とも奇妙に思えてならないのだ。しばしば場所を変えて飲むよりは、一箇所でじっくり飲んだ方がもっといいのではないかと思うからである。なぜ日本人にこのような「おかしな」習慣があるのか詳しく説明してもらった。

 日本では大人数の飲み会の場合、時間制(普通は2時間)にしている店が多い。一軒目の店で飲み足りないとか、話しが尽きないとなれば、二次会に行ったり、 カラオケに行ったりすることがある。また、わざわざ普通に食事してから飲み屋やカラオケに行くこともよくあるのだという。

なぜ、日本人が遅くまで帰宅しないのか。その理由は人間関係と仕事のストレスにあるのではないかと私は思う。

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 現代日本では、身分としての厳しい上下関係はなくなったが、昔ながらの集団的秩序というものがしっかり残っていると感じられる。日本人の性格はという と、「集団意識」というのが代表的なものであろう。全体から見れば、日本という国は最大の集団であり、その下に大小さまざまな集団が存在している。会社は そうした集団のひとつである。会社では、社長→部長→課長→平社員という基本的な秩序が厳しく守られ、それを乱そうとする者はあまりいない。こうした集団 では、人間関係が最も重要視されている。もし、会社で上司や同僚たちの考え方や周囲の状況を無視して、自分勝手に行動すれば、その会社の秩序を乱してしま うことになり、仲間から排斥され、「除け者」にされてしまうことになる。だから、日本人はその集団の中に存在するために、人間関係を重視しなければならな いわけである。社員は上司に絶対的に従わなければならない。しかし、勤務時間外でも、このような厳しい関係を守ろうとすれば、上司と部下は平等に交流する ことが不可能である。これが会社にとって不利であることはいうまでもない。だから、会社という「大家族」の人間関係を柔らかくするため、仕事を終えてか ら、仲間が一緒に酒を飲みに行くことが日本では習慣になっている。そのとき、上司はよく「今日は無礼講で行こう」と言う。つまり、酒を飲むときは、相手が 自分より上か下かなどは忘れ、すこしぐらいの失礼があっても、気にせず付き合おうということである。

 しかし、一回目で終わればよいが、二次会、三次会と場所を変えながら飲み続けるのはどうだろう。はしごに登るように、飲んでいるうちに感情も昇華してい くことに因んで、「はしご酒」と呼ぶ。それに反対すれば、「仲間に不満があるのか」とか、「変な人」などと思われることがあるので、自分がどんなに疲れて も、あるいはお酒に弱くても、「二次会」の提案に賛成するほか仕方がない。

 日本は第二次世界大戦後目覚しい経済発展を遂げ、アメリカに次ぐ世界第2位の経済大国になった。日本の高度成長を支えたのは、いわゆる「日本式経 営」である。その「日本式経営」の特徴として、「終身雇用」と「年功序列」が挙げられる。従業員に重大な過失がない限り、企業は従業員を定年まで雇用し続 ける。企業は不況の場合でも、欧米のように従業員を一時的解雇しない。企業は定年退職した従業員に年金を支給する。それが「終身雇用」である。そして、 「年功序列」とは、同じ能力を持ち、同じ仕事をしている社員でも、勤続年数の長い社員により高い給料と多くの昇進のチャンスを与える制度である。従業員が その恩返しとして、企業のために一生懸命に働くことで、企業と個人が「運命共同体」というような関係を結成している。企業が繁栄し発展すれば、従業員はそ の恩恵を受け安心して生活することができるという意識が深く頭の中に根付いている。そのため、サラリーマンたちは、企業が好業績を挙げたら、自分も安泰だ と意識して、企業が倒産することのないよう、会社のため、また自分のため、夜遅くまで残業する人が大勢いる。仕事に熱中しているから、時間のことを忘れて しまう。気がついたら、もう翌日になっていることが多い。

 そして「はしご酒」や残業などで深夜の零時を過ぎてしまうような状況が繰り返されているうちに、いつしか「27時」とか「午前様」とかいうような言い方が生まれてきた。

 「27時」というのは午前三時のことである。実は、近年この言い方が一般に使われるようになった。例えば、この間インターネットでTV番組の放送内容を調べてみたら、「27:00−28:30 ○○映画」とちゃんと書いてあった。

 しかし、なぜこのような変な時間感覚ができたのだろうか。

真夜中を過ぎても、まだ外で同僚と一緒に酒を飲んでいるか、まだまだ終わらない仕事に夢中になっている「企業戦士」にとって、朝三時といったら、日付が変わり、やっている過程が中断するイメージがあるので、わざと「27時」と言ったのであろう。

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二、 「はしご酒」のマイナス面

 真夜中過ぎるまで「はしご酒」や残業をする人は、家に着くころには、もう翌日の夜明け方になっているので、よく「私、午前様だよ」と言う。

 「午前様たち」が自分や家庭また社会にどのようなマイナス影響を与えるかについて、下記三つのポイントから述べる。

1.子供の教育への影響

 「午前様たち」が家に着くころには、奥さんと子供はすでに寝ている。そして、日本人の家は大体会社から遠いので、朝早く出勤しなければならないが、そ のとき、子供たちはまだ夢を見ている。したがって、現代日本社会において、父親と子供たちの交流が少なくなっており、父親を「外の人」とする子供までいる そうである。親と子供との隔たりが広くなり、必要な家庭教育が欠けるため、不良少年(少女)になってしまう子供は少なくない。近年、学校で先生やクラス メートが殴られるといった事件も発生している。それはすでに深刻な社会問題として注目されている。

 また、単身赴任などにより、家族との交流が不足になることがある。子供たちは学校や塾などに任されっ放しで、家に帰れば、自分の部屋から出てこない。そ のような状況が長く続けば、子供たちは性格が内気になり、自分の世界に閉じこもってしまう。社会にでても、厳しい人間関係や複雑な付き合いに適応できない わけである。この現象は「職場不適応」といわれている。その結果、自信を失い、上司、同僚との関係がわるくなってしまう。このような社会現象は増加しつつ あるといわれている。

2.離婚率と家庭内の犯罪率への影響

 もっと深刻なのは、夫妻間の交流が少なくなっているため、日本の離婚 率が近年上昇していることである。離婚件数を見ると、1971年に初めて10万件を超え、1983年には約18万件に増加し、1994年には18万 8303件に上り、前年より約9千件(5.1%)増えた。2001年には28.6万件に急増し、2002年には29.2万件になった。(図2参照)

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 離婚の原因から見ると、女性の地位向上が進んだことと、離婚が恥ずかしいという意識が薄れてきたことが影響しているほか、夫婦の間の交流が少ないことと、 婚外恋の増加が重要な原因として挙げられている。また、日本で人気を博した渡辺淳一氏の小説「失楽園」は国内外での読者がかなり多かった。その小説によっ て改編されたドラマは、最高の視聴率を記録した。どうしてそんなに人気があるかというと、日本社会の共鳴を引き起こしたからであろう。この小説は日本人の サラリーマンの生活を描いている。男女主人公は婚外恋の果て心中の道を選んでしまう。これは厳しい人間関係の下の悲劇といえる。

 高い離婚率の結果、単親家庭が多くなってきた。正常な家族は両親がそろっていなければならないという考えのもと、単親家庭は「欠損家族」と呼ばれる。もちろん、この単親家庭が子供の健全な成長にとって不利であることはいうまでもないと思う。

 もうひとつ悪い結果は、家庭内の犯罪率が高くなったことである。深夜過ぎに家へ帰るという状況が繰り返されると、妻が不満になり、愚痴をこぼすのはあた りまえのことである。しかし、すでに十数時間も仕事をしてきた夫は、非常に疲れている。そのうえ、会社の複雑な人間関係や激しい競争が耐え切れないほどの 圧力になっている。そこへ、妻に愚痴をこぼされると、長い間、心の中に溜まっていた悩みや怒りが一気に火山のように爆発してしまう。家庭内暴力は離婚の理 由として挙げられているばかりでなく、近年、日本の家庭内犯罪の多発の主な原因としても重視されている。

 上記の状況について、社内20人の日本人の同僚たちを対象として、アンケートを行った。週平均3回以上22:00以降に帰宅する人は10人で、82%以 上の人は家族との交流不足が子供の教育に影響を与えると答え、40%の人は夫妻間の交流不足が離婚の主な原因になると答えている。

3.ストレス、過労死の増加

 強いストレスが原因で過労死、自殺するサラリーマンも少なくない。厚生労働省の労働者健康状況調査によると、1982年には職場でストレスを感じ る人が50.6%で、1992年には57.3%、2002年には61.5%になった。また、自分の仕事や職場での不安、悩み、ストレスについて相談できる 人として家族、友人を選ぶ人が80%以上である。つまり、もし深夜まで仕事をする日々が続いていると、自分の悩みを相談できる相手もなくなるわけだ。過労 により大きなストレスを受け、疲労がたまり、場合によっては「うつ病」を発症し、ついにストレスに耐え切れなくなり、過労自殺の事件も発生する。現在、日 本では「過労死110番」という過労死、過労自殺に関する情報を伝える特別な機構もある。

 日本では、厚生労働省がストレスを感じる人を対象として、職場におけるストレスの原因を調査した。2002年の労働者健康状況調査によると、35.1%の人は「職場の人間関係」を選択して、32.3%の人は「仕事の量」を選択した。(図3参照)

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三、中日両国の家庭観念の比較と社会問題の状況分析

 上記の問題について、中国ではどのような状況だろう。まずは両国の家庭観念について比較してみよう。中国人の家庭観念は、中国と日本の経済形態の 相違による影響だけでなく、中国固有の文化にも深い関係があるので、日本人の家庭観念より強いと思われる。原因について、次のように考えられる。

 まず、ご存知のように中国では、自給自足を特徴とした自然経済が長い間主導的な地位を占めていた。この自然経済体制の下に、家族の構成員はこの集団の労働 者になっている。自分の家庭の利益を維持するため、自然にほかの家庭の競争相手になる。だから、非血縁者と信頼関係を作るのが難しい。体や心の憩の場所 は、家庭にしか求められない。純粋な血縁関係が家庭を維持する要である。従って、この経済形態の下に、人々の家庭観念がより一層強いわけである。

 それに対して、日本人は、昔から養子縁組があったように、血縁の純粋さをそれほど重視しない傾向がある。そのため、非血縁の人たちが集まっても、求心力 の強い集団(会社)を結成することができる。これは、戦後日本の目覚しい発展の原動力とされてきたものの、事業と家庭の両立を難しくしているのも確かであ る。

 第二に、中国固有の伝統文化が中国人の意識の形成に大きな影響を与えた。そのなかでも、二千年以上にわたる中国の封建社会を統制してきた儒教思想が中華民 族の発展史上における重要な役割を果たす地位を占めている。儒教は自然経済からの影響を受けることを免れない。したがって、儒教が提唱した「孝」と「悌」 などの思想は、皆家庭を出発点として、家庭内部の秩序、団欒を維持するためのものである。時間が経つにつれて、この思想は人民を統制する道具として統治者 に採用されたので、自然「国家」、「皇帝」に対する「忠」の思想が強調されるようになったが、濃厚な家庭観念的な性格を脱却することができなかった。二千 年の薫陶をうけて、この強い家庭観念は社会の中に根付いた。

 それに対して、日本では、儒教から影響を受けたが、それは外国の思想として吸収されたものである。日本固有の思想はやはり「国学」である。その精神は、 「天皇」、「国家」などのお上に絶対的に服従するという考え方である。その伝統思想は長期的にわたり、今日まで継承されており、会社の中では「集団意識」 の形で表れているわけである。したがって、日本では会社の人間関係が厳しく、家庭観念が相対的に薄れてきた。

 中国人の家庭観念が日本人より強いという点では、中国人はアメリカ人に似ている。

あるアメリカ人は「昼間でも時間的余裕があれば帰宅して妻や子供と一緒に食事する。日本人にとって、1年が365日であれば、アメリカ人には730日となる」と言った。つまり、仕事ばかりでなく、家族との交流は、寿命を倍にするものとアメリカ人が考えている。

しかし、中国でも経済の目覚しい発展につれて、状況がしだいに変わりつつある。ご存知のように、現在住宅問題、就職問題、医療問題が庶民にとって、すご く大変なことになっている。今、中国のサラリーマン、特に就職したばかりの新人たちは一日も早く新しい環境に適応するよう毎日12時間以上会社で努力する 姿も多い。その結果、強いストレスの下で、肉体的に疲労が溜まるだけでなく、精神的にも大きな障害を来たすケースが増えている。近年、中国でも何件かの過 労死事件が新聞によって報道されている。現在、サラリーマンたちのストレスがすでに大きな社会問題になっている。

 また、中国も近年来生活水準が急速に高まるにつれて、経済社会の多様化が進み、離婚率が急激に上がっているといっても過言ではない。離婚の理由はさまざ まであるが、不倫、家庭内暴力、経済的矛盾、性格の不一致などが主な離婚要因として挙げられている。中国の一人子政策の年代に生まれた子供たちが我がまま で、いつも自己中心的な考え方を持っているので、夫婦の間の交流が欠けると、婚姻に与える影響がもっと厳しくなると思う。

四、「はしご酒」問題への対応

 現在中国では、社会主義市場経済を行っている最中である。外国企業が中国に進出するにともなって、中国企業の構成方式、管理手段などの面において大きな変 化を生じる可能性があると思う。つまり、外国の先進的な技術とか、経験などを習うと同時に外国の思想、文化も中国社会に染み込む恐れがある。この状態が数 十年間続くと、中国の現存の道徳観念、企業文化などが大きなインパクトを被るのは当たり前のことである。

 その上に就職、住宅など厳しい問題を持っている若者たちがどのようにストレスに直面して、自己の心身を調整するかはすでに深刻な社会問題として出てきて いると思う。過労死ということは中国のサラリーマンたちにとって身近に迫った切実な問題になっている。こうした社会問題が中国社会、経済発展のマイナス要 因になるのは間違いない。

 したがって、われわれは経済を発展させるとき、盲目的に外国のものをすべてそのまま持ち込むのではなく、先進的な技術や経験を導入すると同時に、新しい 道徳体系を構築する必要があるのではないか。また、サラリーマンたちは自身の心身の状況に気を配り、現代社会に満ちているストレスをどのように解消、発散 したらいいかを考え、会社では、社員たちの心身の健康を守るために経営者側がどのような対策や方針を取るべきかを考える必要がある。さらに、国、政府及び 社会では、ストレス解消のための相談窓口や医療機関の設置及び関連する法律や社会制度の整備に取り組まなければならないと思う。

 中日両国は一衣帯水の近隣であるが、現状では距離感のある隣国とも言える。この現状を打破するには、政治・経済面での諸問題の改善が必要なことはいうま でもないが、両国民の「草の根」レベルの交流の積み重ねが重要であり、こうした交流を通じて両国の文化や習慣、意識の相違をより良く理解し合うことが重要 だと思う。

孫 継強

孫 継強:
南京信息工程大学日本語学部講師

略歴

77年7月、青島生まれ 
00年7月、山東大学外国部学院日本語課卒業 
00年7月〜02年7月、青島デジタルコスモス社に就職 
02年9月〜05年7月、南開大学日本研究院修士課程 
05年9月〜08年7月、南開大学日本研究院博士課程 
08年7月から、南京信息工程大学日本語学部講師

滞日経験: 

99年5月31日〜6月9日 中国青年学生交流代表団団員として日本を初訪問 
00年8月30日〜11月17日 業務出張で東京に3ヶ月滞在 
04年11月21日〜12月4日 南開大学国際研修プロジェクト研修 
06年4月〜07年3月、国学院大学文学部歴史学科交換留学