【08-004】日本留学雑記
王 清:北京大学政府管理学院博士課程
略歴
81年5月、湖南省汨羅で生まれる。
03年、湖南師範大学法学院で法学学士の学位を取得。
05年、湖南師範大学公共管理学院で法学修士の学位を取得。
05年、北京大学政府管理学院で政治学理論を専攻。研究分野は政治学の理論と方法であり、博士論文のテーマは「現代中国の政府による社会的統制制度の変遷 パターン−都市戸籍制度の変遷を例に」。国 内の主要定期刊行物に10編余りの学術論文を発表し、「新華文摘」、中国人民大学コピー資料「政治学」、「高等 学校文科学報文摘」に抜粋掲載又は転載される。
07年11月〜2008年4月、「博士課程大学院生共同養成プロジェクト」の国費派遣留学生として、日本の国立政策研究大学院大学に留学。
08年4月以降、北京大学政府管理学院で引き続き博士課程に学ぶ。
私は07年11月から08年4月まで、中国国家留学基金委員会の「博士課程大学院生共 同養成プロジェクト」の全面的な資金助成の下、東京の国立政策研究大学院大学(GRIPS)に半年間留学した。日本に来たのは2度目だが、このように長期 間日本に滞在したのは初めてのことだ。6カ月の生活と学習の中で、東京は私に深い印象を残した。科学技術振興機構中国総合研究センターの原稿募集案内に応 じ、日本留学で感じたことを書き記すことにする。
一、理解と融合:生活体験
母国を離れ、日本に遊学したが、生活環境は国内と大きな違いがあり、この社会に適応し、溶け込むために調整を急ぐ必要があった。理解は外国社会に早く溶け 込むための触媒である。私は06年から07年にかけ、北京大学の博士課程院生を対象とする現代日本研究クラスで1年間学び、日本にも行って短期の視察を 行った。このため、日本の文化や社会についてはある程度理解している。今回の留学に先立って、私は如何にして留学の目的を達成し、留学生活に適応するかと いう心構えをすることにした。具体的に言うと、以下の点が含まれる。
1. 留学のための事前準備を整えること
実を言うと、東京に留学する前、私は非常に緊張していた。理由の1つ目は論文資料が十分でなく、博士論文が書けないのではないかという不安、2つ目は異国の地での生活に適応できるのかどうかという不安である。
このため、07年5月に国家留学基金委員会から採用名簿が発表された後、私は直ちに出国の準備を始めた。国内の指導教官の助言を受け、私は卒業論文の構想を 最終的に確定し、また、出国前に論文の研究テーマについて説明を行い、指導教官並びにその他の教師から寄せられる私の論文に対する熱い期待を胸に出国し た。その一方、出発前に、日本の教師や友人から色々私心のない援助を受けた。日本側の指導教官となる高田寛文教授が一切の手続きを代行してくださった。細 かいことだが、感動したのは在留資格申請表に個人情報を記載する必要があった時、高田教授が私から送られた個人の略歴に基づき、出生地、誕生日等を含め、 細心の注意を払いながら申請表に記入してくださったことだ。また、国内の友人の紹介を受け、それまで全く面識のなかった渡辺一元氏にとてもお世話になっ た。事前に私の住む所を手配し、生活上の細かなことをあれこれ教えてくれたのである。また来日当日、私が乗った航空機の到着時間が遅かったため、新入生を 出迎えることになっていた寮の担当者は既に退勤していた。渡辺氏はこれを知ると、車を運転し、2人の中国人留学生と一緒に空港に来て迎えてくれた。彼らが 帰宅したのは夜中の3時であった。
2. 核となる仕事をもつこと
正直に言うなら、外国に出ると、人は羽を伸ばしてしまうものである。訪問学者として、もし核となる仕事がなかったなら、表面的にざっと見る観光客 の心理状態に陥りやすく、留学の貴重な時間を浪費することになる。核となる仕事があれば、留学の効率を高めるのに有利である。私の日本での第1の目標は博 士論文の一部を順調に書き上げることなのだと自らに言い聞かせた。留学期間は半年であり、このため、時間を大切にすることを片時も忘れないようにした。日 本に到着した後、最初の日曜日を迎えると、私は学習モードに入り、政策研究大学院の図書館やOCLCシステムを大いに活用して大量の英文資料及び一部の日 本語資料を見つけ出した。また、日本で教師を表敬訪問し、学術活動に参加する時も、博士論文の執筆が常に念頭にあった。こうすれば明確な目標を持って学習 し、留学効率を高めるのに有利となる。同時に、自らの生活を充実させることにもなる。
3. 多くの人と交流すること
外国では、たとえ忙しくしていても、暇な時があるものだ。こうした時、友人を訪ねて交流をしなかったなら、孤独感が一層深まるだろう。留学生活は苦しい と多くの人が口にするが、原因の1つはこれなのかもしれない。幸い、私が住んでいたのは学生会館であり、40人前後が生活していた。全部東京の各学校から やってくる女子学生であるが、日本人の学生もいれば、中国、韓国、米国、インドネシア等から来る学生もいた。キッチンを共用しているため、皆と毎日顔を合 わす機会が多い。 どんな時でも、私は友好的に挨拶を交わし、彼女達と話をした。ここで多くの良き友人と知り合えた。また、留学生の現実生活も目にした。留学生の多くは働き ながら学んでおり、私費留学生の苦労と粘り強さがわかった。しかし、祝祭日になると、皆でチョコレートケーキを作ったり、様々な活動に参加したりして、生 活の楽しみが増えた。今年3月、北京の教師が会議に出席するため日本を訪れた時、ここの友人が色々協力してくれた。また、08年4月25日に日本を離れる 時はこれらの友人が送ってくれたお陰で、空港まで身軽に行けた。私1人だったら、4個の大きな手荷物を運ぶことなど出来なかったに違いない。会館の友人達 がいたから、日本での生活は寂しくなかったのだ。何か問題があれば、友達に助けを求めることができたからだ。
4. 多くの学術活動に参加すること
中国国家留学基金委員会の「博士課程大学院生共同養成プロジェクト」の趣旨は私達を外国に留学させ、先進的技術を学ばせることである。学術活動に参加し、 国外の学問分野の動向を理解することは、外国の先進的な研究成果を学ぶ良い方法である。政策研究大学院大学には多くの学術会議や講座があり、指導教官の高 田寛文教授のアドバイスに従い、私は「decentralization and local communities:participation. collaboration and citizen-based governance」の国際学術会議に参加した。これは私にとって大いに助けとなった。また、法政大学の唐亮教師には非常にお世話になった。論文の分析 作業を熱心にサポートして頂き、図書を贈って頂き、著名な学者に引き合わせてくださった他、早稲田大学主催の大型国際学術会議「現代中国研究−現状と展 望」にも出席させて頂いた。そのお陰で、私は中国政治学に関する日本の研究に足を踏み入れることができ、「研究組織を見つけた」喜びに有頂天となったもの だ。
二、日本の社会について感じたこと
日本で半年間生活し、私は日本の社会に対して次のような印象を持った。
- 生活するのに便利で、交通が発達している。東京は生活するのに非常に便利だ。どこにでも多くのスーパーやコンビニがあり、また、どの地域 でも〜たとえ近郊でも、地下鉄やライトレール・トランジット(LRT)が発達している。東京には至る所に地下鉄やLRTの路線がクモの巣のように張り巡ら されている。だからといって、人々が道に迷うことはなく、地下鉄とLRTは相互に乗り入れており、交通標識のデザインは非常に人間味がある。ある時、日本 に来たばかりの中国の友人と明治神宮で会う約束をした。私は事前にヤフーのサイトで駅到着時間に従い、詳しいルートを検索し、彼女に送った。当日、彼女は このルートマップを頼りにきちんと時間通り目的地にきてくれた。
- 細かいところまで気配りをし、気を抜かずに仕事をする。日本人は仕事振りが緻密であり、細かいところまで心を配る。
(1)日本人は几帳面であり、法律や規則をきちんと守る。信号のある道路では人も車も赤信号を無視することはない。中国は流動人口の登録が難しいという 問題を抱えているので、私は以前、指導教官の高田寛文教授に、日本でも市役所に登録しない人がいるのかと尋ねたことがある。高田教授の答えは「登録しない でよいことなどあろうか。それは違法だよ」であった。
(2)細かいところまで気配りするのが日本人の気質である。これは奥の深い浮世絵のような芸術作品に見られるだけでなく、日本人の日常生活や仕事振りに も見られる。日本人は自分の仕事にプロ意識を持っている。郵便局、銀行、図書館等の公共サービス機関に行っても、市役所、区役所等の末端行政機関に行って も、どこの職員もサービスの対象であるお客さんに敬意を払い、礼儀正しく、親切であると感じられるだろう。また、日本人は生活環境にも細やかな心配りをす る。東京、特に近郊をぶらぶら歩くと、様々な草花が各家庭に植えられているのを至る所で見掛け、一年中、花が咲いている。
聞く所によると、日本は相続税が非常に高い。よく目にする小さな公園の多くはかつては個人所有のものだったが、相続する時に納める税金が土地や家屋の価値を上回るため、相続人が税金代わりに山林や土地を政府に引き渡す道を選ぶことがよくあるという。 - 東アジアを重視し、交流に重きを置く。中国では、アジアを研究する学者を除き、欧米諸国に興味を抱く人が多く、アジア諸国に関心を寄せ、又は理解している人は非常に少ない。私は日本に来て、日本がアジア、特に東南アジアの国々に強い関心を寄せていることに気付いた。
私の留学先である政策研究大学院大学を例に挙げると、ここは政府がバックアップし、海外の公務員、特に東南アジア諸国の国家公務員の養成を目的とする国 立大学である。政府のバックアップがあるという主な根拠は、大学の各研究所にそれぞれ中央政府からの財政支援があり、業務面でも対応しているからだ。ま た、学生はほぼ全てが公費学生だが、その費用の大半は日本の中央政府が支出している。この大学は多くの東南アジア諸国、例えばインドネシア、フィリピン、 タイ等との間で公務員養成プロジェクトを実施している。このため、かなりの部分の学生は東アジアから来ており、東アジア諸国の多くの学者がここで学んだ経 歴を持っている。
指導教官の高田寛文教授が所属する比較地方自治研究所(The center of comparative study of local government)はアジア諸国を殊の外重視している。中国、タイ、インドネシア、フィリピン等から来た学者がここで訪問交流を行う。同センターは私 の研究テーマである「現代中国における都市戸籍制度の変遷」にも強い関心を寄せている。日本を離れるのに先立ち、私は井川博教授の招きを受け、30分間の 英語による講座を引き受けた。聴衆が皆外国人であるため、講座を準備する過程で、私は外国人の視点から中国の戸籍制度を見るようにし、相手の立場から物事 を考え、こうして自分の研究の視野が広がった。 - 中国に関心を寄せ、研究を重んじる。全てのアジア諸国の中で、日本は中国への関心が特に高い。私が接触した科学技術振興機構中国総合研究センター、国際交 流基金、現代中国地域研究等の機関は中国研究に力を入れており、中国を理解する人材を育成するとともに、中国との交流を進めている。
- 所得格差が小さく、社会的分配が均等である。東京はパートタイムの仕事が非常に多く、誰でもパートの仕事を簡単に見つけることができる。私と一緒に日本を 訪れ、東京言語学校で日本語を学んでいる某就学生は、東京に来てから半月もしないうちに自分で仕事を見つけた。パートは時給制が採用され、どんな職種も時 給はほぼ同じで、1,000円(70元)前後である。しかし、東京で安定したフルタイムの仕事に就くのは容易でない。これは近年の経済不況の影響及び日本 の終身雇用制によるものである。
また、各種商品価格の開きが大きくない。米5kg、松本楼(2008年5月6日に胡錦濤主席をもてなしたレストラン)1階のビーフカレー、資生堂の保湿乳 液は価格がほぼ同じである。その他、日本に1年以上(1年を含む)居住し、市役所に登録しさえすれば、国民健康保険、子供の教育等を含め、各種の公共サー ビスを受けることができる。各人がそれぞれの賃金収入に応じて一定の保険料を納めていれば、病気になった時、30%の医療費を負担するだけでよい。このた め、日本では比較的収入の少ない人でもきちんとした医療を受けることができる。
日本の中国学研究の現状に対する私の感想は次の通りである。
第一に、彼らの中には中国学に関する一流の学者がおり、早稲田大学の毛里和子教授、慶応大学の高橋伸夫教授らの研究と発言は非常にレベルが高い。
第二に、研究方法は定量的研究が中心である。例えば、政策研究大学院大学所属の比較地方自治研究所(The center of comparative study of local government)は総務省の情報サポートと(財)自治体国際化協会(Council of local Authorities for International Relations=CLAIR)の資金助成の下、日本語と英語で日本の行政制度に関する大量の研究成果を出版している。これら成果の特徴は定量的研究を 行い、大量のデータを提供していることである。また、私の研究テーマである現代中国の都市戸籍制度についても、日本の学者は綿密な研究を行っており、素晴 らしい文献を私に提供してくれた。
第三に、彼らは中国学を中心として、組織を発足させ、課題を申請し、共同研究を行っている。07年に設立された現代中国地域研究は正にそうした組織であ る。この組織は早稲田大学現代中国研究所、京都大学人文科学研究所、慶応義塾大学東アジア研究所、東京大学社会科学研究所、総合地球環境学研究所、東洋文 庫の6つの拠点がネットワークで結ばれ、共同研究を行っている。各拠点がいずれも中国学に関する課題を持つ。
第四は学術面で開 放されていることだ。誰でも会議の冒頭に資料を受け取ることができ、言い換えるなら、一般に開放されているのだ。また、ディナーパーティーも一般に開放さ れており、誰でも1,000円(70元)払えば参加できる。この費用は弁当1食分の値段とほぼ同じである。立食形式のバイキング料理は日本の大きな会合の 特徴の1つだと言える。これはスペースを節約し、大勢の人を受け入れることができ、また、交流するのにも有利である。
外国にいると、留学生には強い民族的自尊心が芽生える。これは遠く異郷の地にいる旅人が家族を恋しく思うのに似ている。しかし、こうした自尊心を 発散する方法と効果は人によって異なる。自尊心は劣等感に変わることもあれば、誇らしい気持ちに転化することもある。後者は実際の行動で示す必要がある。 理解・融合、勤勉・向上は留学生が自尊心と愛国の情を表す最も良い方法ではないかと思う。