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【11-08】高速鉄道事故と中国版新幹線整備のゆくえ

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2011年 8月25日

 さる7月23日に起きた新幹線追突事故は中国社会を震撼させた。共産党設立90周年に合わせ、北京―上海間の高速鉄道が開通されたが、絶対に安全といわれている高速鉄道が猛スピードで追突し、数百人の死傷者を出した大惨事となった。試運転の期間が短く、安全性への疑問の声もあったが、鉄道省の幹部や鉄道専門家は「中国独自開発の高速鉄道が絶対に安全」と豪語していた矢先のことだった。

 事故後、温家宝首相は現場を訪れ、事故原因を徹底して調査するよう指示した。また、世界一を目指す運行速度も時速350キロから300キロに減速した。さらに、現在工事が進められている新しい線路の開通も先送りされている。問題は事故原因の詳細は未だに明らかにされていない。国民の間で今回の高速鉄道事故と政府の対応に批判が高まっている。

 高速鉄道事故が起きてからインターネットの書き込みが炎上するようになり、現場近くの住民は中国版ツイッターの「微博」に写真や動画を掲載し、鉄道省が人命救助よりも、運行再開を優先にしていることが暴露された。その後、本来ならばありえないことだが、官制メディアも「鉄道省の脱線が事故の原因」といった鉄道省の批判を強めた。

間違った初動

 改めて事故過程を振り返る必要はないが、鉄道省による事故処理とその姿勢に問題があることを指摘しておきたい。事故の原因を究明し、再発を防止することは鉄道運行を再開する前提条件である。しかし、事故直後に、鉄道省の取った措置は原因究明や人命救助よりも一刻も早く運行再開することである。この方針について鉄道省は否定しているが、過去60年間、中国の鉄道事故処理の基本方針と原則が一貫して運行再開を優先にすることは周知の事実である。

 そして、事故後の記者会見で責任追及から逃れるために、鉄道省は人為的なミスを認めず、落雷による天災と強調された。昔だったら、事故原因はこの言い方で通ったのかもしれないが、インターネットが発達した今日では、政府の嘘は通らなくなった。

 すでに内外のメディアによって報道されていることだが、鉄道省は運行再開を重視するあまり、人命救助をお粗末にし、事故の証拠品である車両の一部を沼に埋めるなどをした。その後、内外のメディアの追求とインターネット上の政府批判の高まりを受けて、鉄道省はこれらの疑惑を否定しているが、国民の間では、もはや鉄道省への信頼は失墜してしまった。

 ここで心配されるのは、国民の鉄道省批判の矛先が中国政府指導部に向けることである。1年後の政権交替を控え、胡錦濤指導部は警戒を強めている。事故から6日経って、ようやく温家宝首相は事故現場を訪れ、遺族と負傷者と面会し、内外の記者の質問に答えた。

 温家宝首相は記者会見で事故原因の調査を透明化し、その責任追及を徹底することを約束した。同時に、当初、鉄道省が遺族らに約束した賠償金を50万元から91.5万元(約1100万)に倍ぐらい引き上げ、事態の収束が図られた。

 しかし、新たな疑惑も浮上している。温家宝首相は事故から6日目になってようやく事故現場を訪れたことについて、「私は病気にかかり、11日間も病床にあり、今日になってようやく医者から外出の許可が出た」と釈明した。ところが、事故翌日の24日、温家宝首相は河野洋平元衆議院議長が率いる訪中団と非常に元気な姿で会見に望んだ。いったい、真相はどこにあるのだろうか。

無責任体質の是正

 事故現場で記者の質問に答える温家宝首相の後ろに立つ国務院の幹部らはいずれも事故やその原因に無関心な表情だった。温首相だけは事故調査結果の透明性を誓うが、その後、鉄道省は事故責任が自らになく、信号を開発した企業の責任と弁明することに終始している。

 何よりも信じられないことは事故原因調査委員会のリーダーには鉄道副大臣が入っていたことである。自分が自分を調査するようなものでその客観性をどのように担保するのだろうか。また、もう一人のリーダーは中国工程院院士王夢恕であるが、事故が起きた直後に事故原因について「運転士の過労によるものではないか」と国内メディアに語ったといわれている。何の根拠もなく推測して発言する科学者は事故調査委員会のリーダーに選任されているということである。

 今回の事故に対する反省はたくさんあるが、一番の問題は鉄道省の無責任の体質ではないかと思われる。現在、鉄道の管理・監督と運行はすべて鉄道省によって行われており、その傘下に、鉄道局などの事業体のほかに、公安警察など司法機能も備えている。名実ともに独立王国である。

 鉄道省の無責任と腐敗の事態は今から始まったことではない。しかし、江沢民の時代も胡錦濤政権になってからも鉄道省の無責任体質にメスを入れることができなかった。今回の事故で鉄道省に対する国民の不満が一気に噴出してしまった。鉄道省の無責任体質をこのまま姑息に放置すると、指導部自体が危うくなる恐れがある。たかが鉄道の事故と軽視していた胡錦濤政権は思わぬ正念場に直面しているのかもしれない。

中国高速鉄道のゆくえ

 振り返れば、中国高速鉄道事業の始まりは自力更生による技術の開発ではなく、日本、フランス、ドイツとカナダから技術を取り入れ、そのうえで、中国社会の実情にマッチングする高速鉄道ネットワークを再設計し、建設したのである。その初期段階で時速250キロの高速鉄道を建設し、運行した。その後、武漢―広州間の高速鉄道の開通に伴い、時速350キロの中国版新幹線とよばれる高速鉄道が運行されるようになった。

 今回の事故前に、中国は先進国から導入した高速鉄道の技術を第三国に転売し、その技術の特許をアメリカで申請しようとしていたといわれている。こうした動きは日本のメディアで大きく取り上げられている。技術協力してきた日本の考え方と不快感は理解できないことではないが、感情的になるのを避けるために、問題を整理しておく必要がある。

 技術供与した日本の車両メーカーと中国鉄道部との契約がどのようになっているのかを確認しておく必要がある。仮に、日中の契約では、第三者に転売できない決まりになっているとすれば、中国のやり方は国際的に非難されるだけでなく、裁判で訴えられるだろう。逆に、中国は日本のメーカーから技術を有償で導入し、その使途について日本のメーカーの差し止めを受けることがないという契約になっていれば、中国は第三者に転売しても、ビジネスのルールに違反しない。

 ここで、付け加えておきたい点として、なぜ、日本の車両メーカーやJRなど関連の企業は日本の優れた技術を世界で特許申請しないのだろうか。日本企業は事前にこうした技術の特許申請をしておけば、今のような不愉快な話は、事実かどうかを確認する必要があるが、出てこないし、日中の技術協力もウィンウィンになると期待される。

 ところで、中国版新幹線計画はこれからどうなるのだろうか。

 まず、今回の事故原因の究明を急ぐ必要がある。そして、その責任を徹底的に追求することである。さらに、事故原因を明らかにしたうえで、すでに敷設されている高速鉄道の全路線を安全検査する必要がある。これらの作業は9月中に完了するといわれているが、その透明性と客観性を担保するために、第三者委員会による調査が不可欠である。それに加え、中長期的な課題として、鉄道は鉄道省の直営にする必要性がほとんどなく、監督と鉄道運営を分離し、鉄道運営を会社化する必要がある。鉄道省が独立王国といわれている。こうした官僚主義体質こそ今回の事故の遠因であろう。