【12-04】闇の為替取引出現とその仕組み
柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員) 2012年 4月18日
中国出張で国有商業銀行の窓口に行き、手持ちの日本円を人民元に両替しようとしたら、見知らぬ男性から「外貨を両替します。銀行のレートよりいいですよ」と呼び止められて、びっくりした。中国の法律で、こうした闇の為替取引は禁じられているはずだからだ。
少し前まで中国は外貨不足の国であり、市中の外貨を銀行経由で全て中央銀行に集める外貨集中政策を採ってきた。今でこそ、中国政府の外貨準備高は3兆米ドルを超えて、世界一となっているが、外貨集中政策は改められていない。
全くの好奇心から、この見知らぬ闇の為替業者に話を聞いてみた。個人的に最も関心があったのは、闇市場の為替レートがいくらなのか、という点である。闇業者は躊躇することなく、例えば100万円を両替するなら、正規の額に1000元(約1万3000円)を上乗せする、と答えた。
日本の事情を考えてみると、メガバンクに100万円を定期預金で預けても、1年間の利息は200円程度にしかならない。しかし、中国の闇為替市場では、両替の“謝礼”としてまず約1万3000円を払ってくれる。両替した人民元をそのまま1年ものの定期預金として中国の銀行に預ければ、3%以上の利息がつく。さらに長期的に見れば、人民元はドルや円など先進国の通貨に対して切り上がる可能性が高い。すなわち、このタイミングで円を人民元に交換すると、両替の“謝礼”と利息に加え、為替差益も期待できる、ということになる。
1.闇市場の仕組み
なぜ闇の為替市場が復活し、成長しているのだろうか。
中国では今もなお、外貨集中制度が実施されているが、海外旅行客や留学生が外貨を購入できる両替枠は大幅に緩和された。旅行や留学のため、個人が海外に半年以上滞在する場合、8000ドル相当までなら人民元を外貨に交換できるようになった。銀行の店頭で、闇の為替業者は100万円の外貨を手に入れるために、1000元の“謝礼”を支払う、と言ってきたが、こうした闇業者は、どうやって利益を上げているのだろうか。
闇業者が出現しているのは、正規の両替枠では必要な外貨を調達できない人たちが増えてきたからだ。両替枠8000ドル相当といえば、一般の観光客が使う外貨としては、十分な額だろう。しかし、海外に半年以上、私費留学する学生にしてみると、8000ドルでは授業料や生活費などがまかなえない。よほど成績が優秀で、大学から高額の奨学金が支給される学生なら別だが、そうでなければ、別途、両親や親戚からの仕送りに頼らざるを得ない。こうした人たちが、両替枠を超える外貨を必要としているのである。
また、企業経営者の中には、その資産の一部を海外へ移転させようとしている人がいる。資本規制が続く中国では、零細企業の経営者は、海外旅行や留学以外の目的で、商業銀行から外貨を購入することは認められていない。資産の海外移転に必要な外貨を闇の市場から調達してしまおう、と考える経営者が出てくるわけだ。
一方、中国に常駐する外国人が手持ちの外貨を人民元に両替できる額は、一人当たり年間5万ドルまで、と定められており、それ以上の両替は制度上、認められない。上記のように、限度額を超える人民元が必要な外国人と、限度額を超える外貨がほしい中国人がいるため、闇業者が出現し、通貨の売買を取り次ぐ闇の為替市場が成長しているのである。
2.資本規制の限界
今回、見知らぬ男性(闇の業者)に声をかけられた場所は、銀行の店頭だった。業者の行為は大胆というより、傍若無人と言った方がいいかもしれない。
中国では銀行強盗が多発しており、支店や出張所には通常、高精細の監視用ビデオカメラが設置されている。にもかかわらず、店頭で見ず知らずの客に「外貨を両替しませんか」と声をかけるのは、普通に考えれば、リスクが高い。また、銀行も外貨取引を業務にしているので、通常なら銀行と闇業者の利害は一致しないはずだ。銀行が取締当局に通報すれば、闇の為替業者はすぐ捕まるはずなのに、業者が白昼堂々、来店客に闇取引を持ちかけられるのには何か裏がある、と考えざるを得ない。
中国の銀行窓口は、日本の病院の外来診療とよく似ており、とにかく時間がかかる。順番を待つ間、客は何人もの闇業者に声をかけられる。外国人客が現れると、闇業者は外貨取引を持ちかけるのだが、両者とも最も怖いのは、偽札をつかまされることである。どうやって、紙幣の真偽を見分けるのか。
そんなことを考えていたら、信じられないことが起きた。闇業者はまず窓口で、取引話に乗ってきた外国人の銀行口座に、人民元を入金する手続きを始めた。なるほど、これで、外国人は、人民元の偽札を受け取る心配がなくなる。同時に、闇業者は外国人から外貨を受け取ると、その紙幣を窓口の行員に手渡し、「いくらあるか、数えてください」と頼んだ。窓口の紙幣鑑別機で外貨を数えてもらえば、枚数と同時に、偽札かどうかも識別できるのだ。これで外国人も闇業者も、偽札に対する心配を払拭できる。
でも、新たな疑問が沸いてきた。なぜ、窓口の行員は、闇業者に協力するのだろうか。しかも、監視カメラの下での違法取引である。しばらく見ていると、闇業者と窓口の行員らは、ほぼ全員、顔見知りらしいことが分かった。
後日、闇業者にインタビューする機会があった。「行員に金(賄賂)を渡しているのか」と尋ねたところ、「金なんか渡さないよ」と否定した。あきらめずに問い続けると、そのカラクリがほぼ分かってきた。
中国の商業銀行は、窓口の行員の勤務評定として、毎月の新規口座の開設数や預金獲得額をチェックしている。行員にしてみれば、窓口にいるだけでは、口座も預金もそれほど増えたりはしない。そこへ闇業者が登場する。闇業者は、外国人から手に入れた外貨を通常、その銀行窓口に入金してくれるから、行員は自分の成績になる。だから、行員も違法取引と知りつつ、喜んで手伝うのである。
以下は想像である。もし銀行の店頭で犯罪が起きたりすれば、監視カメラの録画映像もチェックされるだろうが、日常的にチェックされることはないのかもしれない。そうでなければ、行員があれほど大胆に、犯罪を幇助することはない、と思う。
中国では資本規制が続いているが、外貨管理のシステムは穴だらけになっている。外貨管理の有効性を高める一番の方法は、おそらく、違法な取引を行うメリットをなくすことだ。それには資本規制を緩和しなければならない。個人が窓口で外貨を必要なだけ両替できるようになれば、闇市場は消えるはずである。
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