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【16-06】なぜ子どもが生まれないのか

2016年 9月28日

柯 隆

柯 隆:富士通総研経済研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員

プロフィール詳細

 約40年前に、中国では、一人っ子政策が導入された。それ以来厳しい出産制限が行われた。都市部では、職場などにおいて若者に対して「晩婚晩育」のラーニングが定期的に行われた。隠れて二人目の子どもを出産すれば、罰金だけでなく、即座に職を失うなど厳しい罰則が待っている。もっとも出産制限が徹底されていたのは農村だった。一人目の子どもが出産された夫婦に対して、不妊手術が強制的に施された。この反人道主義的な政策は40年間も続いたため、中国では、人口がこれから減少に転じ、少子高齢化は急激に進んでいる。このままいけば、孤独死が日常茶飯事になるだろう。

 中国の伝統では、年を取れば、「子孫満堂」と「天倫之楽」は人生の最高の幸せとされている。しかし、今の高齢者にとって、子孫満堂どころか孫が一人しかいない。その孫が海外に留学している場合、高齢者の足元に誰もおらず、天倫之楽を味わうことができない。まさに孤独に人生の終末期を迎えることになる。

 2015年、共産党はようやく重い腰をあげて、一人っ子政策を少し緩和して二人っ子政策に変更した。一人っ子政策を変更したのは、少子高齢化を食い止めるためと思われている。しかし、この政策変更が間違っているのは、あたかも出産制限が二人まで緩和されれば、出生率が上昇に転じるとの勘違いである。政策変更後に行われたいくつかの調査によれば、二人っ子政策に変更されても、二人目の子どもを出産しない答えが圧倒的に多い。

中国人が子どもを産まない理由

 もともと中国社会は大家族によって構成されていた。3世代同居または4世代同居は一般的だった。社会主義中国前の時代、中国でもっとも有名な演劇の一つは「四世同堂」というのがあった。しかし、社会主義体制になってから核家族が増え、大家族制が完全に崩壊してしまった。大家族制度では、老人の介護は社会に頼らず、家族のなかで行われていた。同様に、子育ても家族のなかでみんなで助け合っていた。核家族化が進み、老人を介護する社会保障制度がなく、子どもが一人しかいないので、家族内の介護もできなくなった。

 一方、一人しかいない子どもを育てるためのコストは年々高騰している。中国の親はみんな「望子成龍」という夢をみる。すなわち、自分の子どもが龍になるように出世してほしいという願いである。一人っ子政策が実施される前の中国では、夫婦は平均して4人の子どもを産んでいた。その子育ては決して楽ではなかったはずだった。「改革・開放」とともに、一人っ子政策が実行され、夫婦は子どもを一人しか生めなくなった。少子化は若い夫婦に生活の余裕をもたらした。要するに、若い夫婦の生活は子育ての負担が軽減され、より豊かになり、いろいろな楽しみを味わうことができるようになった。

 最初に一人っ子政策が適用された世代は今、すでに70歳前後なっている。彼らにとり老後をどのように過ごせばいいかは切実な問題になっている。彼らの子どもは一人しかいない。その一人っ子に対して政府は二人目を生んでもいいと政策を変更したが(2015年)、二人目の子どもを産んだ場合の教育費などのコストを考えて二人目の子どもの出産を断念する親が多い。否、その前に、そもそも子どもを産まずに、目の前の生活を楽しむ若夫婦が少なくない。したがって、中国の少子高齢化はもはや止められない。

日本人はなぜ子どもを産まないのか

 では、なぜ日本人は子どもを産まないのだろうか。日本では、子育てのコストが高いから子どもが生まれないと主張する評論家が多い。政治家は子育て支援として育児手当の支給など人気取りの政策を実行する。しかし、どんなに育児手当を支給しても、おそらく出生率を上げることができない。

 筆者は仕事柄世界のいろいろな国の人と付き合いをする。日本はほぼ国民全員が一冊の日記帳(手帳)を持っている唯一の国である。日本では、仕事をしていない主婦でもスケジュールを手帳に記入する。海外では、政治家や企業経営者などは秘書がスケジュール管理を行うために、手帳に予定を記入するが、それ以外の人はほとんど手帳を持っていない。実は、手帳に予定を記入する習慣こそ日本人の出生率を下げる一因になっている。

 そもそも子どもを産むかどうか以前に、手帳に予定を厳格に記入し管理するようになれば、若者は恋愛ができなくなっているはずである。恋愛は時間を気にしたらできないことである。愛を育むために、時間を気にせず、気に入った相手とゆっくり付き合うことが重要である。たとえば、ある若者は手帳に「火曜日の夜7時から9時まで、A子と食事」と記して管理すると、若いカップルは話が弾んだところ、その若者はA子に「ごめんなさい。今、仕事で帰らないといけない」といって帰宅して仕事の書類を作る。これでは、愛情が生まれてこない。愛情のないカップルはどのようにして子どもを産むというのだろうか。

 日本では、もっとも出生率が高い県は沖縄といわれている。沖縄は台風や低気圧が来て、停電したりするので、予定を立てられない場合が多い。したがって、沖縄の人は時間の管理についてそれほど厳格ではない。東京や大阪などの大都市圏では、電車が5分または10分遅れれば、駅員はしきりなしに駅内放送で謝る。日本人は時間の管理が厳格になればなるほど、出生率が上がらない。

 日本人と好対照となるのはイタリア人である。イタリア人は時間や予定に縛られることがない。年がら年中恋愛しているのはイタリア人である。むろん、日本人はイタリア人と同じように生活すべきというつもりはないが、人間は機械とおなじように正確に動くようになれば、生きていくための楽しみもほとんどなくなるはずである。すべての日本人が自問自答すべきは何のために生きているかである。

 以前、アメリカ出張のとき、ニューヨークからワシントンまでの飛行機は4時間も遅れた。日本では、飛行機が4時間も遅れたら、航空会社の従業員はどれだけ謝るのだろうか。それに対して、その飛行機に搭乗する乗客はほとんど怒っておらず、航空会社の従業員もapologize(謝る)しなかった。なぜならば、飛行機は天候不良の影響で順延したからだった。飛行機に搭乗して、添乗員はthanks for your cooperation(ご協力をありがとう)といっただけだった。しかも、下手に謝ると、責任問題に発展する恐れがある。

 日本人は時間厳守を美徳と思う人が多い。しかし、時間厳守は多くの場合、自己を犠牲にして達成されるものである。世の中のことは何事もほどほどが一番重要である。繰り返しになるが、人間が機械のようになったら、子供が生まれてこないのは当然である。日本は出生率を上げるには、人間を機械にするのではなく、人間を人間らしくすべきである。