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【18-08】中国社会は病気になったのか

2018年11月12日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員

プロフィール詳細

 かつて文化大革命(1966-76年)のとき、中国の小中学校の教科書に「中国人は東亜病夫といわれ、列強に侵された」との記述があった。新聞やラジオのプロパガンダも同じことを国民に訴えた。すなわち、国家として強くならないといけないという文脈である。目下、中国で唱えられている中国の夢、中華民族の復興も同じ発想である。

 「改革・開放」以降、最初に中国人を驚かせた出来事は、日中国交回復のあと、日本人の高校生の修学旅行生が中国を訪れ、彼らをみた中国人の日本人に関するイメージが完全にひっくり返ってしまったことである。中国人のイメージでは、日本人といえば、背が小さい。しかし、日本人の高校生の背は思ったより高いし、体格もがっちりしている。

 そこで、中国人栄養士は、日本の小中学校では、給食の制度があって、毎日、牛乳を飲む。それに対して、中国の学校には給食制度はなく、所得の高い家庭でも、朝は豆乳と「油条」(揚げパン)、所得の低い家庭は、薄いお粥しかない。要するに、栄養不足が問題として指摘されたのである。

 1980年代、中国を訪れた日本人はある誤解をしていた。彼らが見た中国人の多くはやせ形でスタイルがよかった。すると、日本人は中国人が毎日ウーロン茶をたくさん飲んでいるから、痩せてスタイルがいいと勘違いした。当時の中国の一般家庭では、ほとんどウーロン茶を飲むほどの所得はなかった。簡単にいえば、栄養不足が原因でみんなが痩せていた。

 今、日本に爆買いに来ている中国人はウーロン茶をいくらでも飲めるはずだが、彼らの体型をみれば、スタイルのいい人はそう多くないことに気付く。要するに、食べ過ぎ飲みすぎだからである。いくらウーロン茶を飲んでも無駄である。

 ある日、東京である会合に参加して、そのあと、会食になった。参加者の一人は中国に行ってきたばかりだった。お土産話として、「中国人の食文化は凄い」といきなりいわれた。要するに、中国人はお客さんを接待するとき、必ず食べきれないほど注文する。最後はたくさん残る。ほんとうかどうか分からないが、以前、ある中国人の文化学者から「昔、裕福な中国人は外食のとき、必ず残すようにしていた。おつきの人のために残すのだ」といわれた。

 数千年の歴史の流れのなかで、多くの習慣が時代とともに姿を消したが、一部の習慣は時代遅れのはずでも、未だに残っているかもしれない。今の中国人は明らかに食べ過ぎ飲みすぎと思われる。

 出張先でいつもホテルのスポーツジムで運動する。運動のあと、少しサウナで汗を流す。日本では、サウナのなかで、子どもをほとんど見かけない。しかし、中国のホテルのサウナに行くと、小学生ぐらいの子どもをよく見かける。しかも、日本の大相撲の力士と同じような体型の小学生が多い。医者に聞くと、幼児成人病が増えているといわれている。

 人口学者は今の中国家庭を4-2-1と分かりやすく表現している。4は四人の祖父母、2は若夫婦の二人、1は大事に育てられている一人っ子である。道理で、中国人子どもはメタボが増えているわけだ。医者によれば、メタボは脳疾患や心臓疾患の原因になっているといわれている。

 15年前に、東アジアの医薬品市場の調査を行ったことがある。当時、日本の薬品会社はいやいやながら中国に進出し、自ら市場を開拓するのではなく、中国の国有薬品企業に薬を卸すだけだった。当時、外国の薬品会社は中国で薬を販売するために、臨床試験を行う必要があり、手続きは難しいうえ、お金もかかった。

 しかし、米系の薬品メーカーは日本企業と違って大挙して中国に進出し、中国の大学病院で臨床試験を実施した。インタビューで明らかになったのは、彼らは中国で糖尿病の薬を臨床試験しているといわれていた。彼らは中国人の食習慣を調査し、しかも、中国人が毎日運動する習慣がないことが分かったため、中国人は絶対にメタボになり、糖尿病が増えると確信したからである。一般的に投資戦略というのはこういう綿密な調査に基づく大胆な決断ではなかろうか。

 すでに明らかになっているが、中国人で持病を持つ者が急増している。食べ過ぎ飲みすぎ、運動の習慣がないことが背景にある。

 否、中国人が病んでいるのは体だけではない。社会そのものも深刻に病んでいる。かつての「東亜病夫」は栄養不足が原因だった。今の中国社会をみると、行き過ぎた拝金主義による道徳心の欠如が問題である。

 日本のマスコミでも報道されているが、最近、内陸大都市重慶の長江大橋の上を走る公共バスが乗客と運転手の喧嘩により、バスは橋のフェンスを突き破り、長江に転落し、乗客乗員が全員死亡した。のちに車載カメラに残っている映像が検証され分かったが、道路工事により、バスは迂回路を走り、いつものバス停で停車しなかった。それに怒った女性の乗客は運転手を殴りかかり、大惨事となった。ほかにも十数人の乗客がいたが、だれも二人の喧嘩を制止しなかった。

 実は、中国でバスを乗ると、こういう喧嘩は日常茶飯事である。多くの場合、ここまでの大惨事にはならないが、喧嘩は絶えない。中国人は人権や民主主義とは何かについて無関心の人が多いかもしれないが、自分が少しでも損すると思ったら、すぐに怒る。このような国民感情を煽っているのは拝金主義である。

 マスコミや学校教育において道徳心に関する教育のプロパガンダが毎日のように叫ばれている。共産党幹部の特権は、反腐敗キャンペーンで暴露され、人々は社会主義中国の優位性など信用しなくなった。これこそ中国社会の病根である。

 拝金主義が横行する中国社会で、人々はすべてのことについて損得を持って価値判断する。その結果、ちょっとしたもめ事で大惨事になる。中国共産党は社会の安定を最重要な執政目標にしている。しかし、力づくで国民をコントロールしようとしても、13億人の中国社会は安定するはずがない。中国社会の土台を形成するモラルと道徳心を根気よく再構築する必要がある。