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【19-02】途上国の食糧危機と先進国の食品ロスのジレンマ

2019年3月14日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員

プロフィール詳細

 だいぶ前に、ニューヨークへ出張に行き、和食屋で食事をしていたとき、近くのテーブルでアジア風の親子二人(中年の母親と中学生ぐらいの娘)が食事をしていた。娘のほうはカツカレーを食べていた。アメリカのレストランの食事は味はともかく量だけは多い。日本だったら、ジャンボカツカレーといったところである。

 娘のほうはおいしく食べていたが、量があまりにも多かったので、半分程度食べて、残りは店員に頼んで、take outした。これはアメリカでは、きわめて普通の光景である。

 5年ほど前のことだが、以前勤めていた研究所の社長といっしょに中国に出張した。2泊3日の出張だったが、毎食信じられないほどのご馳走だった。二日目の夜、料理もおいしかったが、それ以上に大量のお酒を飲まされ、社長はとうとうダウンしてしまった。

 三日目の朝、社長の体調を心配して部屋に行ってみたら、意外に問題がなかった。そこで、「社長、今日、グッドニュースとバッドニュースと、一つずつありますが、どっちを先に聞きたいでしょうか」と聞いたら、「では、グッドニュースから」といわれた。「グッドニュースは、我々は今日、いよいよ日本に帰れます」と答えた。「では、バッドニュースは?」「バッドニュースは、日本に帰る前に、お昼に、空港の近くのホテルのレストランでもう一度ご馳走になる予定です」といったら、社長は即座に元気を失った。

 地元幹部は我々にご馳走するために、空港近くのホテルのレストランで大量のご馳走を注文しておいてくれた。テーブルに二つの大皿に大量の餃子など信じられないほどの料理が並べられていた。しかし、おいしい料理と知っているが、お腹は受け付けない。結局のところ、ほとんど何も食べずに、リリースしてもらった。

 しかし、問題はあのときの料理は彼らも食べずに、全部処分されてしまった。今から振り返っても、罪深く感じる。

 さる2月、中国へ出張し、ホテルで一人で昼ご飯を食べていたとき、近くのテーブルに老夫婦と中年の娘が座って食事していた。娘は携帯電話でビジネスの話をしながら、料理を注文していたので、おそらくビジネスに成功していると推察される。しかし、3人だけの食事なのに、注文した量は予想以上に多かった。隣の老夫婦は「多いよ」と注意した。すると、娘は「残ったら、持って帰って夕飯にしよう」と答えた。案の定、料理の多くは残ってしまい、take outされた。

 中国ではこれまでの6年間、百数十万人の幹部が腐敗で追放された。「老板」と呼ばれる企業経営者が共産党幹部を接待することはめっきり減った。高級レストランの多くは閉店になり、ホテルのレストランでご飯を食べる富裕層のファミリーも会社の交際費ではないので、食べ残りの料理はたいていの場合、持って帰ることにする。中国社会は徐々にではあるが、よくなっているようだ。

 それに対して、日本では、食品ロスが問題になっている。日本の食品ロスの多くは、スーパーやコンビニなどの弁当や食材が賞味期限に近づくと処分されてしまうことで発生する。日本の食品衛生法は極端に厳しいものであり、万が一食中毒になった場合のことを心配して、店はまだ食べられる弁当や食材をすべて処分してしまう。「もったいない」文化が定着している日本だが、なぜか、捨てる文化も定着している。

 ある日、家内と近所のホテルのレストランへ食事に行った。季節柄、たけのこのおいしい時期であるため、筍の炊き込みご飯を注文した。小さな土鍋で炊いてくれたので、おいしいに決まっている。しかし、二人でどんなに頑張って食べても、3分の2しか食べられなかった。残りのご飯を持ち帰りたいといったら、店員に断られた。理由は衛生上の心配といわれている。要するに、もしも持ち帰ったご飯を食べて、お腹を壊したら、責任を追及されるおそれがあるということのようだ。

 めちゃくちゃな理屈である。刺身などの生ものだったら、食中毒の心配もわかるが、土鍋の炊き込みご飯で、何を心配するのだろうか。店員に「この残ったご飯をあなたたちは食べないよね」と聞いたら、「処分します」といわれた。それを聞いて、正直にあきれた。でも、ホテルのレストランなので、怒るわけにはいかない。

 店がもてなしのつもりで小さな土鍋でご飯を炊いてくれるのはありがたいが、その土鍋を客の前のテーブルに載せると、たとえ残っても、誰も食べなくなる。ならば、その土鍋を一瞬見せることにして、客の前でご飯を掬うことをせず、厨房のなかで配膳すれば、残りのご飯を処分せずに、店員はまかないの料理として食べることができる。少々の工夫をすれば、無駄を省くことができるのに、なぜそういう努力をしないのだろうか。

 日本では、ときどき、スーパーの弁当や総菜などで食中毒の事故が起きる。しかし、それはほとんど作る過程の衛生管理が不十分だから起きた事故であり、レストランでご飯を食べた客が残った料理を持ち帰って起きた事故ではない。

 もしも食べ残った料理の持ち帰りで食中毒事故になることを心配するならば、牛丼屋や弁当屋などテイクアウト専門の店は経営できないはずである。レストランのめちゃくちゃな論理でどれだけ食品ロスが生じているのか。スーパーとコンビニで処分される食品に比べ、量はそれほど多くないかもしれないが、無駄であることには間違いない。

 世界的にみて、まだ貧困や飢えに困っている人が大勢いる。中国国内をみても、富裕層がいる一方、辺鄙な農山村に貧困層が大勢いる。世界銀行の基準、1日1ドル以下の生活費しかない貧困層は1億人以上いるといわれている。こうしたなかで、大都市の高級レストランで毎日大量の食べ残りの食品が捨てられている。この現実に直面しなければならない。

 世界各国は農産物の増産に取り組んでいるが、食糧の大切さを十分に理解していない。とくに、世界主要国で、肥満や糖尿病などの生活習慣病が蔓延している。医者によると、そのほとんどは暴飲暴食が原因といわれている。考えてみれば、暴飲暴食によって生活習慣病になる人がいる一方、飢えによって生活を続けられない人も大勢いる。食糧の増産に取り組む必要があるが、食糧資源を大切にする努力も重要ではなかろうか。