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【13-04】米中関係の新局面―「日米同盟強化」と「米中協力」に矛盾なし?―

2013年 6月 7日

川島真

川島 真:東京大学大学院総合文化研究科 准教授

略歴

1968年生まれ
1997年 東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻(東洋史学)博士課程単位取得退学、博士(文学)
1998年 北海道大学法学部政治学講座助教授
2006年 東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(国際関係史)准教授(現職)

オバマ政権の対中政策

 オバマ政権のピボット、アジアへのリバランシングといった政策が昨今話題になる。これは、中東やアフガニスタンへの関与が減少する分、アメリカが再びこの地域に回帰してくることを意味している。これについては、アメリカを中心とする中国包囲網が強化されるといった観測もあるようだが、事態はそれほど単純ではない。

 2013年6月1日、シンガポールで開催されているアジア安全保障会議(シャングリラ会合)に姿を見せたチャック・ヘーゲル国防長官は、The US Approach to Regional Securityと題されたその講演でアジア地域の平和と安定を強く求めるスピーチをおこなったが、中国についてはどのように述べたのだろうか。そこでは中国を敵視したり問題視するトーンは決して強くなく、「前向きで建設的な関係を中国と築くことが、アメリカの“アジア回帰”に於いて必要不可欠な要素である」などとし、安定した地域や世界秩序の形成に中国が積極的に関与することを求めたのである。無論、人権問題やサイバー攻撃問題も指摘されるが、そこでは対話を通じた解決への枠組みの構築が提唱されている。むろん、カリフォルニアでのオバマ-習会談を控えているとはいえ、やはり相当に米中協力を押し出した内容になっている(https://www.iiss.org/en/events/shangri%20la%20dialogue/archive/shangri-la-dialogue-2013-c890/first-plenary-session-ee9e/chuck-hagel-862d)。こうした言論を見ると、要するにアメリカは中国包囲網を強化する気があるのかないのか、あるいは最終的に同盟国よりも中国を優先するのでは無いか、という疑念がわく。これは中国側も同様で、ヘーゲルの発言に対して、アメリカの対中協力姿勢を聞いても、アメリカは中国包囲網を形成しようとしているとしか思えない、といった疑義が中国側から提起されたほどだった。

矛盾無き「日米同盟強化」と「米中協力強化」

 ここで注意しておきたいのは、アジアの平和と安定を求める、こういったアメリカ側の姿勢において、日米同盟強化であるとか、米韓同盟強化であるとか、いわゆる旧来の同盟国との関係強化と、中国との協力関係構築が、アメリカの首脳部の同じ発言のなかに、矛盾無く存在しているということである。これは今回のヘーゲルの発言だけで無く、第一期オバマ政権の時から見られる傾向である。もちろん、国防総省のレポートなどでは中国の軍事力増強やサイバー攻撃を批判的に見るものが少なくない。それは確かにある。だが、それは必ずしも対中強硬論、対中包囲網強化という議論には結びついていないのである。つまり、旧同盟国との関係強化=対中包囲網強化という理解とは異なるメッセージを、アメリカは送ろうとしている、ということだろう。

 オバマ政権のアジア回帰なるものは、やはりこの繁栄するアジアにコミットを深めていき、アメリカの国益を増すこと、またその繁栄の基礎である平和を維持するために同盟国との関係を強化し、また中国、インド、インドネシアといった新興国と積極的、建設的な関係を築いて、不安定要因にともに対処するということのようだ。財政面で不安を抱えるオバマ政権はもはやかつてのように「力」で東アジア地域に関与することは難しい。日本を含む、旧来からの同盟国との関係を強化して、相応の負担と貢献を求めながら、アメリカだからこそできる中国などとの対話枠組みなどを通じて、この地域に於けるアメリカのプレゼンスを高めよう、ということである。

しばしばある誤解と日中の思わぬ一致

 だが、日本から見ていると、アメリカのアジア回帰や日米同盟強化は中国包囲網の強化と見える。つまり、日米同盟が強化されるということは、中国へのヘッジが強まるのであり、エンゲージは減少するのではないか、ということである。また、中国にとってヘッジとなるような、軍事力強化やサイバー攻撃批判は、当然中国へのアメリカのエンゲージの減少を意味するようにも見える。しかしながら、日米同盟の強化はアメリカの対中エンゲージを減らすことにはならないようだ。なぜなら、日米同盟強化も対中エンゲージも、ともに東アジア地域の安定の維持に貢献するというくくられ方をしているからだ。また中国を批判するような論調があっても、それが米中協力を減らすどころか、むしろだからこそ対話をおこなうべき、という論調になってしまっているのである。

 だが、興味深いことに、アメリカの議論に対する中国の観点は日本に似ている。つまり、日米同盟が強化されたり、台湾にアメリカが武器を売却したりすることは、地域の安定のためというよりも、中国を敵対視するものであるかのように中国は見ているのだ。その点で、日中の立場は相似である。中国もまた、アメリカが旧同盟国との関係を強化すれば、その分だけ中国のおかれる環境は厳しくなるのであり、中国としてはアメリカとの関係を強化することによって、日本を含むアメリカの同盟国を抑えていこうとする側面がある。このようなアメリカの思惑と、東アジアの解釈の断層が今後どのような意味をもっていくのか、興味深いところである。

 他方、アメリカと同じ土俵に結果的に乗っているのが韓国ではなかろうか。米韓同盟強化とともに、対中関係も強化する、いわば親米親中路線を走ろうとしている面がある。無論、アメリカとの距離は微妙だが、安全保障の根幹をアメリカにゆだねている面は否定できない状態で、中国との関係を強化しようとしている。

それぞれの国益

 アメリカにはアメリカの国益があり、たとえ日本が同盟国であっても、自らの国益を犠牲にしてまで日本にコミットするかどうかは疑わしい。領土問題にせよ、歴史をめぐる問題にせよ、アメリカは旧い同盟国であるはずの日本が繁栄するアジアの平和的基礎への挑戦者になることを危惧し、警鐘をならしている。日本には日本の立場があるし、ものを考えるコンテキストがある。しかし、たとえ長年の同盟国とはいえ、それが以心伝心で伝わるということはない。やはり、隣国として中国から受ける圧力については、伝えるべきをアメリカに伝え、それと同時にアメリカの抱いているアジア回帰の文脈についても、日本国内のコンテキストに基づく読み方や期待値を除いて、虚心坦懐に理解することが求められるのだろう。