【11-002】ブレインドレインからブレインサーキュレーション‐加速する中国の頭脳循環‐
角南 篤(中国総合研究センター 副センター長)/趙晋平(同センター フェロー) 2011年 2月 4日
世界的競争が激化する中、中国経済の持続可能の発展には、人材は不可欠である。なかでも、海外の優秀人材は中国にとっては一種の重要な戦略資源である。
中国国内経済の好景気の引きつけ、21世紀に入ってからの留学者数の大幅増に伴う帰国者数の増加等を理由に、中国では、海外での留学経験者が多く戻ってきている。これまでは留学後すぐに帰るタイプがほとんどであるが、近年留学後現地で就職して数年して帰るタイプが増え、研究者、技術者の中には、すでに海外で高収入や重要なポストまで持つ者も含まれている。これらの海外留学人材の帰国を促進させるため、中国ではさまざまな取組みが行われ、その一環として、中国各地で開催される海外人材マッチング会議がある。なかでも、1998年に開始した「中国海外留学人員広州科学技術交流会」は最大規模のものである。
海外から2051名の留学者が集う。参加費は政府負担
第13回中国留学経験者広州科学技術交流会開幕式風景
昨年12月20日~22日に、「第13回中国海外留学人員広州科学技術交流会」が広州市白雲国際会議センターで開かれた。
今回の会議は、中央海外ハイレベル人材誘致ワーキンググループの指導のもと、教育部、科学技術部、人力資源と社会保障部、中国科学院、国務院華僑事務弁公室、広州市政府、及び17の地方政府・機関が共同で主催されたものである。
会議には、中国共産党中央政治局委員・中央書記処書記・中央組織部長李源朝氏、中国共産党中央政治局委員・広東省書記汪洋氏、広東省省長黄華華氏、教育部副部長李衛紅氏、科学技術部副部長王偉中氏、人力資源と社会保障部副部長王暁初氏など、そうそうたる顔ぶれが並んだ。
今回の交流会には、海外から80名の非中国出身人材を含んで、2051名の海外人材が参加した。留学経験者のうち、博士号取得者が55%を占めた。海外からの参加者全員に対し、主催機関は彼らの広州での宿泊費、滞在期間中の通信費と交通費を全額支給し、「ハイレベル人材」として認定された者には旅費まで持ったそうである。
国を挙げて海外のハイエンド人材を誘致
中国では、海外への留学者数は、1993年に1万人を超え、1994年から1999年までは2万人前後であった。2000年より、留学者数は急速に増加し、2003年から2006年は一旦停滞したが、2007年から再び上昇に転じ、2009年は23万人に達した。一方、留学帰国数は2001年に始めて1万人を突破し、その後増加の一途をたどり、2009年には10万人を超えた。一方、留学者数と帰国数の大幅な増加により、海外人材呼び戻し政策が設けるハードルも高くなり、ハイエンド人材の帰国促進が主な狙いとなった。
中国から海外への留学者数及び留学帰国数の推移
出典:「中国統計年鑑2009」をもとに作成、2009年データは中国教育報より
中国では、海外人材呼び戻し政策は数多く実施されている。代表プロジェクトとして、1990年代半ばよりスタートした「長江学者計画」、「百人計画」等が挙げられる。「長江学者計画」と「百人計画」はそれぞれ教育部と中国科学院が実施しているように、これまでの海外人材呼び戻し政策の多くは各省庁が単独的に実施されるものが多かった。それに変わって、2008年に新しく実施された「千人計画」から、多数の中央省庁が関与し、まさに国挙げの海外人材誘致政策がスタートした。
以前の海外人材呼び戻し政策より、「千人計画」の敷居も一段高くなった。「千人計画」に応募するには、海外で博士号を取得し、年齢は55歳以下の他、下記のいずれかの条件を満たすことが求められている。①海外の著名な高等教育機関、研究機関において教授またはそれに相当するポストに就いた者;②国際知名企業と金融機関において上級管理職を経験した経営管理人材及び専門技術人材;③自主知的財産権をもつ、またはコア技術を把握して、海外での起業経験を持ち、関連産業分野と国際標準を熟知する創業人材;④中国が至急に必要とするその他のハイレベルイノベーション創業人材。一方、「千人計画」の入選者には、中央財政から1人当たり100万元の一時金を支給するなど、一段上の優遇策が提示されている。
この計画を機に、すでに海外で重要なポストを手に入れている者が多く帰国し、昨年まで、「千人計画」の入選者は実に1143名まで上った。この中、中国国内と海外両方の仕事を持つ者(中国では「海鴎(カモメ)」と呼ばれている)も多く含まれているが、これらの者には、年間6ヶ月以上中国で勤務することが求められている。
さらに、昨年6月に、中国初の中長期に渡る人材の発展計画である「国家中長期人材発展計画綱要(2010年-2020年)」が発表された。綱要では、2020年までに、中国を世界屈指の人材大国にする目標が掲げられている。この目標の設定には、中国政府が人材を経済発展の最も重要な資源として位置づけていることが現されている。なかでも、海外の優秀な人材を引き付けるため、帰国した人材の長期滞在や住宅、保険、子供の入学などのサポートを改善する様々な施策が盛り込まれている。「国家中長期人材発展計画綱要」の公布により、海外ハイエンド人材への帰国促進はさらに加速化している。
「千人計画」を補完する形で、昨年12月に、中共中央組織部は「海外ハイレベル青年人材招致計画(略称:「青年千人計画」)」の実施を発表した。同計画は、大学・研究機関が招致した人材を院士や「千人計画」の入選者等の学術リーダーが指導する科学技術イノベーションチームのメンバーとして申請することを奨励している。
「青年千人計画」の対象となる者は、以下の5つの条件を満たす必要がある。具体的には、(1)40歳以下の自然科学あるいはエンジニアリング分野の研究者である。(2)海外の著名な大学で博士号を取得し、3年以上の海外勤務経験がある。(3)申し込み時に、海外の名門大学や研究機関、大手企業の研究開発機関等に正式な研究ポストがある。(4)採択後、常勤研究者として勤務し、「青年千人計画」の申請者は2011年1月1日以降に帰国し、あるいは中国国内で勤務しなければならない。(5)同年齢層の研究者において優秀な人材であり、当該分野の学術リーダーになる潜在的能力を有する、等が条件として挙げられている。「青年千人計画」には、2015年までに海外から2000名を誘致することが目標とされている。
「千人計画」と違い、「青年千人計画」の対象の年齢と分野領域が限定される一方、中国への完全帰国が必要となっている。また、優秀な青年を考慮し、博士課程の在学期間中において、優れた研究成果を上げた新卒等にも破格の待遇を行うことが「青年千人計画」に盛り込まれた。「青年千人計画」の入選者には、中央財政から1人当たり50万元の一時金を支給する。また、一定の評価基準に基づき、100万~300万の研究予算が配分されるという。
留学者の起業成果、技術シーズが多く展示
中国留学人員起業パーク入居企業の展示ブース
「第13回中国海外留学人員広州科学技術交流会」には、留学帰国者の起業成果、そして帰国を視野に入れている海外在住留学経験者の技術シーズが多く展示された。具体的には、帰国留学人員起業パークに入居した企業83社、「春暉杯」革新起業良質プロジェクト172項目などが挙げられる。
留学人員創業パークは、海外留学生、あるいは海外で仕事に従事している中国人人材の帰国を奨励するための優遇政策で、帰国者の起業をサポートするものである。1994年から、国家科学技術部、教育部、人事部の呼びかけで多くの地域に留学人員創業園が設立された。中国における国家帰国留学人員創業パークは、現在「競合」(競争と協力)の時代に入り、いかに必要な人材を適時に海外から招聘し、起業し成功に向かわせるか、様々な試みが各地で展開されている。この中、すでにパークに入居した成功事例を見せることも一つの有効手段である。今回、展示された83の企業は、2010年に中国留学人員創業パーク連盟、中国ハイテク産業開発区協会等に、成長性のあるトップ企業として選ばれたものである。その分野はバイオ医薬、IT、新エネ、環境エネルギー、新材料等に集中している。
「春暉杯」革新起業コンテスト展示ブース
一方、会場には海外在住留学人材を対象とする「春暉杯」革新起業コンテストが行われた。このコンテストは、2006年にスタートし、中国教育部と科学技術部により主催されるものであり、今回は第5回目である。予選を通過した194名中、172名が帰国し本大会に参加した。彼らが従事するプロジェクトは、IT、バイオ医薬分野が圧倒的に多く、その次は新材料、環境保護、新エネルギー、機械・電気等である。
海外人材を巡る地方争奪戦の激化
インターネットを利用し、海外人材に面接を行う
海外人材の獲得には、各地方ともいろいろと思案をめぐらす。その多くは、国家より更に優遇策を打ち出している。
今回のホストの広州市は「広州市委員会、広州市人民政府ハイレベル人材の誘致・育成を促進するための意見」の制定に合わせ、「広州市ハイレベル人材の認定と審査方法」や「広州市ハイレベル人材育成助成実施方法」などの10の法規を公布した。
広州市に海外ハイレベル人材に認定された者には、市から様々な優遇施策が約束されている。例えば、創業リーダー人材に認定される際に、100万~500万元の起業助成金、100平米~500平米の事務所、最高500万元のキャピタル資金、30万~100万元の一括補助金は支給され、配偶者の仕事や子供の学校まで市が手配する。ハイレベル人材の誘致には、広州市は年間2億元の資金を拠出していると聞いた。
広州市のように、中国では、帰国留学者の争奪戦が盛んに繰り広げられている。今回の科学技術交流会には、政府機関、大学、研究機関、起業パーク、企業・事業部門など170団体から300以上のブースを設置し、海外留学経験者には1万以上の上級ポストが用意された。
会場に展示されていた「ハイレベル人材の誘致・育成に関する広州市政策」
会場には、各都市の海外人材招致政策が多く展示されていた。次に、北京市、蘇州市の人材政策を紹介しよう。
北京市「海外人材結集プロジェクト」
北京市ブース
北京市は、2009年から「海外人材結集プロジェクト」を実施。同プロジェクトは、5~10年間をかけて、北京市で10の戦略科学者が率いるR&D集団、50の科学技術リーダーが率いるハイテク起業チームを作り、さらに200名前後のハイレベル人材と千名以上の優秀人材を海外から招致し、北京で起業してもらうことを目標にしている。
採用されたハイレベル人材には、一人当たり100万元の一時奨励金が市から支給される。また、北京での戸籍手続き、子女の入学、医療サービスなど各面で便宜が図られる。さらに、教育部門による子女入学サポートサービス、3軒の政府指定海外人材対応病院など、各分野で特別サポート体制を取り、海外人材のための正規サービスルートを用意する。さらに、「北京海外学人センター」まで設置され、海外ハイレベル人材にサービス専門スタッフをマンツーマンで配備、リクエストがあれば、専門スタッフはあらゆる代行サービスを行うこととなっている。
蘇州市「1010計画」
昨年、帰国留学生の起業奨励面で早くから多くの優遇政策を取っていた蘇州市は新しい政策を重ねて打ち出した。
蘇州市ブース
2010年3月に、「姑蘇人材計画―科学技術創業者のゆりかご計画―」が蘇州市政府により公布された。「姑蘇人材計画」は実に「姑蘇科学技術イノベーション・起業リーダー人材計画」、「姑蘇重要産業不足人材計画」、「姑蘇ハイ技能人材計画」などの8つの計画より構成され、5年以内に30億元が投入される予定。「姑蘇人材計画」の実施により、科学技術イノベーション・起業人材1000名、重要産業の不足人材10000名以外、多くの企業マネジメント人材、文化産業人材などの誘致または育成が目標とされている。「姑蘇人材計画」の誘致対象は海外人材を含むが、この計画に呼応する形で、さらに7月に海外人材を対象とする「海外ハイレベル人材誘致の実施と促進計画(略称:1010計画)に関する意見」が打ち出された。
「意見」によると、「1010計画」の目標は、10年間をかけて、毎年海外から国家千人計画レベルのハイエンド人材10名、イノベーション・起業人材100名をそれぞれ誘致することである。
「1010計画」に応募できるのは、海外で博士もしくは修士学位を取得し、さらに①海外の著名な高等教育機関、研究機関において准教授またはそれに相当するポストに就いた者;②国際知名企業において3年間以上研究開発を担当し、中・上級管理職を経験し、国際上にもある技術領域のリーダー人材;③自主知的財産権をもつ、またはコア技術を把握して、技術成果は国際もしくは国内で先端レベルに達し、産業化潜在力のある創業人材等である。
「1010計画」に応募し、「姑蘇科学技術イノベーション・起業リーダー人材計画」にも入選できる者に対して、50万から250万元の赴任一時金と100万から400万元の研究費が支給される他、最低100平米のオフィスを3年間賃料無料で提供される。また、ベンチャーキャピタルファンド投資のプロジェクトに対し、ファンドへの初期投資額の10%以上が政府より投資される。
このような海外人材招致政策として、そのほかにも、「無錫530計画」、「杭州5050計画」、「長沙市海外ハイエンド人材誘致3年行動計画」など、数多くある。
「中国製造」から「中国創造」
このように、海外人材の誘致に余力を惜しまない背景には、実は中国は「世界工場」からの脱却を目指しながらも、世界先進国の技術人材と対抗できる優秀な人材が中国では依然として少ない窮状が存在している。また、中国では、研究費が年々増加する反面、これを有効に使いこなせる研究人材が不足していることもよく耳にする。一方、一部帰国した海外人材も北京、上海などの地域に集中し、地方への流動は少なかった。
「千人計画」や「青年千人計画」のように、海外人材への呼び戻し政策がこれからも強化される方向である。開幕式で李源朝部長は、「今の中国は、海外留学人材の帰国潮流が来ている」と発言した。その背後に見えてくるのは、「中国製造」から「中国創造」への華麗な転身に対する国の強い意志である。一方、李源朝部長の短い挨拶の中に、20世紀初めの周恩来の日本留学があげられた。中国の近代化に大きく貢献した多くの留学生を受け入れた日本として、これからもこのような留学帰国人材を活用し、日本と中国との新しい連携・協力が模索できるだろう。