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【11-003】イノベーションにはどのような環境が必要か

2011年 2月17日

楊 福家

楊 福家 (Yang FuJia):
中国科学院院士、中国科学技術協会副主席、核物理学者

1936年6月上海に生まれる。1958年に復旦大学物理学部を卒業。1993年から1999年まで復旦大学学長を、また、1987年から2001年まで中国科学院応用物理研究所所長をそれぞれ務める。2001年、英ノッティンガム大学から第6代学長(Chancellor)として招かれ、英国の有名大学学長を担当する初の中国人となった。2004年、英ノッティンガム大学寧波校学長。2010年、中国国家教育諮問委員会委員。1995年以後、日本創価大学、米国のニューヨーク州立大学、香港大学、英国のノッティンガム大学、米国のコネチカット大学、マカオ科学技術大学から名誉博士号を授与されている。

 イノベーションにはよい環境、特に次のようないくつかの環境が必要である。

1.「ビューティフル・マインド」のある、あくまでも静かな環境

 「ビューティフル・マインド」は世界の名門プリンストン大学の文化だ。そのマインドは精神を病んだ教授に学内に20年余り留まることを許し、ついにノーベル賞を受賞させた。教授に思う存分安心して学問をしてもらい、学長から学部長に至るまで、8年の間、彼に何をしているのかと聞こうとはせず、最終的にフィールズ特別賞を受賞させた。一方、40年前、外部の環境がどんなに不利であっても、中国科学院は陳景潤のために静かな環境を用意し、小さな部屋の中で安心して自身の数学と取り組めるようにし、世界的に有名な成果を上げさせた。

 このような環境のなかでは、「あなたの研究は経済にとってどんな役に立つのか」と尋ねる者もいないし、SCI論文をどれだけ発表したかと数える者もいない。

2.青年のためにチャンスを作ってやれる環境

 『李政道文選』(科学と人文)本文の最初の標題は「チャンスを大切にし、チャンスを作り出す」である。文章は冒頭でこう言っている。「一人の人間の成功にはさまざまな要因がある。その中で『チャンス』は最も重要なものかもしれないが、本質的に言って、最もコントロールしづらいものかもしれない」。若者はさまざまなチャンスを必要としているが、その中の一つは、よい導き手に出会うことである。「よい」とはどういうことだろうか。李氏の言葉を聞いてみよう。「イノベーションの科学人材を育成するには、良い指導教官と親密な子弟共同研究のプロセスが絶対に必要であり、これは省くことのできないもの、ネットワークやプログラムでは代替のできないものである。人は人であり、やはり学生―教師という関係が必要であり、1~2年以上の比較的長期にわたる精神的育成が必要である。このようにして育成した人材は、一生、独立した思考を行うことができる。」(李政道、『物理学の挑戦』)李政道の恩師フェルミはこのような教師であり、李政道の一生を変えた葉企孫、呉大猷もまたこのような教師であった。我々はさらに、王淦昌、銭三強、盧鶴紱らを挙げることができるが、彼らもみなこのような教師であった。

3.思い切って質問し、思想のぶつかり合いを活発にすることのできる環境

 いくつかの有名大学の近辺のコーヒーショップ、ドミトリー、デンマーク・ボーア研究所内のレストランは、いずれもさまざまな思想の火種がぶつかり合う場である。科学はディスカッションに根ざしている。アメリカは最初の原爆実験から最初の水爆実験までに103か月を費やし、旧ソ連は75か月、イギリスは67か月、フランスは102か月費やした(イギリスに手伝ってもらったそうだ)が、中国は32か月しかかからなかった。なぜわが国はこんなにスピードが速かったのか。それは「我々が学術の民主を提唱しているからだ。専門技能をもつベテランの学者と大学を卒業したばかりの若者が共に座し、それぞれの考えを述べ、互いに啓発し合い、思い切って論争する。誰もがみな自分の見解を述べる同様の機会をもっている。時に、恐いもの知らずの若者は、自分でも自信のもてない考えを口にするが、確固たる学問的基盤を持つ学者にポイントを押さえられ、総合化、昇華がなされ、最終的に難題に突破口が開かれるのである。」中国の水爆の父は、まさにこのようにして頭角を現した。

 さらに例を挙げよう。銭学森と彼の恩師が顔を真っ赤にして論争し、恩師は腹を立てドアを閉めて出て行ってしまった。だが、翌日、彼の恩師、世界的に著名なロケットの専門家は、銭学森の事務室に入ってくるなり頭を下げ、言った「君の言う通りだよ」。銭学森はこのような環境の下で大学者になったのである。

 これらの例はみなアリストテレスのあの名言―「私は師を愛する。しかし、それにも増して真理を愛する」を体現している。

4.型にとらわれずに人材を選び、どの分野からも優れた人材が出る環境

 イノベーションの人材はどんな分野にもおり、優れた人間はどんな分野からも出る。イギリスのグラスゴー大学が偉大なのは、経済学者アダム・スミスを輩出しただけでなく、学位を持たないイギリス産業革命の先駆者ワットを輩出したからである。前世紀60年代から、復旦大学では、蘇歩青院士が有名になったが、労働者出身の蔡祖泉も同様に全国的に有名になった。もし我々の政策が博士号を持つ人間だけを優遇し、学位を持たない人間の面倒を見ないならば、イノベーションの人材体系は不完全であり、イノベーション型国家の実現は難しい。

 イノベーションの環境には、誠実で信用できる環境、苦しい努力を光栄に思う環境なども含まれているべきだが、ここでは一つひとつ詳説しない。

 だが、先に例を挙げた四つの方面の環境から見ても、いずれも中国の優れた文化がその中にある程度体現されている。日々向上する社会環境の下で、我が国の優れた文化的伝統を発揚したうえで、外国の優れたイノベーション文化を十分に吸収し、モデルケースを基盤として行動に移し、政策・体制面で保証を与えることができるならば、我々とイノベーション型国家との距離も遠くはないのだ。