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【06-02】脇役が実は主役級の働き~日本人と中国人のコミュニケーション(1)~

2006年11月20日

今井 寛(中国総合研究センター 特任フェロー)

脇役的コミュニケーションとは

「キャッチボールでは、相手も自分もあまりしゃべりませんが、ボールを見ると、相手のことや相手の気持ち、相手の話したいことがわかってくると思います」

 スポーツライターの藤島大氏が、東京新聞のコラム(2006年10月17日夕刊)で紹介した往年の大投手稲尾和久氏の言葉である(「いつもキャッチボールが教えてくれた」佐藤倫朗著、東洋経済出版社 からの引用)。この言葉は、日本人と中国人がコミュニケーションする際にも、よく当てはまる。

 私は、中国の政府機関や大学などを時々訪れて、科学技術政策に関するインタビューをする。それは例えば「優秀な人材をどのように確保するか」といったテーマなのであるが、もし仮に相手に会って直ぐにこの質問をしたとしても、自分が求めるような回答は得られないだろう。やはり直接的な問だけでなく、そんな質問をするに至った経緯や背景についても伝える必要がある。そればかりか
「何故そんなことに興味を持ったのか」
「興味を持ったとして、どうしてここを訪問先として選んだのか」
「この質問をしている自分は、どんな仕事をしているのか」
なども、できるだけ理解してもらう必要がある。

 また話の内容だけでなく、話しやすい、または話したくなる雰囲気づくりといったことにも、心を配りたい。

 このように、日本人と中国人が自分の考えを伝え、相手の言っていることをスムーズに理解するためには、「主役」とも呼ぶべき、本来の質問の中身を明らかにすることが重要である。そればかりか以下に述べるような言わば「脇役」的なコミュニケーションについても、配慮していくことが求められるのである。

 私は、1988年秋から1991年春まで北京に駐在員として滞在し、それ以降も時々中国へ出張し、日中両国の科学技術の交流や調査に関わる仕事をしてきた。今回は調査のためのインタビューを中心とした個人的経験の範囲ではあるが、脇役的コミュニケーションを中心として、その重要性について紹介していきたい。

ポイント1 まずは世間話的会話から

 広辞苑をひくと、世間話とは「世間の出来事などについての、気のおけない雑談」とある。この「気のおけない」というのがポイントである。

 世間話的会話の重要性については、逆に自分が質問を受ける立場になったことを想像してみると理解できよう。

 或る日の午前、初対面の中国人(又は日本人)がやって来て、挨拶もそこそこに、いきなり
「あなたのグループでは、優秀な人材をどのように確保して、どのように評価していますか」
などと尋ねられたら、どうだろうか(皆さんいかがですか)。私ならおそらくこう感じるだろう。
「こんな難しい問題を即答か。そもそもどんな人材を優秀と評価するかにもよるなあ。でも向こうとこっちの意識は合っているのかどうか。とりあえず何と答えるかだ。まずは通り一遍のことを話してみるか・・・」
これだと表面的なさわりの話しか分からない。

 もっと深い話を聞きたいのなら、まず相手が
「この人と会話してみてもいいかな。もしかしたら意外と面白いかも」
みたいな気持ちになって欲しい。そのためには、最初は、気のおけない雑談から入って会話のウォーミングアップをしたい。

 話題としては、相手が興味を持ちそうで話の内容が直ぐに理解できるようなものが適している。例えば、

  • いつ中国に来たのか
  • 何回目の訪中か
  • 食事はおいしいか
  • 昨日泊まったホテルはどうだったか
  • 街の感想は

などなど。どれも本格的なインタビューの前の、ウォーミングアップ的会話のキャッチボールとしてちょうど良い。こんな軽い会話でも相手の表情を見ていれば、大雑把な人柄だけでも伝わってくる。そうすれば、お互いに少しは親しみを持つようになり、話しやすくなるだろう。

 振り返ってみれば、自分が駐在していた頃は若かったせいか、このような「世間話」の価値がまだよく分かってなかった。例えば、訪問先の中国人から「昨夜はよく眠れましたか」と質問されると、
「そう言えば、隣の部屋が騒がしかったなあ。あんまりうるさいので服務員に話したけど、取り合ってくれなくて頭にきた」
などと思い出し、何でこんなことを聞かれるのか、早く本題に入りたいよ、と感じていた。でも今は、旧知の間柄でもまず軽く何か話した方が良い。また相手が忙しい現代的エリートであっても、それはそれで忙しい人に相応しい世間話をした方が、本題にスムーズに入れると、思うようになってきた。

 一般に中国人は世間話が上手い。軽くて話しやすい雑談をした上で、だんだんと本題に近づけていく。もしそんな機会があったら、相手のリードに任せても、積極的に世間話に参加していくと良いだろう。

電気工学専攻学部生の演習について説明を聞く(於大連理工大学)

ポイント2 自分は何故ここに来たのか

 ひとしきりウォーミングアップが終わったら、次は本題に移ろう。

 まず自分が会いに来た目的と話したい内容を、明確に伝える必要がある。併せてその話題と関係のある範囲で、現在の自分のポジションと仕事、専門、キャリアなどについて触れると、一層、質問の意図が理解しやすくなる。例えば、研究者がインタビューするのと行政官がインタビューするのでは、自ずと興味、関心、話の切り口などが違ってくる。当然のことながら、アポイントを取る段階で、訪問の目的をなるべく先方へ伝えておきたい(特に初対面の場合)。科学技術関係のインタビュー調査では、あらかじめ訪問の前に質問項目や関心事項を入れるようにしている。ただしこれも注意が必要。先方のとらえ方が、こちらの意図とずれていることもあるからだ。訪問先がまず挨拶。引き続き流れるように説明。その間こちらはほとんど話さず。でもこちらの聞きたい点が誤って受け取られている・・・ ということは間間ある。訪問の目的については、場合によっては相手の話の腰を折ってでも、やはり最初にきちんと話しておくべきである。

 あと日本と中国とであまりにも状況が異なっているケースでは、質問してもこちらが聞きたいことがなかなか伝わらないことがある。そんな時はとりあえずこちらの質問は後回しにして、先にこちらの現状について話すと良い。黒龍江省で科学オリンピックへの取り組みについて、インタビューしたことがあった。先方の説明は以下のような内容だった。「まず省としての公的な取り組みがある。また学校外の民間の教室もあって、子供達は放課後通っている。当省内の予選参加者は多いが、参加したからと言って、皆が大学に無試験で入れる訳ではない。その数はごく限られている・・・」必ずしも大学入学で優遇されるという利点がある訳ではないのに、多くの子供達が塾のような教室に通ってまで、予選に参加してくるのか、我々はとても不思議に感じた。そこで根堀り葉堀りその理由を聞いてみたものの、逆に、先方は何故そんなことに関心を持つのか、ピンと来ない感じだった。

 そこで急がば回れと質問をひとまず横に置いて、日本国内の科学オリンピックの予選ではごく少数の能力の高い子供達が参加してくるという状況について、話してみた。すると中国側も、事情がかなり異なっていると分かり、その結果、我々が、必ずしも受験での有利さが期待できなくても、多くの子供達が予選に参加している理由を知りたがっていることが、理解できたのだった(そのようにして得た回答は「普通の能力開発の一貫として、親は子供を教室に通わせる」というもの)。ただ付け加えると、自国の課題についてどの範囲で話すかはバランスもある。話せば自分達の問題意識をクリアにできる一方で、やり過ぎると「この人は本当に相手にすべき人なの?」と、相手にとられる恐れもある。

 色々と試してみて、お互いにそのテーマについて共通の意識を持つことができれば、ずっと意思疎通が楽になる。その方がフラストレーションがたまらないし、実りある意見交換ができる。何よりどちらも楽しい時間を過ごせるだろう。
このことは日本人が中国人に質問するケースだけでなく、中国人が日本人に対してインタビューする場合も同様であろう。

日中の政策専門家会合に於いてプレゼンテーションをする筆者(右手一番奥)

ポイント3 中国語、日本語、英語、通訳、筆談など

 いずれにせよ、言葉の問題は避けては通れない。何せ母国語が異なる人同士がコミュニケーションするのだから。

  • 一.まず、日本人が中国語ですらすらと意思疎通ができるのなら、これは問題がない。
  • 二.次に、中国人が日本語がぺらぺらなら、これもまた良しである。
  • 三.こちらが英語に堪能で、また相手が知識人だと英語を話す人が多いので、それはそれで結構なことである。

 ここまでは当たり前過ぎる話なのだが、どれもクリアできない場合はどうするか?

  • 四.苦しいながらも中国語(日本語)または英語を使う。

 充分に準備をしていけば少しは通じるか。ただ相手も得意でない場合は目的を達成できるかな。

  • 五.誰かに通訳を頼む。

 若干当たり外れはあるものの、うまく通訳してくれる人がいるととても助かる。単に日本語と中国語を話せるだけでなく、テーマとなるその分野の内容について熟知している人が間にいてくれると、とてもスムーズに意思が伝わる(これは一種の快感)。ただし通訳をお願いする側も、通訳が話の内容を理解し訳しやすいように、事前に要点や問題意識を説明しておく方が良い。また主語を省略しないなど、分かりやすく、少しゆっくり目に話すなど心がけたい。

  • 六.筆談、ボディランゲージを駆使する。

 インタビューはともかく、宴会コミュニケーションでは十分使える。この点、両国とも漢字を使っているのはありがたい。

 でも外国語として中国語(又は日本語)か、英語が出来るにこしたことはない(このセリフは駐在時代から言ってるような・・・)

 ただ外国語は完璧にできなきゃいけないという訳でもない。例え片言でもコミュニケーションを進めていく上で、全く印象が異なることもある。ここで、前回にひき続いて、私が体験した空港審査の例を紹介する。北京の空港で出国審査を受けた時のこと。少しいかついおじさん風の審査官が担当になった。私はパスポートとチケットを出して、チェックが終わるのを待っていた。普段は特にやりとりもなく通されるのだが、突然彼が「う、う」と重々しく口を開き始めたので、何か言われるのかと、私は耳をそばだてた。ところが、審査官の口をついて出てきたのは、「い・ま・い・さん」という日本語だったのだ(意外!)出国審査のカウンターの前には長い順番待ちの行列ができ、多少うんざりした気持ちだったのだが、その一言を聞いただけで楽しい気持ちになった(後ろの人は「こ・お・じ・さん」と、名の方を呼ばれていた)。謝謝!
こうして見ると、日本人は片言でも中国語を、中国人も少しでも日本語を話せた方が、相互のコミュニケーションが向上し楽しくなるのは、確かだろう。