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【09-008】中国の成長を支える農民工、その最前線

和中 清(㈱インフォーム 代表取締役)     2009年 1月13日

 昨年はじめ日本で中国の農民工の失業が盛んに話題に取り上げられました。しかしそのとらえ方には誤解も多い。ともすれば農民という言葉から中国の格差の象徴のようにもとらえる人もいる。広 東省での農民工の失業が取り上げられた時、世界不況の荒波に巻き込まれる農民工の悲劇というイメージでとらえた人も多いと思う。

 2007年、農民工は全国で13700万人に達している。中国の都市就業人口は当時、29300万人なので、その47%が農民工という計算になり、まさに彼らが中国の成長を支えている。

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 農民工という言葉は、本来は農村流動人口を指し、その中には大学を卒業して都会で働く人もいるが、ここではその最も多くを占める中学を卒業し、あ るいは職業学校などで1~2年学んで都会の工場などで働く人を主にとりあげる。 

 中国で農民工を募集する時、主に次のような二つの方法があります。最も代表的な募集方法は各地にある人材募集センターに登録し、募集会場にブースを設けて直接募集する方法。募集センターは中国では「 人力資源市場」といい、まさしく中国の人的パワーの凄まじさを現す言葉です。深圳などの大都市の募集会では一度に300社ほどの募集会社が集まる。例えば台湾の富士康科技集団など、大 量の人員を採用する会社ではグループで6社も7社も同時に参加して、管理人員の募集だけでも一度に1000名ほど募集する会社もある。

 尤も富士康科技集団は深圳の龍華など深圳エリアだけで雇用者は30万人とも40万人とも言われ、その20%の人員削減をしても日本の地方都市の人口に匹敵する規模になるので、一 度に採用する人員も桁が違う。だから写真のように会場はいつも大変な混雑です。

 農民工を採用するもう一つの方法は各地にある職業学校、通常は中学を卒業した16歳から18歳までの学生が学びますが、と直接連携をとり募集する方法がある。中 国全土ではかなりの数の職業学校があり学生数が1万人を超える学校も珍しくはありません。例えば江西省だけでも1万人を超す学校は3校ある。中国政府は今、農民工の職業教育に力を入れて、学 生一人当たり年間1500元程度の食費等の補助金を学校に支給している。

 江西省の南昌にある江西省電子信息技師学院はやはり1万人を超える学生が在籍する大きな学校。

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 そこでは毎年、全校技能コンテストが大々的に実施されNC工作機械、パソコン技能、CAD,CAM、ソフト開発、自動車修理、機械加工など、専攻ごとのコンテストが行われ、昨 年11月にも全校大会が実施されました。

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 NC工作機械部門では世界大会で3位の学生、パソコンでは全中国大会トップの成績の学生も出ている。学内には銀行のATMも設置され、省内の農村から出てきた学生が全寮制で生活しています。

 通常は2年、場合によってはさらに短い期間を学校で生活し、最後の1年を企業実習で企業に入り、通常はそのままその企業で働き続けます。

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 その1万を超える学生の大部分が農家の出身。まさに農民工の就職最前線と言える。学校を出れば農民工として主に沿海都市の工場に就職するわけです。写 真は広西チワン族自治区にある職業学校の学生の出身と就職先を表した地図ですが、西(西部)から来て学校で学び、東(東部沿海部)に就職する農民工の実態、またこれまでの中国の成長図式を端的に物語っている。

 そこで生徒と話をしていると先ず感じることは非常に明るいこと。格差やともすれば悲惨なイメージで語られる暗さがないことです。そして早く都会に出て働きたい、両 親を助けたいという思いが切々と伝わってきます。

 「私の両親は毎日夜の12時に家を出て、街に野菜を売りに行き、昼の12時に帰って畑の仕事をします。そんな両親を早く助けたいので早く仕事をしたい」と泣きながら語る女子生徒、「 兄は私を学校に行かせるために学校を辞めて工場で働いています。兄のためにがんばって仕事をしたい」と語る生徒。それを聞きながら回りの生徒も目に涙を浮かべる。

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 そこではまだまだ貧しい農村の実情が伝わりますが、驚くのは決して彼らが暗さを持っていないこと。ほとんどの生徒が都会に出て働くことに希望を持ち、新しい生活への決意を語る。就 職して最初の給料は何につかいますかと聞けば、ほとんど当然でしょといわんばかりに両親に送金しますとの答えが返る。

 内陸の学校に行けば、どこでもそんな光景に出会えます。私は中国のこれまでの成長を支えてきた一つは彼らの涙と心の中に秘めたその想いとも思う。

 中国のほとんどの農民工はその給料の中から故郷の両親に仕送りをする。そして1億3700万の人々が送金するお金は年間10兆円を超えるだろう。

 これから中国の内陸の時代、内需の時代がやってくるが、農村所得を統計数字だけで見ていてもその購買力がつかめないのはそこにも要因がある。

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 彼ら農民工も中国内需の成長に一翼を担っている。

 私たちが中国の農民工を考える時、先ずとらえなければならないことは、彼らは農民ということです。

「私たちは農民で、いざとなれば農村に戻ることができます」と語る人。「私たちはもともと貧しいので、貧しさは問題ではない」という人も多い。

 生徒たちと話をしていて彼らが一番目を輝かせて語るのは故郷の農村を語る時。

 「子供の頃は村に学校がなく家の庭で勉強していましたが、何年か後に学校ができました」「村の泥の道が今はコンクリートになりました」

 「今は家にテレビも洗濯機も冷蔵庫もあります」

 「今は3食満足に食べられます」

 「小さい時は土の家でしたが今はコンクリートで3階建てになりました」

 「家を一歩でれば泥の道、二歩、歩けばコンクリート、三歩で国道に行ける」と楽しく変化を語った生徒もいた。そんな故郷の話を、目を輝かせて大きな声で語る生徒がたくさんいます。

 しかし、中国の成長を支えた農民工にも少しずつ変化の兆しが出ている。農村が少しずつ豊かになり、農村での高校進学率が高まり職業学校の生徒が減り始めた。農 民工の中には残業はほどほどでという人も出始めている。すでに広東省では昨年はじめ、日本で農民工の失業が盛んに取り上げられた頃からその募集が厳しくなり始めた。

 (日本では未だに、1年前の農民工の失業を取り上げた中国異変の雑誌が好評ということで書店に並んでいますが)

 だから今、大量の人材を必要とする中国企業、例えば車メーカーのBYDなどは内陸の成都市などで人材募集のための労務合作を進めている。これらは中国のこれからの変化の兆しでもあろう。

 私たち日本人はかつて1億総中流の中で豊かさを体験し、どうも貧しさへの誤解、偏見が強すぎるのではとも思う。中国の格差は変化の中での、国が豊かさに向かって変化している中での格差。そ こでの貧しさは日本人がともすれば結びつける悲惨な姿ばかりとは言えない。今中国は、変化の中、貧しさの中から希望が生まれ、それがどんどん沸き続ける中国熱ともなっている。「私たちはもともと貧しいので、貧しさは問題ではない」と語った農民工がそれを教えてくれる。

和中 清

和中 清:
㈱インフォームを設立、代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業。
大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年3月に㈱インフォームを設立、代表取締役就任。
国内企業の経営コンサルティングと共に、1991年より中国投資のコンサルティングに取り組む。
中国と投資における顧問先は関西を中心に関東・甲信越・北陸から中国・四国と多くの中小企業に及ぶ。

主な著書・監修

  • 経営実践講座(ビデオ・テキスト全12巻) 制作・著作:PHP研究所
  • 自立型人間のすすめ(ビデオ全6巻)  制作・著作:PHP研究所
  • ある青年社長の物語~経営理念を考える~ (全国法人会総連合発行)
  • 経営コンサルティングノウハウ(ビデオ全4巻+マニュアル1冊) 制作・著作:PHP研究所
  • 上海投資ビデオシリーズ全4巻 (協力;上海市外国投資工作委員会)
  • 中国市場の読み方~13億の巨大マーケット(明日香出版)
  • 中国マーケットに日本を売り込め(明日香出版)
  • 中国が日本を救う(長崎出版)