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【10-006】中国での日本人の自己リスク

和中 清(㈱インフォーム 代表取締役)     2010年10月14日

写真1

西北民族大学 この後ろの山は軍事禁止区

 尖閣諸島の漁船に端を発して日中間にまた暗雲がただよっています。

 漁船の衝突で日本が拳を振り上げるなら、当然、相手の出方と拳の振り下ろし方を考え対処しなければなりませんがどうも反射的、感情的に対処しているように思えてなりません。

 拳を上げて見たもののそれを下ろす方策がないなら、日本が拳を上げる事態を中国に起こさせないようにどう相互の関係を構築するか、それが政治、外交の役割であると思いますが、どうもその対処のプロがいないような感がしてなりません。

 そんな折、建設会社のフジタの社員が中国で拘束されるという事件が起こりました。

 そんな出来事を見るにつけ、日本の政治も経済もやはりまだ中国がよく理解されていないことを痛切に感じます。

 丁度、フジタ社員の拘束事件が起きる数日前の10月18日、休日でもあり、私は甘粛省の蘭州の街を昼間一人で歩き回っていました。蘭州には西北民族大学があり、その大学前を山の方に200mほど登ると、正面に幅2m、縦50cmほどの「軍事禁止区」の看板が見えてきました。50m手前からでも見ることができます。

 看板があるだけで門も塀もなく、道がそのまま続いています。それまで写真を取りながら歩いていましたが、これは「やばい」と思い、一応写真を撮るのを止め、でも一瞬、少しだけ行ってみようかとも考えましたが、やはり思い直して引き返しました。

 フジタ社員の例でも軍事禁止区の看板はあったと思いますが、それを見たのか見ていないのかは何とも言えません。

 大都市の上海の近郊にも一般人、まして外国人が立ち入りできない禁止区域はたくさんあります。政府機関の地図にしか掲載されていない軍用飛行場も多くあり、うっかり地図の写真を撮り日本で掲載すれば問題になりかねません。

 中国が経済成長を果たし、都会では日本や西欧諸国と違わない様相を呈しています。

写真2

上海のルイ・ヴィトンの大きな広告

 しかし、やはり中国は社会主義国、日本とは異なる体制の国ということを頭に叩き込み中国で行動することが求められます。

 民主党政権中枢にいる人物が「中国は悪しき隣人、進出企業はリスクに対し自己責任で対応を」との発言談話が伝わっています。言われるまでもなく進出企業は自己責任を当然のこととして対応しています。ただ、このような不用意な感情発言で、自己責任で行動し、リスクに対処している企業の邪魔だけはしないように自覚をせつに願うばかりです。

 中国では自己リスクを問われる場面にはいたるところで遭遇します。

 そもそも中国人自身が自己リスクの中で暮らしています。生活の安全、衛生の問題にしても日本のように法制度が行き渡り企業モラルが十分備わっておらず日本では考えられないような問題が日常的に発生します。市場で肉を買えば平然と水で目方を増した肉が売られ、血のついた再生綿が病院で見つかるのが中国です。横断歩道を渡るにしてもいつどこから車がハイスピードでつっこんでくるかわかりません。

 中国は行政のシステムがまだ不完全で、特に役所間の連携がとれていません。

 立派な工場建物が建設されてはいるものの、環境保護地域に建てられているために賃貸契約をしてそれを登記しようにも登記所が受け付けなかったり、環境許可が下りなかったり、日本の常識をあてはめた場合には理解できないことが中国でのビジネスでは頻繁に起こります。

 日本のように1+1が必ず2になることがわかる世界で生きているのではないのが中国人です。自分を守るにはどう行動すべきか、ということを肌で体験して中国人は成長するとも言えます。

 中国に行く外国人が自己責任を問われるこんなケースもあります。中国の外国人入国管理の法律には「外国人は中国入国後24時間以内に公安機関に宿泊場所を届ける」ことが義務付けられています。一般の観光旅行者は通常ホテルに宿泊し、ホテルが宿泊者のパスポートをコピーしてそれを公安機関に届けています。

 言わばホテルが代行しているわけです。

 知人の家や会社で借りたアパートに泊まる日本人もたくさんいますが、原則はパスポートやその家の人の戸籍などを添えて24時間以内に臨時宿泊登録書を公安機関に届けねばなりません。中国農民の家に泊まる場合は72時間以内に公安機関あるいは戸籍管理事務所に届けなければなりません。

 しかし現実はそのような届けをいちいちする人は皆無ですが、法律ではそのようになっており、何か事が起これば罰金や拘束の事態も生じる可能性があるわけです。

 90年代までは外国人が宿泊できる場所、アパートなどにも厳しい制限がありました。

 私も外国人用のアパートは家賃が日本よりはるかに高く、安い外国人が泊まれないアパートを借りて暮らしたことがありますが、周りの中国人からは日本人とわからないように注意してくださいと何度も言われました。

 特に日本人が自己責任で行動しなければならないのは夜の世界です。既に上海はニューヨークを越えて世界で一番日本人が多い都市になっています。そこでは誘惑も多く、一見平穏そうに見えてもいったん何か事が起きると当局が対応することを念頭に置いて行動すべきです。90年代には上海にはいわゆる「ぼったくりバー」がたくさんあり多くの日本人がひっかかり、親指ほどの小さなグラスのウイスキー1杯が5000円、一晩で20万円ものお金を支払わされた人も多くいました。知人の公安局長が私に、あなたがもしそんなバーに行ったら必ず領収書をもらい、あくる日の朝に自分のところに持って来なさい。その日の昼までに取り返してあげると言われたことがありましたが、笑い話ですが「ぼったくりバー」が領収書を出すわけもありません。

 数年前、広東省で日本人が関係する集団買春事件がありましたが、その後しばらくして北京から上海に来た日本人の団体旅行者が同じ容疑で拘束されています。

 これは北京の公安と上海の公安との連係のもとで行われたとも言われています。

 中国では公安が夜の世界にどのように網をはりめぐらせているのか、これは以前起きた日本の上海領事館員の自殺事件を見てもわかることです。領事館員はもちろん、我々一般人であってもくれぐれも中国は自己責任が問われる世界だと肝に銘じるべきです。

 今年、広東省の東莞で夜のクラブの一斉摘発がなされ今もまだその影響があります。

 これは業者が携帯電話のメールを使い、売春女性の紹介メッセージを無差別に全国一斉に配信し、たまたま党中央の幹部にそれが届き、その怒りを買って一斉摘発となったようです。

 中国ではそんなクラブを「黄色産業」と呼びそこで働く女性を「紅粉軍団」と呼びその数は東莞だけでも10万人を越え、その規模は半端ではありません。

 前にこのコーナーで中国の裏GDPの話題を紹介しましたが、まさに黄色産業もその仲間で東莞市だけでその裏収入は年間400億元、日本円で5000億円とも言われています。

和中 清

和中 清:
㈱インフォームを設立、代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業。
大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年3月に㈱インフォームを設立、代表取締役就任。
国内企業の経営コンサルティングと共に、1991年より中国投資のコンサルティングに取り組む。
中国と投資における顧問先は関西を中心に関東・甲信越・北陸から中国・四国と多くの中小企業に及ぶ。

主な著書・監修

  • 経営実践講座(ビデオ・テキスト全12巻) 制作・著作:PHP研究所
  • 自立型人間のすすめ(ビデオ全6巻)  制作・著作:PHP研究所
  • ある青年社長の物語~経営理念を考える~ (全国法人会総連合発行)
  • 経営コンサルティングノウハウ(ビデオ全4巻+マニュアル1冊) 制作・著作:PHP研究所
  • 上海投資ビデオシリーズ全4巻 (協力;上海市外国投資工作委員会)
  • 中国市場の読み方~13億の巨大マーケット(明日香出版)
  • 中国マーケットに日本を売り込め(明日香出版)
  • 中国が日本を救う(長崎出版)